第23話 テスト一週間前
俺がこの学校に転校してから数日が経過したある日の朝、クラスのみんなの表情が若干暗いような気がする。
朝のHRの終わりに先生が前に立って話し始める。
「皆さんもわかっていると思いますが、ちょうど一週間後に中間テストがあります」
あぁ、なるほど。だからみんなテンションが低かったのか。軽くクラスを見回すと、頭を抱えているものもいれば、遠くを見ているものもいる。
こういったところは以前の学校のみんなと同じでなんだか安心する。
「成績に直接繋がりますので、しっかりと準備をして臨んでください。テスト期間に入るため基本的に放課後の部活動は無しになります。是非その時間を勉強に充ててください。それでは朝のHRを終わります」
クラスの所々から大きなため息が聞こえる。やっぱりどこの学校でもテストは嫌なものなんだろう。
隣に座る結依は気合が入っているようだ。少し前から準備をしていたみたいだし。
その反対に、すでにテストのことなんて諦めたような感じを醸し出している者もいる。名門校だとしても全員がテストに意欲的なわけではないようだ。
クラスのみんなの様子を観察していると、一時限目は化学室で授業だったことを思い出し急いで準備をする。教科書を取り出し必要な物を持って教室から出ようとすると中村がこちらに近づいてくる。
「やぁ転校生。転校してすぐテストなんて大変だろう。うちの学校は他の学校とはレベルが違う。だから、低い点数だったとしても気を落とさなくていいよ」
いきなり近づいてきたと思ったらまるでこちらを気にかけるような言葉をかけてくる。
ただ、その表情は圧倒的に優位に立っているものが下のものに対する余裕のようが表れている。
「僕のように上位争いはできないかもしれないけど、せいぜい頑張りなよ」
そう言って肩を叩くと教室を出ていった。人を馬鹿にしたような態度に余裕の表情を浮かべていた。
出て行く中村の後ろには気弱そうな男子生徒がおどおどした感じでついて行く。たしか俊樹だっか。
半ば呆然としながら中村の言葉を聞いていた。そんなことを言われたのは初めての経験だった。
中村の後ろ姿を目で追っていると、結依がムッとした声を上げる。
「なんですか今の! 感じが悪いです」
目を釣り上げて中村の後ろ姿を見ている。
「私、今回は絶対中村君だけには負けません」
「うん? 今回?」
勢いを失い声が弱々しくなる。
「はい……実は前回のテストは私が五位で中村君が三位だったんです」
前回負けていたのか……
それにしても、三位という順位は非常に高い。桜聖学園の上位層は、全国的に見ても高いレベルを誇っている。そんな中で三位を取れからこそ自分の学力に自信を持っているのだろう。きっとその自信からさっきのような態度になるのかもしれない。
「それに私は中村君だけではなくて雪君にも負けません」
その言葉に驚き結依の顔をまじまじ見てしまう。
「? 雪君?」
反応出来ず固まっていた俺に不思議そうな目を向けてくる。
「いや、そんなこと初めて言われたから……」
俺にとってテストは誰かと競い合うものだという意識は薄かった。とにかく高得点を取らなくてはいけなかったのだ。
極端な例だが、クラスの皆んなが10点で俺が15点ならば大丈夫というわけではない。他の人より得点が高いから平気なのではないのだ。その中でも高得点を取らなくてはいけない。全国にはもっとすごい人がいるのだから。
これは冗談でもなんでもないが、高得点を取れるかどうかは割と死活問題だった。
膨大な借金を返済できるだけ稼がなくては生きていけないと思えるほどだったのだ。
おまけに、俺に対してライバル意識を持っている人はいなかった。いや、いたかもしれないが、こうやって面と向かって『負けない!』と言う人はいなかった。だから結依の言葉はとても新鮮だった。
これまでとは違って負けたくないと言う気持ちが込み上げてくる。
そんなふうに思えるのは、俺を取り巻く環境が変わったからかもしれない。
「俺だって負けるつもりはない」
「――っ はい! お互い頑張りましょう」
これまでとは違う気持ちだ。テストで他人をここまで意識して負けたくないと思ったことはない。胸の奥から熱くなるような感じだ。
結依にも中村にも負けるつもりはない。絶対に勝つ!
気持ちを引き締める。今はやる気に満ちている。
こんなにワクワクしたことはない。どんなことでも勝負事は勝ちたい。
この学校に来て初めてのテストだ。全力でやろう。
それこそ全ての人が俺のことを認識するほどの結果を出してやる!
自分でもこんな気持ちになっていることに驚いている。でも、悪い気はしない。むしろワクワクしているくらいだ。一週間後のテストが待ち遠しい。
テストが楽しみだなんて…
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