第八話 勇者は猪鼻族の戦士達を鏖殺した
姫巫女ラトランジェは、敬虔なるレナトゥス教の信徒である。レナトゥスの加護をその身に宿す彼女は回復魔法のエキスパートであり、邪を祓う聖魔法の使い手でもある。
屍霊人形と化して尚、彼女の身に宿る加護の力は顕在。そして、「シュバルの傍に寄り添う」という目的で造られたが故に、今のラトラナンジェはシュバルの危機に対し、自動的に反応する。
故に、彼女はシュバルを救わんと自律的に魔法を行使したのだ。
「……女神の光」
レナトゥスの加護厚き聖なる光を受け、ハバリオが眼を閉じる。その隙を縫って、シュバルは弾かれた偽剣を掴み取り、斬り込んだ。
「…………あ」
反射的に上体を逸らし、紙一重で攻撃を躱したと思ったのも刹那。身を翻したシュバルの一閃によって、ハバリオは両腕を失った。
武器は握れない。だが、まだ脚がある。思い切り踏み込んで、突進を食らわせてやればと足に力を込めると、上から腿を貫かれた。
「ぐ、ぁああああッッ!!」
魔王軍の兵士達は執念深い。彼等は例え頭だけになろうとも、相手の喉笛を噛み千切る。人間への憎悪と、ヒルシュヘルムへの信仰。それらを原動力に、兵士達は死の間際まで戦い続ける。
知っている。今まで幾多の魔王軍を屠ってきたが故に、シュバルは最期の一息まで剣を握る手を緩めない。ハバリオの脚を潰したシュバルが、後は頭をと剣を引き抜いた瞬間。暗闇の中に走る一筋の光が、彼の手を僅かに止めた。
「これ、は」
偽剣によって弾き落されたそれは、弓矢だった。矢羽を見れば分かる。この弓矢は猪鼻族の戦士達が使う物だ。
「隊長ぉおお!!」
遅れて、草むらから戦士達が飛び出した。先に行くよう指示は受けたが、自分の身を案じ、森の中に入ってきてしまったのだろう。凄惨な光景を前に憤る部下達に、ハバリオは喉を引き攣らせた。
「おまえ、ら」
「クソォ!! よくも隊長を!!」
「赦さねぇ……!! ぶっ殺してやるぞォ!!」
「よせ……お前ら!!」
怒りのままに猛進する猪鼻族の戦士達が、次々に斬り伏せられていく。無慈悲に、無感情に、まるで羽虫を叩き落すかのように淡々と、苦楽を共にしてきた仲間達が死んでいく。
四肢の自由を奪われたハバリオに、それを止める事は出来ない。逃げろと叫べど、彼らは止まらなかった。斃れた同胞の為、今まさに殺されようとしている隊長の為、あの人間に一矢報いなければと果敢に立ち向かい――そして全員、殺された。
「クソ……よくも……よくも俺の部下達を…………」
血の海をもがきながら、ハバリオは物言わぬ肉塊となった部下達へ失くした手を伸ばす。
エーバーは、離れ離れになった幼馴染みを探して、誰よりも精力的に励んでいた。
ボアドは、子ども達の為により良い世界を作りたいと言っていた。
アグリオとグルノは、いつか平和な世になったら兄弟二人で旅をしたいと夢見ていた。
スースは、大恩あるヒルシュヘルム様のお役に立ちたいといつも張り切っていた。
誰もが辛い過去を乗り越えて、眩い未来の為に戦ってきた。だのに、こんな所で無惨に斃れる事になるなんて。こんな不条理がどうして許されるのだと、ハバリオは身を斬られるより痛む胸を抱えるように背を丸めた。
「なんで……どうしてこうなるんだ……。俺達が一体……何をしたっていうんだよ……」
「…………もう、言われてるだろ」
その弱々しい背を踏み締めて、シュバルはハバリオの頭に剣を突き刺した。
短い声を上げて、ハバリオの体から力が抜け落ちる。事切れたその体から彼の頭部を斬り離すと、シュバルは猪鼻族達の死体の中で一人呟いた。
「お前らみたいな化け物は……存在すること自体が罪なんだよ」
彼らの王がそうであるようにと、シュバルは目蓋の裏にあの日の惨劇を描いた。
向こうから、煙の匂いがする。猪鼻族達は、グルニ村に火を放ってから此処に来たらしい。もう誰も、助かりはしないだろう。村人達は皆――彼らに。
「…………何が勇者だよ」
赤く燃える空を見据えると、シュバルは踵を返し、暗い森の奥へと足を進めた。一歩、また一歩と踏み締める度に、自分の中から何かが失われていくのを感じながら。
―第三章 戦士デュランハルト・前編 完―




