第19話 初めての購買
学校二日目で分かる事が少しずつ増え、クラスメイトの名前と顔も一致し始めた。
話しかけてくれる人もいるので思ったよりも早く馴染めるかもしれない。
ただ、昨日に引き続き中村との関係は良くない。
そんな中村はクラスのみんなからも若干の距離を置かれているようだが、学力はかなり高いらしい。その点は皆んなも認めているそうだ。
学年内でも上位の実力を持っているらしく、結依よりも高い順位だった事もあると悔しそうに話していた。結依も学年で一桁に入るほど高い学力を持っている。その事からも中村の学力の高さがわかる。
慣れない学校生活は時間が過ぎるのが早いような気がする。気づけばもうお昼だ。
今日は結依のお弁当はないので購買でお昼ご飯を買う予定だ。
おまけに結依はやる事があるらしく、お昼休みになったらすぐに教室を出て行ってしまった。
お昼代として一万円を渡されている。こんな大金を渡された時は手が震えてしまった。財布の中に諭吉さんが入っているのは人生初めての経験だ。まさか樋口さんよりも先に諭吉さんに会えるなんて……
財布が一気に重くなったような気がする。
早速購買に向かおうと席を立つと声をかけられる。
「もしかして一ノ瀬も購買に行くのか?」
「あぁ。成瀬もか?」
「おう、どうせなら一緒に行こうぜ」
タイミングよく誘われたので二人で購買へと向かう。
すでに多くの生徒が買いに来ている。
実は購買で何かを買うのも初めての経験だ。以前の学校にも購買はあったが、そもそも俺には買うための金がなかったのだ。お弁当を分けてくれた人たちには感謝しても仕切れない。
一生縁のない場所かと思っていたがどうやら縁はあったようだ。少しだけワクワクしながら進んでいく。
手頃なサンドイッチが目に止まったので買おうと近づくと思わず動きを止めた。
「サンドイッチを買うのか?」
成瀬は後ろから覗き込むように商品を見ている。
「……なんだよ、これ……」
「おいおい、まさかお前もサンドイッチを見た事がないタイプの人間か?」
いや……どんなタイプだよ。
「いや、流石にサンドイッチくらい知っている。むしろ知らない人なんているのか?」
「あー……物凄い金持ちだとサンドイッチを食べる機会がなくて知らない奴はいたぞ?」
「は?……なんで食べる機会がないんだ?」
「そりゃあ、高級な物を食べるからサンドイッチなんて食べないんじゃないか?」
信じられない発言に言葉を失う。サンドイッチは贅沢な料理じゃないのか?
パンに野菜も肉が入っているご馳走だぞ!
以前のバイト先で売れ残りのサンドイッチを分けてもらった時は、家族で一つのサンドイッチを分け合ったほどだ。ちなみに父さんと母さんがパンの部分で俺が中身を食べた。ハム美味しかったな……
「結局サンドイッチにするのか?」
昔を思い出していたが、成瀬の言葉で現実に戻された。
「そうだな、久しぶりだし」
手を伸ばして商品を取ろうとして再び手を止めた。
「これって……間違いじゃないよな?」
値札を指差して言う。
「うん? 間違いじゃないと思うけど」
そこには予想の十倍ほどの値段が書かれている。
いくらなんでも高すぎるだろ、サンドイッチだぞ!?
結依が一万円を渡した理由がわかった気がする。さすが金持ちの学校だ。
この値段のサンドイッチを買う勇気はない。
「一番安いものってどこに売っているか教えてくれないか?」
「別にいいぞ」
不思議そうな顔をしながら成瀬が案内してくれる。
隅っこの方に他の商品とは明らかに安い値段の商品が並べられている。
まさか値札を見て安心する日が来るとは思わなかった。
「多分ここが一番安いと思うぞ」
よく見慣れた値段の商品が並んでいる。サンドイッチも安心できる値段だ。
「あぁ……落ち着く」
「そ、そうか」
迷わずサンドイッチ二つとおにぎり三つを手に取り購入する。諭吉さんが有れば問題なく買える。結依と生活を始めてからたくさん食べられるようになり、胃袋が大きくなったような気がする。
商品を受け取りその場を後にする。これだけ買っても、さっきのサンドイッチの方が高い。なんて恐ろしい……
ちなみに成瀬は俺が怯んで買えなかったサンドイッチを二つも購入していた。
購入し終えた俺たちは教室に戻り、流れで二人で一緒に食事をすることになった。
「転校生だと桜聖の聖女と呼ばれる姫野さんにお世話してもらえて嬉しいだろ」
サンドイッチを食べているとそんなことを言われる。
「桜聖の聖女?」
「この学校には桜聖の聖女と呼ばれる生徒が各学年に一人ずついるんだよ」
「知らなかった……」
「美少女でおまけに優しいから人気もダントツだ。俺が知っている限りでも、姫野さんはこれまで十人以上に告白されているな」
「へ、へぇ……」
「まぁ、全員振られていたけどな」
モヤモヤした気持ちが収まる。彼氏でもなんでもないが、好意を抱いている相手なのだからしょうがない事だと思う。
結依は俺のことを好きだと言ってくれているが、それでも不安になってしまう。今は対等な状態ではないので尚更だ。
「だから男子からの視線が鋭いんだな」
中村だけではなく、その他の男子からの視線が怖い理由がわかった。
「成瀬はいいのか?」
思わず出た疑問を口にしてしまった。
「いや……ほら、俺って彼女いるからさ……」
右頬をぽりぽりと掻きながら恥ずかしそうに言う。
「なるほど」
成瀬は整った顔立ちをしている。むしろこのルックスで彼女がいない方が驚きだ。
気まずそうにしているので、もしかしたら自分の話になると恥ずかしくなってしまうタイプなのかもしれない。
そんな時昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。俺たちは慌てて残りを口の中へと詰め込んだ。
意見と感想をありがとうございます。予想外のところで違和感や不穏さを感じていた事が分かってよかったです。
余談ですが、私の知っている限りで一番高いサンドイッチの値段は一万五千円です。もちろん食べたことはありません! 凄いですよね…怖くて食べれません
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