第27話 決着
月宮の合図で雪哉、中村は問題を解き出す。
一問目に目を通すとほぼ同時に解答を作り出す。少し違う部分があるがほとんど同じ内容だ。
スクリーンに映し出された二人の解答を生徒たちは食い入るように見る。
「おいお前、あの問題分かるか?」
「なんとかな……」
「俺なんて途中までしかわかんねぇよ」
「俺も……」
「私なんて最初から分からなかったんだけど…」
「実は俺も」
「やっぱり二人ともすごいんだな」
「あっ、そうやるのか」
近くの人とこそこそ話出す者もいれば、結依をはじめとして何人かの生徒はじっとスクリーンを見つめている。答えまでの道筋が定まっているからだ。
ほぼ同時だった。
二人とも解答を作り上げ次の問題へと移る。ここまでは互角のスピードだ。答えも一致している。
次の問題がスクリーンに映し出された時何人かの生徒が悲鳴を漏らす。
「なんだよこの問題、意味わかんねぇ」
「書き出しくらいしか理解できない」
「こんな問題解けるわけないんだけど……」
「頭痛くなりそう……」
雪哉と中村はほぼ同時に次の問題へ移ったが、雪哉がすぐに解き出した一方で、中村のペンが動き出すのに時間がかかった。
「――っく」
雪哉が半分くらい解答を作り終えたところでようやくペンが動き出した。開始からまだそれほど経っていないにも関わらず、すでに差が生まれている。
「一ノ瀬の方が早いな……」
「すぐ解き出したもんね」
「少し見ただけですぐ分かるのかよ」
「す、すごいね……」
この時点でクラスの半分以上の生徒が解くことができないほどの難易度だ。
遅れているが中村もなんとか食い付いている。だが、焦っているのか何度も消しては書き直してをしている。
その隙にどんどん雪哉の解答用紙が埋まっていき、一つの解を導き出した。
「一ノ瀬は解き終わったみたいだぞ」
「あれ、正解なの?」
「分かるわけないだろ、問題すらよく分からないんだから」
「だよね……」
生徒の声から一ノ瀬が二問目を解き終わったことがわかり、中村の焦りは更に増す。爪をかみ、貧乏揺すりが始まる。
その姿からは焦りと苛立ちが伝わってくる。
雪哉が最終問題に取り掛かり、スクリーンに問題が映し出される。一ノ瀬の手が止まった。
クラス中から息を呑むような音が聞こえる。ほとんどの生徒が口を開け唖然とその問題を見つめる。
「……は?」
「……なんだよ……この問題」
「意味わかんねえ……」
「私、問題の意味すらわかんないんだけど……」
「大丈夫、私もだから……」
「だ、だよな……俺も……」
「こんなのどうやって解くんだよ」
「先生、出す問題間違っているんじゃないのか?」
「これから先勉強しても、この問題が解ける気が全くしないんだけど……」
「はっ、はは……」
生徒から漏れ出る言葉からは、動揺や諦めの感情が乗っている。
二問目までは理解できていた生徒たちですらもこの問題は解けない。
クラスメイト全員が解くことはおろか理解すらできない問題だ。
高校三年間勉強を続ければ解くことが出来る人も出てくるかもしれないが、現段階では間違い無く不可能だ。
「一ノ瀬も無理なんじゃないか?」
「さすがに、ね……」
「いや、でも……」
雪哉はその問題を見つめ、その目はわずかに血走っている。額に汗がじわりと浮かびあがる。
雪哉が考えているうちに中村もなんとか二問目を解き終わり三問目に突入した。
そして、その問題を見て言葉を失う。
「なっ……」
二人の手が止まり時計の針の音がよく聞こえる。
一分、二分と時間が過ぎていき、そして先に雪哉のペンが動き出す。
「一ノ瀬が解き出したぞっ」
「うそっ!?」
「マジかよ……」
雪哉は一心不乱にペンを動かし解答を作り上げていく一方で、まだ中村の手は動いていない。
「く、くそっ!」
必死にペンを動かしどんどん数字を書き連ねていく。
ペンを走らせることで生まれる数式。
生徒たちはスクリーンに釘付けになり、黙って雪哉の作り出す解答に目を奪われている。
次から次へと生まれる数式。ほとんど内容は理解できていない。だが、確実に答えに近づいていることだけはなんとなく分かる。
汗がじんわりと浮かび、必死になって解く一ノ瀬の姿。
それらは一種の高揚感を生み出した。それだけではない。クラスメイトの目には憧れの色が出ている。
「す、すげぇ……」
「こんな問題解けるなんて……化け物かよ」
「やべぇ……マジで格好いい」
「ねっ! 一ノ瀬君凄すぎ!」
「数字がババァーって」
「どうしよう……すごく格好いい」
「俺もあんな風に出来たらな……」
「勉強したら、いつかあんな風に……」
雪哉の手は止まらないが、中村の解答用紙は白紙のまま何も進んでいない。
