第七話 勇者は猪鼻族の隊長と剣を交えた
「隊長!!」
「あぁ……。どうやら尋常じゃない事態が起きてるみてぇだな」
逃げた人間を追って林の中へ駆けていった戦士四人が戻らず、鬼ごっこに苦戦しているのかと揶揄っていた直後。微かに聞こえた仲間の悲鳴に、何やら只ならぬ事が起きているようだと、ハバリオは単身林の奥へ向かった。
「お前らは先に向え!! その辺の村から馬車を強奪して、すぐ追いつく!!」
「わ、分かりやした!!」
「隊長、お気を付けて!!」
茂みの中に踏み込んだ瞬間から、濃い血の匂いが鼻腔を衝いた。人間の血ではない。この匂いは、猪鼻族の血だ。
あの断末魔に似た声を耳にした時から、嫌な予感はしていた。だが、此処で流された血の量は想像の遥か上をいっているようだ。
ハバリオは斧を握る手に力を込め、匂いの発生源へと足を進める。そして、僅かに開けた場所に出た瞬間――ハバリオは全てを理解し、小さく項垂れた。
「…………どうして此処まで気付けなかったんだろうなぁ」
其処には、無惨に斬り捨てられた四人の骸と、彼等の血に塗れた人間の男が立っていた。
見覚えのある顔だ。何故今の今まで気が付かなかったのか不思議でならない程、よく知っている顔だ。何か術でも仕掛けられていたのかと額を掻くと、ハバリオは顔を上げ、暗がりの中に立ち尽くすを見据えた。
「お前……勇者シュバルだな」
「…………」
「けっ。まだ生きていやがったのか。さっきみてぇにコソコソ隠れて、上手く逃げ遂せたみてぇだなぁ」
勇者シュバル。四人の仲間と共に、数多の魔族を屠ってきた男。魔王ヒルシュヘルムを討ったと騙った偽りの勇者。
所詮は聖剣の力だけで担ぎ上げられただけの男だと思っていたが、成る程こうして対峙して見れば、有象無象の人間とは違うようだ。その血塗れの剣の如き鋭い双眸を睨め付け、ハバリオは斧を構えた。
「せっかく出会えたんだ!! てめぇの素っ首斬り落として、掲げ晒しながら魔王城へ帰還するとしよう!! 勇者の凱旋パレードだ!! 人間共も盛り上がるだろうぜぇ!!」
丸太のような脚に力を込め、ハバリオが地を蹴る。ただそれだけで足元の土が抉れ、草が捲り上がる程の突進力で、ハバリオはシュバルへ向って跳躍した。
「ぜぃああああああッ!!」
ハバリオ渾身の一撃が、シュバルの頭上を掠める。
身を屈めて回避していなければ、上半身と下半身が二つに分かれていただろう。一発でも喰らえば、即死に繋がる。それ程のパワーを肌で感じながら、シュバルは偽剣≪不堪のハミエ≫を振るった。
レナトゥスの加護を受けた事で、この剣の切れ味は店売りの安物レベルを超越した。硬く分厚い猪鼻族の筋肉も、骨ごと断つ事が出来る。当面の装備としては十分だ。それでも、聖剣≪不退のヴィットーリア≫を振るい続けてきたシュバルだからこそ感じる歯痒さがあった。
「……っ!」
「ハハハァ!! どうしたぁ!? その鈍らで俺が倒せると思うなよぉ!!」
偽剣を受け止めると、ハバリオは力任せにシュバルを押し返し、姿勢が崩れた所を狙って斧を振り上げた。
シュバルの手から、剣が弾かれる。がら空きの胴体目掛け、ハバリオは渾身の一撃を繰り出した。
「もらったぁ!!」
勇者、討ち取ったり。
そう確信した次の瞬間、ハバリオの眼を強い光が焼いた。




