第3話 新しい家
俺はわけも分からず結依に車に乗せられた。リムジンなんて初めて乗ったな……
緊張で背筋が伸びてしまう。そんな俺の近くで結依はにこにこと、機嫌がよさそうに座っている。
しばらくして車が停止する。
運転手が素早く扉を開いてくれる。金持ちって感じだ。
「これが今日から私たちが住む家ですよ」
「おぉ」
金持ちらしくとんでもなくデカい家が出てくると思ったが、意外と小さい。あまり大きすぎても落ち着かないだろ。
まぁ、それでも俺がこれまで住んでいた部屋よりも何倍も大きいが……
「早く入りましょう」
「お、おう」
家の中へと入る。
すごい! とても綺麗だ。壁に穴が空いていないし、ヒビも入っていないければ変なシミもない!
近くにある電気のスイッチをパチパチと押す。
「何やっているんですか?」
「いや……ちゃんと電気が点くのかなって……」
「……」
結依が黙ってこちらをじっと見ている。まるで言い訳をする様に慌てて言葉を繋げる。
「ち、違う! 別にいつも電気が点かなかったわけじゃないんだ! たまに点かない時があっただけだから!」
嘘です。時々じゃないです。結構な頻度で止められていました!
電気代が払えず、電気を止められていた。バイト先で貰ってきた弁当を、ボロボロの電子レンジで温めようとして、電気が止まっていた時の悲しさは今でも忘れない。
もはやなんの言い訳なのかもわからないことを口走っている俺に結依が近づいてくる。優しく手を握ると聖女のような笑みを浮かべる。
「大丈夫です。この家はどんな時でも電気が点きますから。安心してください」
「そ、そうか……よかった」
「それに水もガスも心配ありません」
電気だけじゃなくてちゃんと水も流れるのか……なんて贅沢な家なんだ。
優しく結依に手を引かれ家の中を一通り見終える。
「どうですか? 気に入ってもらえましたか?」
「俺には勿体無いくらいとてもいい家だ」
「良かったです!」
こんな立派な家に本当に住んでいいのだろうか?
一通り家を見終えたあと、俺の荷物が届くまで一息ついていると、結依に声をかけられる。
「早速ですけど、一つ目のお願いをします」
来た。
身構える俺に向かって綺麗な笑顔を向ける。
一体どんなお願いをされるのだろうか……身構える俺に告げる。
「私にハグをしてください」
「……はい?」
「抱擁です」
「いや、言葉の意味がわからなかった訳じゃないんだけど……」
「ハグにはストレスを軽減してリラックスさせる効果があるんですよ。私はこう見えてもお父さんと仕事の手伝いをしているので、癒してほしいです」
「手伝い?」
「はい、この前も新たにお店の経営を任せてもらいました」
「それは……すごいな」
俺と同い年でそんなことができるなんて、一種の才能だろう。天才なのかもしれない。
「そういう訳なので、ハグしてください」
抱きしめてと言わんばかりに腕を広げる。
いきなりそんなことを言われても心の準備が出来ていない。一応初恋相手なのだから嫌でも緊張してしまう。
だが……俺は買われた身なので拒否権なんてない。覚悟を決めて結依をそっと抱きしめる。
びっくりするほど華奢で、簡単に壊れてしまいそうだ。
女子とハグをした経験なんてこれまで一度もないので、優しくすることだけを意識する。
「ふぁ……久しぶりの雪君の匂いです。落ち着きます……」
そう言って俺の胸元に顔を擦り付け、鼻先を押し付けている。くんくんと匂いを嗅いでいる。
頭が沸騰しそうでクラクラしてくる。甘い匂いに包まれておかしくなりそうだ。
押し付けられている柔らかな大きな双丘が押しつぶされて形が変わっているのが感触でわかる。
やばい、これ以上はとにかくやばい!
己と葛藤していると、満足したのか結依が俺から離れる。
顔を赤くし、うっとりしたような表情がとても印象的だ。
「ありがとうございました。これで頑張れます」
「そ、それは良かった」
わずかな時間なのにものすごく疲れた。
「本当はもう少し雪君とくっついていたかったですけど、結構ギリギリだったので……」
何がギリギリだったのだろう? まさか俺の理性が飛ぶギリギリという事だろうか?
たしかにギリギリだった。こっちは思春期真っ盛りの男子なのだ。耐え抜いたことを褒めて欲しいくらいだ。
まだ心臓がバクバクしているのがわかる。落ち着けるためにゆっくりと深呼吸していると俺の荷物が届けられた。
「荷物が届いたので、早めに引っ越しを終えてしまいましょう」
そう言って動き始める結依の足取りはとても軽やかだった。
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