第52話 リレーの決着
「位置について、よーい――」
パンッ
スタートの合図が鳴り響く。それと同時に一斉に走り出す。俺たちのクラスの第一走者は陸上部でありここで一気に差をつける作戦だったが思った以上に差が出来ていない。むしろ若干出遅れてしまっている。現在、全部で6クラスあるうちの3位だ。他のクラスの人たちも早く接戦だ。
第一走者が走り終わり次の男子生徒へとバトンが渡った。ここでもなかなか抜け出すことが出来ず苦しい状況が続いている。接戦であるためみんなが割と固まっている。少し抜け出すことが出来れば1位に躍り出られるがそれが難しい。
膠着状態のまま次の走者にバトンが渡る。次の瞬間ハプニングが起きてしまう。何処から悲鳴のような声が聞こえた。
次の走者である女子生徒にバトンが渡り走り出した途端転んでしまった。人が密集していたことでぶつかってしまったことが原因のようだ。転んだ女子生徒は急いで立ち上がり走りだすが、かなり他のクラスとの距離が開いてしまっていた。俺たちのクラスは大きく離されて最下位になってしまった。
転んだ拍子でどこか痛めてしまったのか走るスピードもいつもより遅くなってしまっているが必死に走っている。そんな姿を見て多くの応援の声が聞こえてくる。
「頑張れー!」
「いけー!」
「まだ負けてないぞ!」
「頑張ってー!」
俺も気が付けば大きな声を上げて応援していた。
その一生懸命に走る姿に胸が熱くなるのを感じる。応援でも言っていたがまだ負けていない。まだ逆転のチャンスはある。次の走者は陸上部で俺たちの中だと成瀬に続いて足の速い山本だ。
そんな山本も次の走者として待機しながら大きな声を上げている。他のクラスが次の走者にバトンが渡って少ししてから俺たちのクラスも次の走者にバトンが渡り山本が走り出す。さすが陸上部といった感じで後れを取り戻すかのようにどんどん他の走者との距離を縮めていく。
山本にバトンを渡して戻ってきた女子生徒が俺たちに向かって言う。
「……ごめん、私のせいで……」
走り終えたばかりなのでまだ息が上がっており、苦しそうにしている。見た感じはけがをしている様子はなくホット胸をなでおろす。
俺たちに向かって謝罪をする遠藤さんに向かって井上さんがいう。
「あれは運が悪かっただけだよ。誰も悪くない。だから謝らないで」
「そうだ、気にしなくていい。それにまだ負けたわけじゃないんだ。俺たちが絶対に逆転する」
そう声をかける成瀬に続いて言う。
「俺も頑張る。それに今は山本も頑張っている。みんなで応援しよう」
「うん、そうだね。みんなありがとう」
そういって遠藤さんは大きな声で応援を始めた。それに続いて俺も大きな声で応援する。
山本が走り終わり次の走者にバトンが渡る。山本の頑張りでかなり差を縮めることが出来たが、まだ俺たちのクラスは最下位のままだ。続いて二人の走者が走ったがその差は変わらず結依の順番が回ってきた。
結依がバトンを受け取り走り出す。やはり結依はかなり足が速い方なのかなかなか縮まらなかった差をどんどん縮めていく。そしてようやく前を走っていた生徒の背中をとらえた。これで最下位の脱出は見えてきたが、まだ1位との距離はまだある。
もう少しで前を走る生徒を追い越すところでバトンが結依から俺にわたる。
「頑張ってください!」
結依の激励にうなずきで答えると一気にスピードを上げて走り出す。
まずは一人を追い越し、最下位を抜け出す。
風を切る音に加えていろいろな声が聞こえてくる。
「行け! 頑張れ!」
「その調子!」
「一ノ瀬君ってこんなに早かったんだ」
「一ノ瀬! 頑張れー!」
声援から驚きの声まで様々だ。
もう少しでバトンを次の走者である木村さんに渡す。ラストスパートをかけるように足に力を入れ、力強く地面をける。さらにスピードを上げ順位を上げる。みんなの頑張りもあり最終的に3位まで順位を上げることが出来た。
木村さんにバトンを渡し、走り終わった人たちのもとに行くと興奮気味に山本が声をかけてくる。
その他の走り終えた人も集まってくる。
「一ノ瀬! ナイスだ、よくやった!」
「やっぱり足早いな」
勢いよく肩を組んでくる山本。力が強くて若干痛いくらいだ。そんな山本に向かって言う。
「山本やみんなが頑張ってくれたおかげだよ。俺だけの力じゃない」
「だとしてもこれで逆転一位が見えてきた!」
「だな!」
「それに木村の奴のおかげで一位の奴らとの差がほとんどなくなっている。これならいける。頑張れ、木村!」
みんながさらに応援に熱が入っている。どんどん声援が大きくなっている。俺もみんなに負けじと声を出して応援する。
そしてついにアンカーである成瀬へとバトンが渡った。
「成瀬! 頑張れー!」
力強く走り出した成瀬。どんどん加速していき二位の走者を追い抜きついにあと一人。相手の正とも負けじと走る。アンカーを任されるだけあってさすがに早い。
なかなか相手の背中をとらえることが出来な。その間どんどんゴールまでの距離が短くなっていく。
「行けるぞ! 頑張れ!」
「頑張ってー!」
「あと少しだ! 根性見せろ!」
「成瀬っ!」
みんなの応援もより一層力が入る。それは俺たちクラスだけではなく他のクラスも同じだ。走っている人だけではなく応援している人たちもまるで応援合戦のようになっている。ゴールに近づくにつれて声援もどんどん大きくなっていく。
成瀬たちも最後の直線に差し掛かる。誰の声で誰への応援なのか分からないほどの盛り上がりだ。俺も喉が痛くなるほど声を出す。きっとみんな俺と同じ状態だろう。そんな俺たちの応援が届いたのか成瀬のスピードわずかに上がりついに一位と並んだ。
応援の方も最高潮を迎える。まるで今の瞬間だけは世界中のみんながこの戦いに注目しているのではないかという錯覚すらしてしまう。
「頑張れ、成瀬!」
そしてついに成瀬が一位に躍り出てその桃ゴールまで走り抜けた。
「ゴール! 一位は一組です!」
一位のアナウンスがされみんなが寒気の声を上げる
「うおおおおおおおおおお!! やった、一位だ!」
「ナイス!」
「すごかった! お疲れ!」
「成瀬! よくやった!」
みんな興奮状態で思い思いの歓声を上げる。
走り終えた成瀬は大きく肩で息をしている。俺たちはそんな成瀬に駆け寄りもみくちゃにっする。成瀬は少し痛そうにしていたがその表情は晴れやかだ。
「お疲れ! ありがとう!」
山本が成瀬に言う。
「いやこの結果はみんなの頑張りだよ」
「アンカーが成瀬だったからこそだ」
「それを言うなら三人も抜いてくれた一ノ瀬の頑張りも大きいと思うけど」
「え!?」
「そうだな!」
急に名前を出されて動揺してしまう。
「山本があきらめずに走りぬいて俺たちにつなげてくれたからだよ。あれがなかったらそれこそこの逆転は無かったと思う」
なんだか気恥ずかしさを感じてしまいごまかすように言うがこれは本心だ。あの走りがなかったらこの結果にはならなかっただろう。俺もあの姿があったからこそ頑張れたのだ。褒められてまんざらでもなさそうな山本。
「そ、そうか? まぁ、俺のおかげか!」
照れ隠しかそんな調子の良いことを言う山本に誰かが突っ込みを入れさらに笑いが起こる。
俺たちは笑顔で競技場を後にした。




