第一話 戦士は素晴らしい朝を迎えた
デュランハルトは戦士の村で生まれ、屈強で逞しく、厳しくも心優しい戦士達に育てられた。
物心ついた頃から、デュランハルトは彼らのような戦士になる事を志し、日々鍛錬に励んでいた。
だがある日、彼は故郷を超巨大蛇ヨルルガンダによって滅ぼされた。
ヨルルンガンダは、魔王軍の魔獣使い・プロヴァトリオンによって操られ、その巨体で多くの村や町を押し潰してきた恐ろしき魔獣だった。
戦士達は男も女も老人も、皆子どもを守らんと勇猛果敢に戦い、ヨルルンガンダを瀕死寸前まで追い込んだ。しかし、増援として送り込まれた魔王軍によって、戦士達は皆殺された。ただ一人逃げ延びる事が出来た、デュランハルトを除いて。
それから二十年、デュランハルトは世界各地を旅していた。その腕を買われ、騎士や傭兵の勧誘を受けた事もあったが、彼は一ヶ所に留まる事を厭い、自由気儘に旅を続けていた。
仲間も作らず、たった一人で各地を渡り歩き、盗賊退治や魔物討伐で日銭を稼いで暮らしていたデュランハルトの人生は、ある少年少女との出会いによって大きく変わった。
「アンタ……すっげぇ強いんだな!」
「その御力、是非……私共に貸していただけないでしょうか!」
聖剣に選ばれた田舎村の勇者と、亡国の姫巫女。世界を救わんと打倒魔王の旅に出たばかりの二人を行きずりに助けた時は、彼等と旅をする気も魔王軍と戦う気も更々無かった。
自分は一人気儘に生きていたい。何処か一ヶ所に留まる事も、誰かと連む事も性に合わない。まして打倒魔王なんて大それた事など出来はしないと二人の申し出を断ったデュランハルトだったが――。
「なんだあれは……」
「へ、蛇だ!! あれは……巨大な蛇だぁああ!!」
戦士達に負わされた傷を癒したヨルルンガンダの復活、仇敵・プロヴァトリオンその邂逅によって、彼は眼を背け続けた来たものと対峙する事となる。
「アンタは……怖かったんだよな。また一人になる事が……」
「分かるよ……。俺がアンタと同じ立場になったなら……きっと同じ様にしていた」
「それでも俺は、アンタと一緒に戦ってほしい。もう誰も一人にしない為に……俺達に力を貸してくれ、デュランハルト」
「俺達は絶対に……アンタを一人にしないから」
使命と運命。酷く青臭い勇者に背を押され、デュランハルトはそれらに立ち向かう一歩を踏み出した。
それが、彼の始まり。そして、終わりは――。
「デュラン」
目蓋を開けると、朝陽に照らされた美しい女の顔があった。透き通った白い肌に、薄緑色の髪。頭に実った瑞々しい葡萄の房と、同じ色の瞳。初めて眼にした時から強烈に心奪われたその顔に、デュランハルトは唇を寄せた。
「おはよ、フェニチア」
「おはよう、お寝坊さん。今日は随分、楽しい夢を見ていたみたいね」
「……仲間の夢を見たんだ」
愛する妻――フェニチアの頬に口づけるとデュランハルトは眼を細め、遠い昔の事のように仲間達との日々を回顧した。
聖剣を握っただけの頼りない勇者。世間知らずのお姫様。偏屈な魔道士に、臆病で卑屈な召喚士。初めて出会った時は、道を共にする事など有り得ないと思っていた。そんな四人と魔王の元まで旅をして、そんな四人が気付けば何より掛け替えのない存在になっていた。
だからこそ、彼等と別れて日が浅いというのに、こんなにも懐かしくなるのだろうとデュランハルトは肩を竦めて笑った。
「ついこの間別れたばっかだってのに、もう懐かしく思えるよ。アイツらと旅してた時の事」
「まぁ。それであなた、お爺さんみたいな眼をしてるのね」
クスクスと笑うフェニチアを暫し見つめると、デュランハルトは体を起こし、寝台を降りた。
