第20話 ダメですよ
放課後になり俺は結依に連れられて部活見学を行っていた。
外の部活は見て回るのも一苦労なのでまずは校舎内にある部活から見て回ることになった。室内だと一人で見学しづらい場所でも生徒会役員である結依がいてくれるおかげでスムーズに行える。俺一人で回るよりも短時間でたくさんの部活を見て回る事ができている。
いくつか見て回ったが、いまひとつピンとくるものがない。
「入ってみたい部活は見つかりましたか?」
「うーん……今のところは……」
「ゆっくり決めればいいですから焦らなくて大丈夫ですよ」
会話をしながら廊下を歩いているとかなり視線を感じる。転校生である俺が珍しくて見ていると言うよりも、結依が視線を集めているといった感じだ。
「やっぱり姫野さんすごく可愛いよな、胸も大きくてスタイルもいいし最高だよな」
「だよな! あの清楚な感じがすごく良い」
「まさに聖女って感じ」
「エロい事とか全く知らなそうだよな。絶対処女だと思う」
「おい、バカ! 聞こえたらどうするんだよ!」
こそこそと話し声が聞こえてくる。小声で話しているつもりだろうが、興奮しているせいで声のボリュームが大きくなっている。
お金持ちの学校の生徒でも男子生徒はどこも似たようなもので安心する。
廊下を歩くだけでこんなにも注目されるなんて、やっぱり清楚系美少女である結依はかなりの人気を誇っているようだ。
俺も最初は清楚系だと思っていたけど……割と肉食系だよ……襲われたし。
ふと気付いた事だが、結依に向けられる視線と違って俺に向けられる視線はかなり鋭い。
「隣にいる奴誰?」
「最近転校して来た奴だよ」
「あぁー、生徒会の仕事か」
「もしあいつが姫野さんの彼氏なら、自分が何するかわからないな」
嫉妬というより殺意の視線だ。めっちゃくちゃ怖い。
結依を含む桜聖の聖女は皆んな人気が高くファンクラブまであるらしい。
三年の聖女は大人びた魅力を持つ美少女で、一年の聖女は小悪魔的な美少女らしい。全て成瀬から教えてもらった事だ。
一年の聖女は入学してあまり時間が経っていないのにも関わらず、すごい人気を得ているらしい。俺と同じ二年の中でも告白した人がいるほどだ。さすが小悪魔だな。
ちらりと結依を見ると嬉しそうに隣を歩いている。
長いまつ毛に大きな目。淡い色の唇は思わず視線が引き寄せられてしまう。間違いなく美少女だ。そんな結依と同じく聖女と呼ばれる人が、他にもいるなんて信じられないな。
「どうしましたか?」
俺の視線に気付いた結依はこちらを向き不思議そうな表情を浮かべている。
「いや……ふと、結依が桜聖の聖女と呼ばれていることを思い出したんだ」
「っ!? その呼び名は恥ずかしいのでやめてください!」
顔を赤くして俯いてしまう。
「他の聖女と呼ばれる人たちってどんな感じなんだ?」
「……………雪君?」
さっきまで恥ずかしそうにしていた表情が消える。若干声がいつもより冷たいような……
「ダメですよ」
「え?」
「雪君は私のものなんですよっ。もし他の女の子にデレデレするのなら――」
「するのなら?」
「他の女の子なんて目に映らないほど私の虜にしちゃいますよっ」
どうしよう……デレデレした方がいいかもしれない。
「雪君を虜にするためだったらなんだって出来ます! 凄いことしちゃいますから、覚悟してくださいね!」
「っ!?」
悪戯っぽく笑う姿はとても魅力的で、心臓が大きく跳ねる。
どれだけの徳を前世で積んだのだろうか?
貧乏生活よりも、結依に買われて人権を失っている今の方が何倍も幸せだと思う。人権なんていらないんだな……
「橘さんが迎えにくるまでもうちょっとだけ時間がありますから、もう少し見てまわりましょう」
「そうだな」
その後、橘さんが迎えに来る時間まで二人で部活を見て回り家に帰った。
家に帰ってくると結依は勉強を始める。どうやらテストが近づいて来ているらしい。その間は俺も問題集をやることにした。以前の学校でもらった数学の問題集だ。
黄色や青色、赤色と難易度によって色が分かれている。一番難しいと言われる赤色の問題集を渡邊先生は買ってくれた。やりごたえのある問題集だ。ちなみに二周目に突入している。
しばらく集中して解き続けていると結依に声をかけられる。
「夕食の準備ができましたよ」
時計を見ると予想以上に時間が経っていた。
「ごめん。集中していたせいで手伝えなかった」
「いえ、大丈夫ですよ。今日の夜も協力してもらうつもりですから」
この家に来てから結依と一緒のベッドで寝ている。心臓に悪いので、床でもいいから一人で寝させてくれと言ったが、俺の意見は却下されてしまった。結依の意見が最優先なのだ。
どうやら結依はいろんな寝方を試して見たいらしい。具体的に言えば俺を枕にしているのだ。昨日の夜に恥ずかしがりながらも、ワクワクした表情で提案して来た。あの時の顔は今でも忘れない。
「楽しみです!」
かなりご機嫌な様子で鼻歌を歌い出しそうな勢いだ。
楽しそうで何よりだが、刺激が強すぎると言うことを自覚してほしい。
やっぱりペット感覚なのかもしれない。犬か猫か……
「早くご飯食べて一緒に寝ましょう」
腕を引っ張られながらテーブルへと向かう。
俺は枕、俺は枕、俺は枕……
心の中で唱えながら平静を装う事しか出来なかった。




