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第53話 フォーショット

 リレーが終わり次に出場する騎馬戦まではまだ時間があるので体力を回復させるために休んでいた。全力で走ってかなり喉が乾いてしまったので大量の水を飲んだ。そのせいでトイレに行きたくなってしまった。

 近くにいた人にトイレに行くことを伝えてこの場を後にする。

 トイレに向かって歩き出して少ししたところで前から三人組の女子生徒が歩いてくる。そのうちの一人は陽菜ちゃんだった。こちらに気が付くと近寄ってきた。


「一ノ瀬先輩、お疲れ様です」


 この学校で再会したときにお兄さんと呼んでしまったことで少し騒ぎになってしまったことを反省して他の人がいるときには一ノ瀬と呼ぶようにしているらしい。最初こそ違和感があったが今は慣れた。


「お疲れ」


 陽菜ちゃんの後に少し遅れて残りの女子生徒も近寄ってきた。見た目は今の陽菜ちゃんと似た感じで、なんというかギャルっぽい印象を受ける。これまでこういったタイプの人としゃべることがなかったのでなんだか気後れしてしまう。陽菜ちゃんも似たような身いためだがそこは以前からの知り合いということもありそういったことはなく普通に話すことが出来ていると思う。


「こんにちはぁ」


「どうもー」


「初めまして。えっと……」


 そう言って自己紹介をしようとしたところで一人の女子生徒が何かに気が付いたように声を上げる。


「あ! この人さっきリレーで走っていた人じゃない?」


「ほんとだ、めっちゃ早かったひとじゃん」


「え?」


 どういう訳かこちらのことを知っている様子の二人。たしかにさっき走っていたが、だからと言って覚えられるほどのことではない。違う学年であり他の人も走っていたのだから俺だけっていうのもおかしな話だ。

 俺は素直に疑問に思った事を口にする。


「なんで知って……初対面だよな?」


「はい」


「そうですよぉ?」


「ならどうして……?」


「それは陽菜があんなに一生懸命に応援していたら気になるし覚えるよ」


「ねー、全然違う学年なのにね。これまで見たことなかったし、不思議に思うよねぇ」


 そんなことを言う二人の後ろで陽菜ちゃんが顔を赤くしている。


「ちょっと! なんで言っちゃうの!?」


「ダメだった? 別に良くない?」


「それともなんか言われたくない理由があるのかなぁ?」


「そんなことないけど……」


「ならいいじゃん」


 納得していない様子の陽菜ちゃん。仲良しそうな三人の様子を見て完全に蚊帳の外だった俺に急に矛先が向く。


「それで先輩は陽菜の何なんですか? 彼氏とか?」


「彼氏!?」


 予想外のことを言われてうわずった声が出てしまう。


「ちょっと何言ってるの!?」


 陽菜ちゃんもたまらず声を上げる。


「あれ? 違った?」


「違うから!? お兄さんとはそんな関係じゃなくって……ただ昔世話になった人ってだけで」


 必死に言う陽菜ちゃんに対して友達はからかうようにやりと笑う。


「ふーん……この人が噂のお兄さんなんだ」


 慌てて口を押えるがもう遅い。陽菜ちゃんは意識して気を付けているときは問題ないのだが、慌てたりすると咄嗟にお兄さん呼びが出てしまうようだ。

 新しいおもちゃを見つけたように面白そうに畳みかける。


「本当に昔お世話になったってだけ?」


「うん……」


「本当にぃ? 怪しいなぁー」


「本当に一ノ瀬先輩とはそんなんじゃないから」


「もうお兄さん呼びしているの知ってるから無理に呼び方変えなくてもいいよ?」


「っ!? 一ノ瀬先輩も何か言ってください!」


 意地になっているのか一ノ瀬先輩と呼び続ける陽菜ちゃん。

 何か言えと言われても……とりあえず俺が彼氏だなんて誤解は陽菜ちゃんに迷惑になりそうなのでしっかりと否定することにする。せっかく高校生デビューをして変わろうとしているのだ、邪魔したくない。


「陽菜ちゃんの言う通り俺は彼氏なんかじゃない。それに陽菜ちゃんには俺なんかよりよっぽどふさわしい人がいるよ」


「……」


「うわぁ……」


「これは……陽菜が頑張らないと……」


 どういう訳か非難の視線を向けられてしまった。さっきまで陽菜ちゃんをからかっていた二人は陽菜ちゃんを守るかのように身を寄せているし一人はなぜか陽菜ちゃんに抱き着き頭をなで始めた。陽菜ちゃんのほうもなんともいえない難しい顔をしている。

 急に変化した状況に理解できず困惑しているとされるがままになあっていた陽菜ちゃんが口を開く。


「そういうわけだから!  ほら、行くよ!」


 手を引いてこの場を去ろうとするが二人は拒むように手を振り払ってこちらに近寄ってきた。


「先輩、一緒に写真撮りましょうよ」


「え!?」


「せっかくの体育祭なんだから思い出、思いで!」


 なにか言う暇もなく両腕をつかまれてしまう。陽菜ちゃんといいなんだか距離感。これがギャル……

 そんな俺たちを見て陽菜ちゃん言う。


「ちょっと、何しているの!?」


「なにって写真撮るだけだし」


「はい、先輩撮りますよ」


 慌ててカメラの方を見ると一拍おいてシャッター音が鳴る。


「お兄さんもなにされるがままになっているんですか!?」


 そんなこと言われても……振り払うのも違う気がするし……


「次はこっちで撮りますよぉ」


「いい加減に……」


「陽菜もいつまでそこにいるの? 早くしないと撮っちゃうよ?」


 そんな言葉に黙る陽菜ちゃん。そして何も言わずに近づいてくる。左右はふさがっているのを見ると何を思ったのか俺の目の前に来るとそのまま背を向け中腰になる。そしてカメラに向かったポーズをとる。


「それじゃ撮るね」


 その言葉を聞きカメラに視線を向ける。そして今の状況を改めて理解するととんでもない状況になっている。左右には陽菜ちゃんの友人に腕を組まれており、陽菜ちゃんは前にいるが写真に写るためにかなり密着している。誰かに見られたら何か言われそうな状況にどうするわけにもいかずただ写真を撮り終えるのを待つことしかできなかった。

 何度かのシャッター音が鳴りようやく解放される。背中に変な汗をかいてしまった。なんだか全力で走った時よりも疲労感がある。


「撮った写真送るんで連絡先教えてください」


 俺は言われるがままに連絡先を伝えた。


「それじゃまた」


「ばいばーい」


「お騒がせしました」


 そう言って去っていく三人。そんな三人が見えなくなるまで見送るとトイレに行こうとしていたことを思い出した。思わぬところで時間をかけてしまった。俺は急いで当初の目的をすませるとみんなの元へと戻った。

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