過去は後を引くほど愛おしいが、未来もまた窓から差し込む朝陽の如く眩い。愛しのフェニチアもとうに布団から出ているのだ。いつまでも寝台の上に転がっていては勿体ないと、デュランハルトはうんと伸びをする。
「んーーっ! なんか今日は良い事ありそうだなぁ! 夢見も良いし、寝起きも最高。こんな日は決まって絶好調だとファタリテ神も言ってるぜ」
「ファタリテ神……確か、デュランの故郷で信仰されてた古い神様だったわね」
「随分昔に加護が途絶えて廃れた信仰だが、俺の故郷は魔道士も聖職者もいなかったから、長いこと信じられてたんだろうな」
人々が神を信仰するのは、加護を授かる為だ。
神は祈りに応じ、人に加護を与える。加護は神によって様々だが、魔力を高めたり、道具に特異な能力を付与したりと、神々が齎す力は絶大で、人々はそれを求めて天に祈りを捧げた。しかし、多くの信仰は加護の断絶によって廃れ、世界はレナトゥス信仰一色となって久しい。戦士の村で信仰されていたファタリテもまた、加護が途絶えた神の一柱だ。
運命神ファタリテ。彼女は幸運を授ける女神として多くの信仰を集め、今でも彼女の意匠や彫像は幸運の象徴として人気が高い。その加護が途絶えてから、彼女を奉る場所は消えてしまったが、戦士の村では信仰が続けられていた。それは加護の恩恵が大きい魔道士や聖職者が居ない事と、戦士の村の人々の生き方の為だろうとデュランハルトは語る。
「小さい祭壇が一個置いてある程度だったけど、困った時や誰かの為にって時は皆して祈ってたんだ。運命神ファタリテがその御髪を垂らしてくださいますように……ってな。何で髪かっつーと、ファタリテ神の髪を掴んだ者には幸運の加護が与えられるって言われてるからでな。だからファタリテ信仰の人間は、ファタリテ神に髪を垂らしてもらえるよう、彼女好みの人間になるよう日々努力するのさ。真っ直ぐで、勇敢で、情が深い……そういう人間にな」
「それで戦士の村ではファタリテ神が信仰され続けていたのね」
「そういう事」
戦士にとって大事なのは加護ではなく、運命の女神が髪を垂らしたくなるような人間で在る事だった。だから戦士の村は、古き神となったファタリテを奉り、祈りを捧げた。
もう村は無いが、戦士達も居なくなってしまったが、未だ自分が残っている。彼等が大切にしてきた想いと信仰が途絶えぬよう、自分がそれらを未来に引き継いでいくのだと微笑むデュランハルトに、フェニチアは眼を細めた。
「魔族は加護を受けられないから神々を信仰する人は物凄く珍しいけど……斯くありたいという願いの為の信仰は、私達にとってもすごく大切な事だと思うわ」
人は神が創ったものであり、魔族は自然から生まれたものだ。神の寵児である人は祈りによって加護を授かる事が出来るが、自然発生的に生まれた魔族は神々の恩恵を受ける事が出来ない。それ故、魔族の中に神を信仰する者は珍しいが――願いの為に祈る事は、自分達にとっても大きな意味がある。
人間と魔族。異なる種に生まれた自分達でも、同じ物を同じように信じられる。それはきっと、とてもとても大切な事なのだと、フェニチアはデュランハルトに手を重ねた。
「ねぇ、デュラン。今日のお仕事が終わったら、ファタリテ神のお話……また聞かせて。私も……いつかきっと、あなた達の神様にお祈りしたくなる日が来ると思うから」
込み上げる愛おしさごと閉じ込めるように、デュランハルトはフェニチアを抱き締めた。
――あぁ、早速良い事があった。
素晴らしい一日の始まりを感じながら、デュランハルトはフェニチアを抱き上げて、くるくると踊るように回った。




