第21話 寂しい夜
夕食を食べ終えた俺たちは順番に風呂に入ることになり俺が先に入った。今は結依が入浴中だ。
一足先に寝室で結依のことを待つが落ち着かずそわそわする。自然と昨夜の出来事を思い出してしまう。
発端は『腕枕は女の子の憧れなんです! 私も雪君の腕枕で寝てみたいです』そんな言葉から始まった。
腕枕は女の子の憧れかどうかはわからないが、結依がしたいと言うならしょうがない。腕枕初体験でどうしたら正解なのか分からなかったので、とりあえず腕を横に広げみた。
そこに結依が横になる。ふわりと甘い香りが広がり、腕に頭を乗せると重さがずしりと伝わる。当然物理的な距離が近くなり目の前に結依の綺麗な顔が広がり心臓の鼓動が早まった。
結依も顔をほんのり赤くし恥ずかしそうに目を伏せていた。『すごくドキドキします。寝れないかもしれません』
俺も同じような気持ちで徹夜を覚悟したくらいだ。
だが、寝れないと言っておきながら結依は、ほんの十分くらいで規則正しい呼吸となりすやすやと寝始めてしまった。
なんでだよ!? ドキドキは!?
若干裏切られたような気持ちになったが、心地良さそうな寝顔を見ていたら許せた。
結依は寝たが俺は全然寝る事が出来なかった。それがいけなかったのだ。
以前古本屋でバイトをしていた事があり、暇な時間は店の本を読ませてもらっていた。そこには色々な本があり、中には恋愛小説もあった。
バイトをしている中で、かなり仲良くなったお客さんがいた。その人に勧めてもらった本の中には恋愛小説もあった。
その小説にはちょうど腕枕をするシーンが含まれていた。主人公とヒロインがイチャイチャしておりとても甘い雰囲気を作り出していた。読んでいるこっちまでもその甘い雰囲気に飲まれてしまいそうになる程だ。
そんな甘い雰囲気を作り出す腕枕には興味と若干の憧れがあった。そしてその腕枕をいざ実践してみると、確かにドキドキしたが現実と創作の違いを思い知らされた。
頭は思っていた以上に重いし硬い!
冷静に考えれば当然だ。頭なのだから硬いに決まっている。いくら女の子だからと言っても頭まで柔らかいということはない。むしろ柔らかい方が怖い。
結依が寝るまでの十分くらいは問題ないがそれ以上になると単純に腕が痛い。結依が少し寝返りをうとうとすると、骨がぐりぐり当たるのだ。おまけに腕が痺れて来てドキドキどころではなくなってしまう。
そう……俺は夢を見過ぎていたことを実感した。
お願い! 動かないで! もしくは降りてくれ!
そこからは戦いだった。結依に心地よく寝てもらうために痛みに耐える。
俺は枕、俺は枕、俺は枕、俺は枕……だから痛く、ない!
問題はそれだけで終わらなかった。痛いはずだが全然それが嫌ではなかったのだ。
確かに痛い。だが、どうにかしてそれを解消しようと行動していなかった。寝てしまっているのだから、そっと腕枕をやめればいいのに止めない。その時ある考えが浮かび上がった。
いやいや……そんなはずは……
これまでの貧乏生活で苦しい生活でも嫌だと思ったことはなかった。それにどんなに辛いバイトであっても乗り越えられる事ができていた。これは自分が我慢強いからだと思っていたが、もしかしたら違っていたのかもしれない……
結依に腕枕をして生じる痛みも嫌じゃない。
もしかして俺って……Mの才能が……ある……?
別に痛い事が好きなわけではない。これは自信を持って言える。だが、嫌ではないのも事実。
寝れない時間が続き、気づけばもう深夜だった。そのせいで若干変なテンションになっていておかしな考えばかり浮かんで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。ようやく寝たのは外が少し明るくなり始めた頃だった。
今考えなおしてみると変なテンションになってしまったせいだと思う。深夜テンションというやつだ。
別にMなんかじゃない。俺は我慢強いだけなんだ!
そう結論付けた。そう、あれは一瞬の気の迷いというか、考えすぎというか……
とにかく俺はノーマルだ。
ようやく一つの結論を自分の中で出したところで寝室の扉が開き結依が入ってくる。
「待たせてしまってごめんなさい。髪の毛が長いと乾かすのに時間がかかってしまいます」
綺麗な黒髪を指先でいじりながらこちらに近づいてくる。
「どうしたんですか?」
思わず視線を逸らしてしまった。お風呂上がりの結依が身に纏っているのはネグリジェだ。ゆったりとしてフリルやレースが装飾されている可愛らしいデザインだ。美少女である結依がそれを着ると破壊力が尋常じゃない。
おまけに結依が着ているネグリジェは若干透けている。うっすらと下着が見えている。
完全に透けて見えているのではなくちょっと見えている、というのがまた扇情的だ。
待て。今のはまずい。すごく変態みたいな思考になっている。頭を振ってリセットだ。
昨日見たから平気だと思っていたが、考えが甘かった。
「大丈夫ですか? 顔が赤いですよ」
そう言って手のひらを俺のおでこの部分に当てる。
「……熱はないみたいですね」
貴女のせいですよ。
「大丈夫だから……早く寝よう」
「そうですね」
ベッドの中に入ってくる。
「雪君、今日も腕を貸してくれませんか?」
「また腕枕をするのか?」
背中に嫌な汗が流れる。
「いえ、腕枕は昨日したので、今日は雪君の腕を抱きしめながら寝てみたいです」
今日は抱き枕パターンか。それなら痛くないか……
「わかった」
結依の方に腕を近づける。すると勢いよく腕を抱きしめると、手を恋人繋ぎのように握ってくる。結依に抱きしめられた腕はすごく幸せな感触に包まれる。
豊かな胸が押し付けられているのがわかる。ぎゅっと強く抱きしめられると形が変わっているのが腕を通して伝わってくる。
これは押し付けられているというより挟まれていると言った方がいいかもしれない。
「雪君が近くに感じられてすごく安心します」
顔を俺の肩に押し付けている。
「お母さんが死んでしまってから、夜一人で寝る事が寂しくてとても怖かったんです」
まるで呟くように話始める。
「お父さんも仕事で家にいない事が多かったですから、夜はひとりぼっちだということを強く感じてしまっていたんです」
結依の気持ちは少しだけわかる。俺も小さい頃は両親が仕事で家にいない事が多く一人で夜を過ごすことは多かった。夜バイトは時給がいいのだ。
「だから小さい頃、寝るときはお母さんが買ってくれたぬいぐるみを抱きしめて寝ていました。そうすれば寂しさを少しだけ和らげる事ができたんです。そのせいで何かを抱きしめていたり、近くに人がいないと寝れなくなってしまったんです」
俺は反対側の手で結依の頭を撫でる。
「大丈夫だ。今は俺がいるから安心して寝てくれ」
「はい、ありがとうございます」
そっと目を閉じる。結依が寝るまでの間ずっと頭を撫で続ける。少しでも寂しさを忘れてもらえるように優しく……
呼吸が変わり寝たのがわかる。手を止め寝る準備を始める。
スースーという結依の寝息を聞きながら俺もゆっくりと目を閉じる。
結依が安心して寝れるのなら、いくらでも枕代わりになろう。
腕を強く抱きしめられているせいで若干痺れ始めたが関係ない。腕が動かず関節技が決まっている気がしなくもないが関係ない。俺は、枕だ!
とりあえずどんな状態でも寝れるように訓練しようと心に誓い眠りに落ちた。
頭って結構硬いですよね…




