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魔王は改心出来ない  作者: シンドロウ
第一章 魔王ヒルシュヘルムと勇者シュバル
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第一話 魔王は心を改めた

挿絵(By みてみん)



かの地にて、暴虐の限りを尽くした魔王ヒルシュヘルム・フリューフリュは、勇者シュバル・オロバスによって討たれた。



勇者シュバルは、オロバスという農村に暮らす若者だった。


生まれて間もなく、馬小屋に捨てられていた彼は村人達に育てられ、心優しく正義感溢れる青年に育った。

その精錬なる魂によって、女神レナトゥスが造った光の聖剣≪不退のヴィットーリア≫に選ばれた彼は、四人の仲間と共に魔王軍と戦い、魔王たるヒルシュヘルムの元へ辿り着いた。



魔王ヒルシュヘルムは、人間と魔族が手と手を取り合って暮らす世界を夢見る、鹿角族コルネルアンの青年だった。


幼い頃。鹿角族の証たる角が生えず、一族の中で虐げられていたヒルシュヘルムは、ひょんなことから出会った人間の子ども達と友人になった。

この身が魔族の出自であることをと知って尚、自分達は友達だと言ってくれた。そんな彼等との眩い思い出を胸に抱きながら、青年となったヒルシュヘルムは人と魔族の共存を志した。


だが、人間はヒルシュヘルムの想いも、願いも、拒絶した。


人々は、ヒルシュヘルムが素性を明かさぬ内は彼を受け入れていたが、彼が魔族であると知るや否や、石を投げ、唾を吐き、彼を手酷く追い立てた。

時に命を奪われかけ、時に家を焼かれ――それでも尚、幼き日の思い出と人の善性を信じ続けたヒルシュヘルムであったが、その想いもまた、無惨に打ち捨てられることになった。



「愚かな私の夢に寄り添ってくれた恋人……ディアガルドは、人間に攫われた挙句、その首を剥製にされた。彼女を捜して何ヶ月と歩き続けた果て……金持ちの家に飾られたディアガルドの首を見て、私はようやく気が付いたのだ。お前達は何処までも残酷で、醜悪な生き物なのだと」



その日、ヒルシュヘルムの頭部には大きな角が生えた。


鹿角族の角は、雷を呼び寄せ、嵐を巻き起こす力を有している。より大きく、より枝分かれした角には強大な魔力が宿るとされ――ヒルシュヘルムのそれは、鹿角族の中で類を見ない程に大きく、宛ら樹木のようだった。



斯くして、魔王への道を歩むこととなったヒルシュヘルムの壮絶なる過去に触れたシュバルは、あろうことか聖剣を手放した。



「俺は、お前とは戦えない……。例えお前が、打ち倒すべき魔王であっても……俺にお前を斬ることは出来ない」



シュバルは、ヒルシュヘルムの凄絶にして悲痛な過去に涙を流していた。


幾度となく彼の行いに憤み、必ずや彼を討たねばと心に誓い、此処まで戦ってきた。だが、ヒルシュヘルムが受けた痛みに触れた今、彼を非道なる魔族の首魁として断罪することが、シュバルには出来なかった。



「ヒルシュヘルム……確かに人間は愚かな生き物かもしれない。けれど、全ての人間がそうじゃないことだけは信じてくれ! かつてお前が信じてくれた人間は、確かに居るんだ!」


「ほざけ!! 私は誓ったのだ!! お前たち人間を一匹残らず蹂躙し、惨たらしく鏖殺すると……あの日、ディアガルドに誓ったのだ!!」


「そんなこと、彼女は望んでいない!!」


「お前に何が分かる!!」


「分かるさ!!」



憤激するヒルシュヘルムが角に電撃を纏えど、シュバルは聖剣を捨て置いたまま、彼を見据える。


その何処までも真っ直ぐな双眸と言葉は、神が造りたもうた剣よりも鋭く、ヒルシュヘルムの胸に深く突き刺さる。



「顔も知らない人だけど……それでも、彼女がとても優しい人だってことは分かる。石を投げられても、唾を吐かれても……それでも人間を信じてくれていた人だから。だから彼女は、きっと誰より優しい人だ……そうだろ?」


「…………」


「そんな人が……復讐なんて望む筈が無い。だって……誰より苦しい想いをするのは、ヒルシュヘルム……お前自身なんだから」



ディアガルドは、角無しと嘲弄されていたヒルシュヘルムをただ一人庇い立ててくれた人だった。


人と共に在りたいと願う彼に寄り添い、最後まで人間を信じ続けた、痛ましい程に優しい人。非業の死を遂げながら、穏やかに眠っていた彼女の死に顔を想起し、ヒルシュヘルムはその場に頽れた。



「ヒルシュヘルム……もう、止めよう。復讐なんて、虚しいだけだ……」


「…………お前の言う通りだ、シュバル・オロバス」



ディアガルドは、誰よりも慈悲深い人だった。シュバルの言う通り、彼女は復讐など望まない。今日まで自分がしてきたことは弔いでも何でもない、ただの自己満足だ。


真に彼女のことを想うのであれば――自分は信じ抜くべきだったのだ。それでも魔族と人は共存出来ると、諦めず、前に進むべきだった。それこそが、ディアガルドに出来るたった一つの報いだったのだと、ヒルシュヘルムは天を仰ぎ、涙した。



「ディアガルドが此処に居たのなら……きっと、私を酷く叱っていただろう。彼女は、とても優しい人だったから……」



見上げた先には、青く澄んだ空が広がっている。この広い空の何処かに召し上げられた彼女の元に、自分が行き着くことは無いだろう。


それでも、シュバルはヒルシュヘルムに手を伸ばした。



「……今からでも、信じられるだろうか。こんな私でも……信じて良いのだろうか」


「大丈夫。俺が、俺達が、お前を信じるよ。ヒルシュヘルム」



彼の犯した罪は余りにも大きい。その全てを無かったことには出来ない。


だからこそ、償っていくのだ。彼が踏み躙った無数の命が報われるだけの、素晴らしい世界を作る。

それが、彼に出来る唯一無二の贖罪だと、シュバルはヒルシュヘルムの手を強く握り締めた。



「俺達で作ろう、ヒルシュ。人と魔族が手と手を取り合って暮らせる世界を」


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