第三話 勇者は村に迎えられた
朝方にオロバスを出てから殆ど歩き通し、シュバルは陽が暮れる直前に目的の村に辿り着いた。
森を抜け、小川を越え、また森の中を歩いた末に辿り着いたのは、グルニという村だ。最初に立ち寄る場所として此処を選んだのは、オロバスの周辺にある村の中で、武器屋があるのがグルニ村だけだからだ。正しくは武器屋、ではなく武器の取り扱いをしている雑貨屋なのだが、この際何でも良い。
此処には三回ほど行商で足を運んだ事があるので、村の事はざっくりと記憶している。グルニは田舎村ではあるがオロバスより多少栄えていて、件の雑貨屋と食事処、貸し馬車屋、老婦人が趣味で営む仕立て屋がある。此処で大まかな物資を揃え、一泊し、朝になったらトラオベ村の方角へ向かい、次の村を目指す。次の村まではそう遠くないので、食糧については塩とハーブ類を買っておけばいいだろう。一先ず、雑貨店から立ち寄ろうと頭の中で予定を組み立てながら歩いていると、門番の男に声を掛けられた。
「やぁ、いらっしゃい。こんな田舎に旅の人とは珍しいな」
門番の男とは、行商の時に顔を合わせている。人の顔を覚えるのが得意だという男は、二度目の来訪時に「オロバスの馬飼い兄ちゃんだろ!」とその記憶力を得意気に披露し、三度目の来訪時も同様に迎えてくれていた。そんな門番の男が、まるで初めて見る人間のように声を掛けてきたので、シュバルは思わず驚いた。レナトゥスから貰った服に込められた秘匿の加護を、すっかり忘れていたのだ。
たかが自分が何者であるか韜晦する程度の加護と侮っていたが、実際に顔見知りと会ってみて、その凄まじさを痛感させられた。シュバルが静かに惨慄していると、門番の男が村の中へ入るよう視線で促してきた。
「何も無い村だが、まぁゆっくりしていきな。宿は無いが、村長の家には客人用の小さな小屋がある。あそこにあるのが村長の家だから、一泊するつもりなら後で尋ねてみな」
「あぁ……ありがとう」
グルニの村長は、村で一番大きな――と言っても、そう広い物でもない――家に住んでいる。気の良い好々爺で、行商に赴いた際はいつも昼食を馳走してくれたり、手土産にと果物やチーズを持たせてくれた。帰りがけ凄まじい雨が降られた時には、一晩泊まっていきなさいと言って、件の小屋に宿泊させてくれた事もあった。
――あの老人も、自分を自分と認識出来ないのだろう。
そう想うと一抹の物悲しさがあったが、今の自分は彼等に合わせる顔が無い。今にして思えば、レナトゥスが最初にこの服を贈ってくれて本当に良かったと、シュバルが胸元を握り締めたその時。
「ところで旅人さん……アンタ、この顔に見覚えは無いかな?」
門番の男が指差す方に視線を向けたシュバルは、ヒュッと息を飲んだ。男の人差し指の先には、門の壁に打ち付けられた数枚の羊皮紙があった。それは王国騎士団から各地の村や町に配られる、手配書だ。
この手配書は王室付きの魔道士が作った物で、盗賊や奴隷商人といったお尋ね者の似顔絵と懸賞金、目撃情報が書かれている。これらの情報は都度更新され、王室付き魔道士の術によって自動的に書き換えられるようになっている。シュバルも魔王討伐の旅で、何度も利用した物だ。よく知っている。よく、知っているが――。
「これ、は……」
「勇者シュバル……勇者と呼ぶのも腹立たしい、最低最悪の糞野郎の顔さ」
其処に自分の顔と名前が載る日が来るなど、想像すらしなかった。
自分だけではない。ラトラナンジェも、メルクリウスも、デュランハルトも、アステリオも――皆、国と民を欺いた大罪人として指名手配されている。
「この近くには、オロバスって村があるんだ。小さな農村だが、村人達はみんな気の良い奴等でな。シュバルは其処の出身で、つい最近戻って来たらしいんだ。まだ近くに居るかもしれねぇから、もし旅の途中でコイツらを見付けたら憲兵に突き出してやってくれ。まだ生きてるのか死んでるのか分からねぇらしいが、死体でも引き渡せば金は出るらしいぜ」
「まったく冗談じゃねぇよ! コイツのせいで、魔族による被害はこれまで以上にデカくなってるんだからなぁ!!」
横から怒声を飛ばしてきたのは、森まで猟に出ていたらしい村の男達だった。彼等も、何度か話した事がある。行商で持って来た酒を大層気に入ってくれた飲兵衛三人衆だ。
「あの野郎、魔王を倒したなんてほざきやがって……アイツだけは、絶対に許しちゃならねぇ!!」
「一番むごい死に方をしてもらわなきゃ、死んだ奴等も報われやしねぇ!!」
「本当の勇者にヒルシュヘルムを討ってもらう為にも、聖剣を取り返すんだ!!」
「……っと、悪いなアンタ。旅で疲れてるってのに、つい愚痴っちまった」
「兄ちゃん、良かったらうちの飯屋に寄ってきな!洒落たモンはねぇが、うちの嫁さんの料理は美味ぇぞ!」
「そうそう! 味と量については、このだらしねぇ腹が保証してるぜ!」
「わははは!!」
彼等は皆、本当に気の良い人々だ。他村の人間も旅人も笑顔で迎え入れ、あれこれと世話を焼いてくれる。その善性を知っているからこそ、シュバルは恐ろしくなった。今此処で秘匿の加護が解けてしまったら――と。
「…………ありがとう。後で、寄らせてもらうよ……」




