第四話 女神は勇者に贄を求めた
レナトゥスが示した、神具製造の材料。彼女がラトラナンジェの身で指差した物に、シュバルは息を飲んだ。
また、悪い夢を見ている心地がした。燃え盛るオロバスを目の当たりにした、あの時のように。
「≪不滅のアサネジア≫の材料は、ラトラナンジェの躯です」
これもまた不幸中の幸いと、レナトゥスはラトラナンンジェの胸に手を当てた。
ヒルシュヘルムがラトラナンジェを切り刻んでしまった時、レナトゥスは如何にしてシュバルと交信するか、神具三つで不足は無いかと危惧していた。しかしヒルシュヘルムは、シュバルの想い人たるラトラナンジェを殺す心算は無かったらしく、屍霊術で彼女の躯を繋ぎ合わせ、防腐処理を施した。
お陰で、交信手段も神具の材料も確保出来た。
やはりシュバルは、聖剣が選ぶに相応するだけの勇者だったのだと、レナトゥスは再び失意の底へと突き落とされたシュバルを見据える。
「神具製造の材料として貴方が捧げるのは、かつて共に旅をした四人の仲間……。神聖王国の姫にして、治癒魔法に長けた清き巫女、ラトラナンジェ。莫大な魔力を持ち、全ての属性魔法を操る天才。魔道士メルクリウス。強靭な肉体と天賦の才を誇る槍の名手、戦士デュランハルト。星の力を宿す召喚獣を操り、陸海空を自由に渡る召喚士アストリオ。この四人を、神具の材料として捧げるのです」
「な……んで……」
「神具とは、神が造った道具であり……また、神から造られた道具でもあります。かつて厄神デザストロフがこの地に顕現した時……私は神々の血と骨で≪不退のヴィットーリア≫と≪不跪のローデリカ≫を造りました。名だたる戦神達がデザストロフに討たれ……残された神々は、この世界を護る為にとその身を捧げ、剣となった。その為……厄神デザストロフとの戦いを終えた後、天界に残った神は私ただ一柱……。神具を造る為に必要な神が、天界には存在していません。神々の遺骸は僅かながら遺されていますが、神具を造るに足る量ではありません……。この不足を補うには、優れた力を持つ人の子が必要なのです」
「ま……待ってくれ!!」
レナトゥスは、知っているだろう。ラトラナンジェとの出会いから始まった旅の中、共に魔王を討たんと同行してくれた仲間達のことを。彼等と歩んだ日々のことを。
メルクリウスは、いつも冷静で智略に長けた天才魔道士だ。その才覚と思慮深さに救われた事がどれだけあっただろう。
デュランハルトは、白兵戦に於いて無双を誇る戦士だ。大らかな性格で面倒見が良く、一行の兄貴分として皆を心身共に支えてくれていた。
アステリオは、様々な星獣を操る召喚士だ。最も年下で弟のような存在だが、移動・索敵・戦闘と、彼には多くの場面で助けられてきた。
時に仲違いを起こしたりしながら、数多の試練を共に乗り越えてきた彼等は、もう一つの家族のような存在だ。それを知りながら、レナトゥスは彼等を神具製造の贄として捧げろというのだ。魔王討伐の為、仲間を集めろとラトラナンジェに神託を授けた彼女が!
「アンタまさか……魔王討伐の為に仲間を集めろって言ったのは……その為だったのか……?!」
「……ヒルシュヘルムが魔剣を手にしてしまった以上、他に道はありませんでした」
「ふざけるな!!」
メルクリウスも、デュランハルトも、アステリオも、そしてラトラナンジェも、魔王を討つ為にと手を取り合った仲間だ。神具の材料にする為に、彼等と旅をしてきたのではない。
彼等を炉に突き落すような真似が、どうして出来よう。シュバルは震える手で顔を覆い、嗚咽するような声でレナトゥスを責めた。
「こんな事……許される訳がない……! アイツらを生贄にするなんて、そんな……」
「……無から有は生まれません」
だが、レナトゥスは揺るがない。彼女はとうに、その罪業を受け入れているのだ。地上の人々を救う為、天界の神々から剣を造った時から、レナトゥスは覚悟を決めている。
「神具が造れないのなら、この世界はヒルシュヘルムに蹂躙されるのみ……。人々は虐殺され、多くの血が流れることになるでしょう」
「……その血を止める為に、仲間を殺せって言うのか」
「…………」
「あぁ、クソ……。最悪だ……。本当に……何もかもが、最悪だ……」
酷く眩暈がした。今一度この場に座り込んで、そのまま二度と立ち上がらずにいればいいと、誰かに揺さぶられているような――そんな心地がした。
それでも頽れることが出来なかったのは、シュバルもまた、覚悟を決めていたからだ。
今度こそ必ず、ヒルシュヘルムを殺す。その言葉を口にした時から。




