閑話 中村 司と笹野 俊樹
僕と俊樹は小学生からの付き合いだったが、クラスも違ったし、最初はほとんど喋ったことがなかった。
小さい頃の僕は引っ込み思案で、人見知りをする性格だったこともあり、自分から話しかけることなんて出来なかった。俊樹も似たようなものだったから余計に話す機会なんてなかった。
話すようになったきっかけはいじめだった。
僕がいじめていたわけでもなければ、俊樹が僕をいじめていたわけではなかった。
当時ガキ大将のような子がいて、その子に僕らはいじめを受けていた。
俊樹が僕と同じようにその子にいじめられているのを見て、なんだか放っておけなくて話しかけたのが始まりだった。
いじめられている者同士なんだか仲間意識のようなものが生まれていたのかもしれない。
それから僕らは話すようになり、友達のような関係になっていった。
話す内容はたわいもないものから、受けたいじめについてだった。溜め込むよりも同じ境遇の人と話した方が楽になれたからだ。
その時からほんの少しだけいじめが辛くなくなった。
いじめっ子から受けたいじめは様々だった。無視をされたり、物を投げつけられたり、無理やり下っ端のように連れ回されたり、好きでもない子に無理矢理告白させられて笑い物にされたり、殴られたり、蹴られたり、物を取られたこともあった。
俊樹も似たような物だった。いじめる対象が僕だけではなかった事が唯一の救いだったかもしれない。
気分でいじめる対象を決めていたようだったから、僕に攻撃が集中してはいなかった。
子供の頃はいじめられているなんて大人には相談できなかったし、クラスのみんなからの視線も辛かった。誰も助けてはくれない。俊樹と一緒に耐え続ける日々が続いた。
でも、学校には俊樹がいるからいじめを受けていても、学校に行こうと思えたし、頑張れるような気がした。
僕が俊樹と出会ってから少ししたある日、突然僕に対するいじめがなくなった。
殴られることもなくなり、取られていた物まで帰ってきた。挙げ句の果てに『ごめん』と謝られたのだ。
不思議で仕方なかったが、いじめから解放されて心が軽くなったような感じだった。
ただの偶然だったのだが、父さんの会社の取引相手が僕をいじめていた子の親だったのだ。立場上父さんの会社の方が強かったらしい。
どうしていじめが発覚したのか今ではわからないが、父さんの会社の名前で救われたのだ。
僕は何もしていないのに……
僕に対するいじめは無くなったが、俊樹に対するいじめは無くならなかった。
助けてあげたかったけど、いじめを受けていた時の恐怖から何もする事ができなかった。いじめがなくなったとしても、心の傷がなくなるわけではない。
僕はせめて俊樹とこれまで通り仲良くしようと思った。辛かった時に一緒にいてくれたのだから見捨てるわけにはいかない。
僕だけは……友達である僕だけは一緒にいようと……
でも、ある日俊樹がいじめられている所を見た時だった。
僕をいじめていた子が俊樹に詰め寄り怒鳴っていた。
『中村君と仲がいいからって調子に乗るなよっ! ムカつくんだよっ!!』
俊樹を突き飛ばし張っていくのを呆然と眺めた。
俊樹と仲良くしようと思っていた僕の考えが間違っていると思った。僕のせいで余計に俊樹がいじめられている。
その時、僕の中で何かが変わった。
あのいじめっ子に取られた物が帰ってきた時の言葉が頭に浮かぶ。
『これ中村君のだよね。 だから返すよ』
僕のものだったら手を出さない。俊樹は僕の友達なんだ。僕の……
その日から僕は行動の全てを変えた。まるで俊樹を僕のものだと主張するように、連れ回し命令をする。父親の会社の名前を振りかざし、舐められないように言動を変えた。
狙い通りというべきか、俊樹へのいじめもなくなった。ガキ大将だった子も静かになった。
それからというもの、僕も俊樹もいじめを受けることなく学校を卒業した。
いじめっ子とは違う学校になり、本当の意味で解放されたのだと思った。
でも……
新しい学校で違う奴からいじめを受けるかもしれない。そう考えると怖かった。
だから僕はこれまで通り、父親の会社の名前を振りかざし、舐められないように行動した。
学年が上がるに連れて、勉強ができるということは尊敬されるし、みんなから一目置かれる存在になる。だから、地位を確立するために勉強も頑張った。
名門校と言われる桜聖学園にも入学し、上位をキープし続けた。
だけど、いくら行動を変えても小さい頃に受けたいじめの記憶が呪いのように付き纏っていた。
自信をひけらかし、相手より僕の方が上だと主張し続ける。そんな日々をあの日からずっと送っていた。
ところがある日転校生がやってきた。僕はいつも通り父さんの会社の名前を使って相手を威嚇した。
だが、転校生は会社の名前を知らなかった。危険だと思った。もしかしたらまた、僕や俊樹がいじめられるかもしれない。
挙げ句の果てに僕よりも学力が高かった。
ダメだ……このままではまた辛い思いをする。
自分では行動を抑えられず、みっともなく騒ぎ転校生に勝負を挑んだ。
そして――負けた。
◆◆◆◆
僕が負けた時のみんなからの視線はいじめを受けていた時と同じだった。これまで無理やり維持してきた立場も全てを失い、終わったのだ。
足が震え、僕は思わず教室から飛び出した。
廊下を走り、少しでもあの教室から離れたかった。
走って、走って――
「待って! 待ってよ、中村君!」
名前を呼ばれて足を止める。その声は毎日聴いている声だったからだ。
振り返るとそこには俊樹が息を切らしながら立っている。
「何しにきたんだよ……」
「何って……急に教室を飛び出していったから心配だったんだよ」
俊樹の顔をしっかりと見たのはもしかしたら子供のころ以来かもしれない。
俊樹の顔を見て僕は気づいた。いや、気づいてしまった。
これまで僕が俊樹に対して行ってきた行動は、いじめをしていたあいつらと何にも変わらないということに。
「――っ」
胸が苦しくなり息が詰まる。
僕は俊樹を助けようと思っていたけど、実際は真逆の事をしていたのだ。
「どうしたの?」
俊樹が近づいてくる。反射的に後ろに下がってしまう。
「なんで僕のところにきたんだよ」
「友達だから心配したんだよ」
「なんでだよっ! 僕は俊樹に対して酷い事をしていたのに……」
「酷い事?」
唇が震える。
「毎日無理やり連れ回したり……」
「友達だから一緒にいる時間が多くなるよね」
「荷物を持たせたり……」
「たしかに重かったよね。これまで僕が持っていたんだから、たまには中村君も持ってよね」
「ーーっ」
俊樹の笑顔はどこまでも優しかった。
目頭が熱くなり、視界がぼやける。
「僕が荷物を教室から持ってくるから待っていてよ」
「うん」
「先に帰っちゃダメだよ」
「うん」
「一緒に帰ろうね」
「うん」
満足そうに頷くと教室に向かって走り出す。
転校生との勝負に負けて全てを失ったと思うまでいたけど違った。
これまで築き上げてきたものは全て失ったが、そのかわり近くにあった大切なものに気づく事ができた。
「ありがとう、俊樹」
僕の独り言は、誰もいない廊下にやけに大きく響いた。
次話から2章スタートになります。
新キャラも登場させる予定なのでお楽しみに!
2章も応援よろしくお願いします!




