第9話 2日目の夜
学校が終わり、朝車からおろしてもらった場所に行くと迎えのリムジンが止まっていた。
運転手は朝と同じ橘さんだ。スーツに身を包んだショートヘアーの女性だ。スレンダーな体型でスーツがよく似合っておりとても格好が良い。
恐る恐る車へと近づく。車で迎えに来てもらうことなんてこれまで一度もなかったので、本当に俺を迎えに来たのか不安になってしまう。
車の中にいた橘さんがタイミングを見計らい出てくる。
「お待ちしておりました。雪哉様」
どうやら間違っていなかったようだ。まぁ、当然なんだけれど……
「ありがとうございます。……えっと、結依のお迎えはいいんですか?」
「既に結依様はご自宅の方で雪哉様のお帰りをお待ちしております」
「そ、そうですか……あの……様付けはやめて貰えないでしょうか? 違和感がすごいので……」
「わかりました。雪哉さんと呼ばせていただきます」
「はい、お願いします」
本当は呼び捨てでもいいくらいだ。
「あまり長い時間、結依様を待たせると怒られてしまうので帰りましょう。お乗りください」
そう言ってドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
迷惑にならないようになるべく早めに乗り込む。
相変わらず信じられないほど広い車内。まだニ回目なので緊張してしまう。
車が動き出し、しばらくすると結依と暮らし始めた家に到着した。これまでのボロアパートとではない事が不思議な感じだ。
橘さんにドアを開けてもらい車から外へ出て、家の中へと入る。
すると、先に帰ってきていた結依が小走りで近づいてくる。すごい笑顔だ。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
「っ!? おかえりなさい!」
なぜか二回もおかえりなさい、と言われてしまった。ものすごく嬉しそうにしている。
「朝、約束した通りスマートフォンの使い方を教えますね。その前に部屋着に着替えてきてください」
「わかった」
寝室に用意してくれているらしいのでそこへと向かう。
寝室に入ると、綺麗に畳まれた寝巻きの隣に部屋着が用意されている。
部屋着というものがある事が不思議だ。なんで家の中と外で服を分けるのだろうか?
以前までは、ほとんど制服かジャージしか着ていなかった。わざわざ部屋用の服を用意する余裕なんてなかったのだ。
部屋着を手に取る。これが上流階級の常識か……
結依の用意してくれた服はラフな感じでとても着心地がいい。
手早く着替えると結依の元へと向かう。
「お待たせ」
「いえ、大丈夫ですよ。そのお洋服、とっても似合っていますよ」
「ありがとう。その……結依も似合っていると思うぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
恥ずかしくなり視線を逸らす。
「早速スマートフォンの使い方を教えますので、こちらに来てください」
結依はソファーに座ると、ぽんぽんと横を叩く。
素直に結依の隣に腰を下ろす。肩が触れ体温が伝わってくる。
少しドキドキしながら説明を受ける。
信じられないほど沢山のことが出来るようだ。
街中でスマートフォンばかり見ている人がいるのも納得だ。
基本的な機能からアプリなど具体的なものまで色々と教えてもらった。
少しずつ慣れていこうと思う。
「通話アプリで、クラスのグループとかありますか?」
「たしか、招待? してもらった」
「それならクラスの皆さんとの思い出の写真を、分けてもらったらいいと思いますよ」
「どうすればいいんだ?」
「一言、欲しいと言えば貰えると思いますよ」
結依に言われるまま、クラスのグループチャットに送ってみることにする。
「これでいいのか?」
「はい! 少ししたら送ってもらえると思いますよ」
クラスの皆んなの連絡先はつい先ほど教えてもらったばかりだ。
こんなに簡単に連絡を取り合えるのはかなり便利だな。
「結構話し込んでしまいましたね。お風呂の用意は出来ていると思うので、先に入ってきてください」
「いいのか?」
「私は夕食の準備をしますから」
一応、買われた身なのだから色々働こうと思っていたのだが、今のところお世話をしてもらってばかりだ。
もしかしたら、両親が突然いなくなった俺に気を遣ってくれているのかもしれない。
それなら、その好意を素直に受け取るべきだろう。
「わかった。入ってくるよ」
「それでは私も夕食の準備を始めますね」
俺は風呂場に、結依は台所へとそれぞれ向かった。
◆◆◆◆
俺が風呂から出た後、結依が風呂へと入った。
しばらくして出てきた後、二人で夕食を食べる。
昨日の夜と同様、ものすごく豪勢な夕食だ。
白米もちゃんともちもちしていて水っぽくない。それにおかずの種類も豊富だ。
梅干しだけだった頃を思い出すと涙が出そうになってしまう。こんな美味しい料理を食べたらもう戻れないかもしれない。
お互いの学校での出来事なんかを話しながら食事を進めた。
「ふぅ〜、ご馳走様」
「お粗末様です。とても美味しそうに食べてくれるので、作ったかいがあります」
嬉しそうにニコニコと笑っている。
結依が席を立ち食器の片付けを始めたので俺も手伝う。
流石に何もしないのは申し訳ない。俺に出来る事はやっておこうと思う。
二人で片付けを終える。
「少し早いですけど寝ましょうか」
「あ、あぁ、そうだな」
やばい……緊張しているのか心臓がバクバクしだす。
昨日は色々な事があったり、泣き疲れて寝てしまったこともあり、なんとかなったが今日は違う。
絶対に寝れない自信がある。どうにかして寝ないと明日が大変なことになってしまう。
何かいい作戦はないか頭の中でぐるぐると考えているうちに、寝室に到着してしまった。
結依が不意にこちらを見ると、じっとこちらを見つめてくる。
「昨日みたいにハーブティーを用意しましょうか?」
もしかしたら緊張が顔に出ていたのだらうか?
リラックス効果があるハーブティーを飲めば寝れるかもしれない。
「お願いしてもいいか?」
「勿論です!」
僅かな希望に縋ることにした。
ぱたぱたと部屋を出ていったあと、昨日と同じようにマグカップを持って帰ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
結依からマグカップを受け取ると、一口飲む。
ん? 昨日とは違うハーブティーのようだ。少し味が違う。
結依は心配そうにこちらを覗き込んでいる。
ハーブティーを一気に飲み干した後、結依へマグカップを渡す。
だんだんリラックスしてきたような気がする。ふわふわしてきて、なんだか力が抜けていくような……というか、力が入らない?
結依が魅力的な笑みを浮かべて近づいてくると、そっと俺をベッドの方へと押す。
そのままベッドに倒れ込んだ。
力が入らない!?
結依が馬乗りになるように乗っかってくる。
「雪君……私、もう我慢できません!」
結依の瞳は爛々と輝いていた。