第一話 女神は勇者に贈物を授けた
女神レナトゥスの導きにより、新たな神具製造の旅に出る事を決意してから二日。
ヒルシュヘルムに鏖殺されたオロバスの村人達を埋葬したシュバルは、かつての仲間――戦士デュランハルトが暮らすトラオベ村への第一歩を踏み出さんとしていた。
「まずは、近くの村で旅に必要な物資を調達する」
あの火難でシュバルの家も焼け落ちてしまった為、旅に必要な物資は概ね買い直さなければならなかった。
鞄は、隣村で贈られた品々を詰め込むのに使った物がある。量が量なので、二つも使う事になった為、ラトラナンジェの分も用意があるのは嬉しい誤算と言うべきか、不幸中の幸いと言うべきか。
此処に詰め込めるのは水筒、手拭い、ナイフ、ランプ。それと、贈答品で貰った干し肉と砂糖漬けの果物、日持ちするパン程度だ。鞄二つに入れるには、随分少ない。
馬車も馬も灰になってしまったので、野宿に必要な道具は不可欠だ。テントと毛布、野営時に使う食器と最低限の調理器具は欲しい。
それと、ラトラナンジェの服だ。外套を被っただけの姿では居た堪れないし、ヒルシュヘルムに施された術痕も目立つ。顔と身体が隠せるような衣服を買って、着せてやろう。
後はロープ、ランプ用の油、スコップ、塩、ハーブ類。路銀の持ち合わせはそう多くないが、一通り買い揃える事は出来るだろう。
「それと……新しい剣も買おう。短刀だけじゃ心許ないからな」
折れた≪不退のヴィットーリア≫は、レナトゥスから授けられた加護の力こそ残っているが、剣としては使い物にならない。当面は、解毒・解呪・退魔に用いる魔道具として扱う事になるだろう。
予算的に、購入出来るのは武器屋の中で最も安価レベルの剣になるが、無いよりはマシだ。
これで殆ど空っ穴になるので、今後の資金は各地で調達していく事になる。
――思えば、勇者として初めて旅に出た時は、資金面で困る事が余り無かった。
武器は≪不退のヴィットーリア≫。馬と馬車は自前。旅の道具や食糧は、オロバスの村人達が餞別にとどっさり詰め込んでくれた。その上、ラトラナンジェが大層な額の金貨や宝石を持っていたので、資金も物資も潤沢だった。流石に何から何までラトラナンジェの手持ちから支払わせるのは忍びなかったので、日銭は各地で村人や商人の手伝いをしたり、お尋ね者の盗賊を捕らえたりして稼いでいたが、魔王軍を退けた褒美として宝物や褒賞金、武器や物資を貰い受ける事があったので、手持ちの荷物を奪われた時や財布を落とした時等を除けば、困窮した事は無かった。
斯くして、旅が終わる頃には五人で分けても有り余る程の金銀財宝が手元に残る事となったが、その大部分は魔王軍の被害を受けた村や町に復興資金として譲渡した。その残りをオロバスの村人達への恩返しにと幾らか持ち帰ったが――あれも使われる事無く燃えてしまった。勿体なくて売れないだの、記念品として残しておこうだの。そんな事言わずに、贅を享受すれば良かったものを。
軋る胸を抱えながらシュバルが鞄を担ぎ上げると、ラトラナンジェに袖を引かれた。
「シュバル。此処を発つ前に、村の教会に向かってください。其処で、渡したい物があります」
「教会に……?」
「えぇ。オロバスの村人達は、とても信心深く祈ってくれていたようです。教会は焼け落ちてしまいましたが……此処には彼等の祈りの力が残されています。ラトラナンジェも居ますので、天界との路を繋ぐ事が出来るでしょう」
オロバスの教会は村の外れにある小高い丘の上に建てられていた。此方もヒルシュヘルムによって焼かれてしまったが、教会跡地には未だ祈りの力が残されているという。姫巫女たるラトラナンジェもいるので、僅かではあるが天界に通じる路も開けるだろうとレナトゥスは言う。
天界の路は、神々が地上に加護や恩寵を授ける際や、御使いを送る際、生贄を受け取る際などに用いられる通り路だ。≪不退のヴィットーリア≫や≪不跪のローデリカ≫も、この路を通って地上に齎された物である。
天界の路の開通は神託同様、神殿や教会で巫覡が儀式を行う必要があり、祈りの力に比例してより大きな物が作られる。ラトラナンジェが居るとはいえ、オロバスの教会に残った力では小さな路しか開けないが、此度はそれで十分のようだった。
「……此処でいいのか」
「えぇ」
崩れた石屋根が散らばり、焼けた柱と梁が積み重なる教会跡地の手前で、ラトラナンジェが膝を突く。礼拝堂――その残骸と言うべきか――まで入らずとも、路を繋げられるようだ。今にも頽れそうな場所に立ち入るのは危険なので、此処で事済んで良かったとシュバルが小さく安堵する傍ら、ラトラナンジェが祈りの姿勢を取る。
白い光が、彼女の体を包み込む。死して尚、その身に宿る聖性は失われていないらしい。後ろから見ていると、生前の彼女と変わらない。在りし日のラトラナンジェと重なるその背中に、シュバルが眼を細くしていると、やがて天と地から光の柱が現れ、交わった。
その、両手で掴み取れる程度の細い柱は瞬きの間に消えてしまったが、目的の品を地上に降ろす事に成功したらしい。ラトラナンジェは膝元から何かを掬い取ると、それを持って此方へ振り向いた。
「勇者シュバル……これより過酷な旅路に発つ貴方に、私から贈り物を授けます。どうか、肌身離さず身に着けてください」