「クソッ、なんだよこの問題……なんで一ノ瀬は解けるんだよ……クソ!」
貧乏揺すりが激しくなり、頭をガシガシと掻く。爪をかみ、ペンが折れる勢いで握りしめている。
どんどん雪哉の解答用紙は数式で埋め尽くされていき、ついに一つの解を導き出した。
そして――
「そこまでっ!」
月宮の終了の合図が教室に響き渡った。
◆◆◆◆
ギリギリだった。なんとか間に合ったが奇跡に近いと思う。この問題を解けたのは以前の学校でたまたま渡邊先生に教えてもらったことが有ったからだ。たしかその時、これは高校のレベルではないと言っていた気がする。
なんとか思い出せてよかった。
後半必死過ぎて息をするのも忘れてしまっていた。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をしながらペンを置く。
隣をチラリと見ると中村が俯いている。その手では爪が食い込むほどの力で握られている。
先生が俺たちの前に立つ。俺の方を見て口を開く。
「一ノ瀬君、さすがですね。見事に全問正解です」
「マジかよ……」
「最後の問題正解したのか!?」
「待てよ……中村は全部解けていないよな」
「ということは一ノ瀬君の……」
呆然と先生の顔を見つめる。問題を解くのに頭を使い過ぎたせいか上手く頭が回らない。
「この勝負は一ノ瀬君の勝ちです」
「「おおっ!!」」
クラスのみんなが思わす声をあげる。
そして、その声と同じくらい大きな音を立てて中村が立ち上がった。
中村は俯いているため表情は見えない。クラス中の視線が注がれる。
「あれだけ騒いだくせに結局中村の負けかよ」
「偉そうなこと言ってたくせにな」
「ほんとほんと」
「最初から不正なんてなかったんだよ」
「いつも偉そうな態度とっているくせにダサ」
「言いがかりをつけられた一ノ瀬君が可哀想」
「だよね」
中村に対する批判の声が聞こえてくる。クラスのみんなからは、呆れと軽蔑したような視線を中村に向けられる。
あれだけ自信満々に負けるはずがないと言っていたが、結局負けたことで大きな恥を晒している状況だ。
「――っ」
「中村君」
みんなからの視線に耐えられなかったのか、教室から走り去ろうとしたところを先生に止められる。
その場で足を止め、その拳は血が出そうなほど強く握られている。
肩は震え、わずかに歯軋りが聞こえる。
「すまなかった」
「え?……あ、あぁ」
ギリギリ聞こえるような小さな声で謝罪の言葉を口にすると、すぐさま教室から出て行ってしまった。
その中村を追うように笹野も教室を出ていく。
正直、中村の口からそんな言葉が出るなんて思っていなかったせいで反応が少し遅れてしまった。
呆然の中村が出て行った方を眺めていると、いつのまにか近づいてきていた結依がハンカチで汗を拭き取ってくれる。そのハンカチからはわずかに甘い匂いがした。
「お疲れ様でした。さすが雪君です! とても格好良かったですよ」
「ありがとう」
結依が眩しすぎる笑顔を向けながら労いの言葉をかけてくれる。
それをきっかけにクラスのみんなからも若干興奮したような声がかけられる。
「すごかったぞ!」
「マジで頭いいんだな。最後の問題なんて全然分からなかったぜ」
「最初から不正なんてしてないと思ってたぞ」
「私も私も!」
「数式をズババッーって、学者さんみたいで格好良かったよ!」
「今度私に勉強教えてよ!」
「俺も頼む!」
「じゃあ、俺も!」
クラスのみんなからも賛辞が贈られ、自然と笑顔になる。
今回の一件でクラスメイトとの距離が一気に近づいたような気がするし、認められたような気もする。
そして何より結依の笑顔を見られたことが何よりも嬉しい。
しばらくの間クラスのみんなからもみくちゃにされたが、それぞれ部活に向かったり帰宅したりして次第にクラスから人がいなくなってしまい、最後には俺と結依だけになってしまった。
「帰りましょうか、私たちのお家に」
「そうだな」
俺は結依に手を引かれながら教室を出た。その時の嬉しそうな結依の笑顔はずっと忘れないだろう。
沢山のコメントをありがとうございます。直接メッセージを送ってきてくださった人もいて、本当に支えになっています!
これで一章完結となります!
二章を書き出す前に中村の話を入れようか迷っています。よろしければご意見をいただけると嬉しいです。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
一区切りまで書くとが出来たのは読者の皆様のおかげです。
これからも応援よろしくお願いします!
感想、ブクマ、評価、レビュー待っています!
励みなりますので是非!!
それでは二章でお会いしましょう!




