第四話 村は魔王軍に襲われた
極力人と眼を合わせないようにしながら村の中を周り、目的の買い物を済ませたシュバルは、グラニ村の村長を訪ね、客人用の小屋を借りるに至った。
ベッドが二つ並んでいっぱいになるほど小さな小屋の中には、自分とラトラナンジェしかいない。
だのに、誰か居るのではないかという恐怖心がしがみ付いて離れなくて、シュバルは小屋の中に入っても着替える気になれず、外套すら脱がずにベッドに座り込んで、項垂れていた。
「そうだよな……そうなるに、決まってるよな…………」
心を改めたヒルシュヘルムの為を想って、シュバル達は彼を死んだ事にした。
何の為にシュバル達がヒルシュヘルムの生死を偽ったのか。その真実を知るのは、勇者一行とオロバスの村人達だけだ。オロバスがヒルシュヘルムによって滅ぼされ、村人が一人残さず鏖殺された今、真実はシュバル達しか知り得ない。
この状況下で、魔王ヒルシュヘルムが再び姿を現したとなれば、自分達が財や名誉の為に魔王討伐を騙ったと思われるのは必然。レナトゥスが最初に秘匿の加護を授けたのも、この為だったのだとシュバルは俯いた。
「……あいつらは、大丈夫なのか」
「山奥にいるデュランハルト、賢者の塔という特異な環境にいるメルクリウスは、魔王が復活を遂げた事にさえ気付いていません。各地を旅しているアステリオは……人里を離れ、身を隠しているようです」
デュランハルトが居るトラオベ村は人里離れた山奥にあり、村に暮らす蔓髪族達は人間とも他の魔族とも関りを持たない。その為、彼がトラオベ村に居ると外部に知られる事は無いだろう。
メルクリウスの居る賢者の塔もまた、辺鄙な場所に構えられており、尚且つ外界からの干渉を避けるべく強固な結界が張られている為、容易に立ち入る事は出来ない。そして塔の魔法使い達も、中に籠って各々の研究に勤しんでいる為、魔王が復活を遂げた事も、メルクリウスが指名手配されている事も知らずにいるようだ。
そして、星の導きに従って旅をしているアステリオは――レナトゥスの物言いからするに、既に魔王復活と自分達が指名手配されている事を知っているらしい。
現状、三人は未だ無事でいてくれている。だが王国騎士団に手配された以上、そう長くは持たないだろう。
王国付き魔道士の中には、千里眼の術士がいる。居場所を知られていないデュランハルトや、各地を移動しているアステリオでも、所在を補足される恐れがある。賢者の塔に居るメルクリウスにしても、絶対の安全が保証されている訳でもない。
彼等が魔王討伐を騙った大罪人として裁かれる前に、自分が、やらねばならないのだ。あの三人の血肉無しには、神具は造れない。彼等が骨も残さず焼かれてしまわぬよう、一刻も早く――。
込み上げる焦燥感と罪悪感に苦心しながら、シュバルは深く息を吐いた。
それもこれも、ヒルシュヘルムが心を改めたなどと宣ったせいだ。彼があの時、人間と相容れる事など出来ないと断言し、魔剣を抜いていたら――自分達が世界中から恨まれる事は無かった。だが、そもそも自分がヒルシュヘルムを説得したりしなければ……と、シュバルが行き場のない怒りと憎悪を堂々巡りさせていた時だった。
「うわぁあああああ!!」
「!?」
「ま……魔王軍だぁああ!!」
「いやぁああああ!!助けてぇえええ!!」
「……畜生、こんな所まで……っ!」
「! いけませんシュバル!」
尋常ではない悲鳴と、魔王軍という言葉に弾かれるように、シュバルは小屋を飛び出そうとした。だが小屋を出るより速く、ラトラナンジェに腕を引っ掴まれ、シュバルの足は其処で止められてしまった。
「なんで止めるんだ!?」
「お忘れですか、シュバル。戦闘になれば秘匿の加護が薄まり、貴方の正体が露顕してしまうのですよ」
レナトゥスがラトラナンジェを介してシュバルを引き止めたのは、グルニ村の人間に彼の正体が看破されないようにする為だった。
今此処で魔王軍と戦えば、シュバルの体から魔力が放出される。そうなれば秘匿の加護が薄まり、村人達は勇者シュバルが此処に居る事に気が付いてしまう。それが、今後の旅に大きな支障を来たすのは確実だ。グルニ村の人間達には悪いが――此処でシュバルは戦えない。全ては魔王ヒルシュヘルムを討つ為だと割り切るのだと、レナトゥスは剣を片手に佇むシュバルに説く。
「貴方の正体が村人達に知られたら……貴方が生きている事、この村に居た事が瞬く間に流布してしまう。速やかにこの旅を終わらせる為にも、無益な戦いを避ける為にも……この場は逃げるのです」
「逃げ、る……?」
「きゃあああああああ!!」
「や、やめてくれぇ!! 頼む!! お願いだぁ!!」
悲鳴が、近い。音からするに、村長とその家族が家から運び出されたようだ。此方の小屋には、誰も近付く気配が無い。どうやら納屋と思われているらしい。叫び声と重い足音が、シュバルを置いて遠ざかって行く。気付かれていない今が、好機だ。
小屋の裏手側には窓がある。此処から外に出た先は林になっていて、小屋で死角を作り、木や茂みに身を隠しながら進めば、魔王軍にも村人にも見付からずに逃げられるだろう。
しかし、本当に、逃げるのか。グルニの村人達を見殺しにして、逃げて、逃げて。次の村でも同じ事があれば、そうするのか。
(勇者シュバル……勇者と呼ぶのも腹立たしい、最低最悪の糞野郎の顔さ)
門番の男に言われた言葉が、脳裏を過る。目と鼻の先で魔王軍に脅かされる人々に背を向け、自分一人逃げ遂せる。そんな輩が、どうして勇者と呼ばれよう。
(あの野郎、魔王を倒したなんてほざきやがって……アイツだけは、絶対に許しちゃならねぇ!!)
(一番むごい死に方をしてもらわなきゃ、死んだ奴等も報われやしねぇ!!)
(本当の勇者にヒルシュヘルムを討ってもらう為にも、聖剣を取り返すんだ!!)
とうに、勇者では無くなっているとしても。此処で逃げてしまったら、本当に。
胸の奥に深く突き刺さる言葉と、遠く響く悲鳴に苛まれながら、シュバルは立ち止まったままの足をどちらへ向けるべきか惑う。だが、時は彼の決断を待ってはくれなかった。
「ハバリオ隊長ォ!! 村の奴等、集めましたぜぇ!!」
「おう、ご苦労!!」




