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学生時代


祖父・祖母と暮らしていたが、中学生になり母親と暮らし始める。同時に、母親は再婚して義父とも生活を共にする事になる。

義父とは小学生の頃、母親と会っていた時に一緒に遊びに連れて行ってくれたり、ご飯を食べに連れて行ってくれた人だった。複雑だった。当時は、いいお兄ちゃんという感じだったので、いきなり父親とは思えなかった。


初めは「父親と思えないが思わないといけない」という複雑な心境だった。お父さんとは呼べなかった。しかし、ある日突然(お父さん)と呼ぶ事が出来た。それは 妹 が生まれたからだ。

小学生の時から弟や妹が欲しかった。なぜなら僕の周りの友達には、ほとんど兄弟姉妹がいたからだ。とても嬉しかった。それからは、自然に父親と思えた。今となっては、僕の中で本当の父親以上に父親だった。


中学生になってからも柔道だけは頑張った。勉強は全く出来ないし、不良グループと仲良くなり、毎日ほぼ同じメンバーで行動していた。警察のお世話に何度もなった。学校をサボって遊んだりしていた時期もあった。しかし、柔道部の練習だけはしっかりしていた。そのおかげで、柔道の成績は県内では残せていた方だと思う。

僕から「柔道」を取ると、何も残らないと思っていた。

勉強が全く出来ないので、柔道をもっと頑張って強くなり、柔道で高校に入学すると自分の中では決めていた。今は、勉強もしっかりしておけば良かったと後悔している。


中学3年の春には、柔道を頑張ってやってきたおかげで、高校進学はスポーツ特待生という形で同じ中学校の中で誰よりも早く決まった。

少し天狗になっていたかもしれない。自分の力だと思っていた。柔道部の先生や、親のおかげでもあるのに。少しではなく、凄い勘違いを当時はしていたと思う。



高校は、柔道界では厳しい事で有名な某県の高校に進学した。親元を離れ、下宿先での寮生活だった。最初は(楽しみ)や(ドキドキ)が強かったが、一ヶ月を過ぎた頃からホームシックにかかってしまった。毎日が辛かった。恥ずかしい話だが、毎晩涙で枕を濡らした。学校や柔道を辞めれば済む話だが、親・妹・祖父母に頑張ってと見送られた以上、辞めたいとは言えなかった。何とか頑張り毎日の厳しい練習にも耐え、レギュラーメンバーにも入り、県内では負けなしという成績を残せる位までに成長出来た。

三年間何とか耐え抜いて、どうにか卒業する事が出来た。


卒業後、大学に行くか就職するかという選択があった。柔道での成績もあったため、就職も出来たが、三年間親元を離れて生活していたため寂しさもあり、地元に帰って大学に通う事にした。大学も高校時代の成績が認められ、スポーツ特待生として入学する事が出来た。


そして、地元に帰って大学に通い出したが、ここからが転落人生のはじりだった……

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