第17話 成瀬 涼真
昼休みが終わり午後の授業が進んでいく。
「この問題が分かる人はいますか?」
物理の授業で先生が黒板に問題を書いた。
式を連立して解く問題だが、いまひとつ問題の状況が分かりづらい。なので、状態を想像するのではなく式に頼って考える方がいいだろう。
教室は静まり誰も答えようとしていない。問題の難易度がそこそこ高い上に、みんなの前で回答することはプレッシャーになるだろう。間違えたら恥ずかしいと思ってしまう。
隣に座る結依は分かっているようだ。誰も答えないのなら自分が答えようとしている様で少しそわそわしている。
だが、それよりも先に手が上がる。
「では中村君、前に来て回答を作ってみてください」
「はい」
前に出ると式を書き始める。
「この図形を使ってもいいですか?」
「もちろん」
先生が書いた図形に必要な情報を書き加える。
カツカツとチョークの音を鳴らしながら書き進めていく。
そして一つの答えを導き出したところでチョークを置いた。
先生が確認するように見ると口を開いた。
「……良くできましたね、正解です。席に戻ってください」
「はい」
席に戻る前にこちらをチラリと見ると自慢げに鼻で笑う。
ほとんどの人は気づいていないと思うが、隣の結依は気づいたようだ。目元がピクピクしている。
完全に嫌われてしまったようだ。父親の会社の名前を知らないと言ったことが決定的だったのだろう。中村のプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
初日でここまで嫌われるなんて思いもよらなかった。
その後の授業も同じようなことが何回かあった。その度に結依の頬が若干引きつっていた。途中から中村よりも結依の方が気になってしまう。
結依の機嫌を気にしながら、長い初日が終わった。
それぞれ帰り支度を始める。帰る人もいれば、これから部活に行く人もいるだろう。
クラスが騒がしくなり始めた時、中村の声が自然と耳に入る。
「俊樹! 早くしてくれよ」
「ご、ごめん」
俊樹と呼ばれた小柄な男子生徒。おどおどした動きで中村の元に駆け寄る。
「遅い。ほら、僕の鞄持ってよ」
「う、うん」
「僕は早く帰りたいんだ」
そう言って足早に教室を出ていく。その後を男子生徒は急いで追う。
その光景を眺めていたが、二人が見えなくなったところで俺も帰り支度を再開した。
モヤっとした気分になるが、今日来たばかりの俺に出来ることなんてない。なにも分からない状態で口を出すのは余計なお世話だろう。
結依は生徒会として仕事があるようなのですぐに帰ることはできない。
先に一人で歩いて帰ってもいいのだが、一緒に帰りたいから待っていてほしいと言われたので、待つことにする。
これ以上機嫌を悪くすると帰ってから大変なことになるかもしれない。結依には笑っていてほしい。
以前の学校ではバイトが忙しいため部活動に入っていなかったが、これを機に何かに入ってみたらどうかと結依に提案された。
部活動に対して憧れはあったので考えてみようと思う。とりあえずいくつか実際に見て回った方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、隣から声をかけられる。
「よお転校生、挨拶をちゃんとしていなかったな。俺の名前は成瀬 涼真よろしく。一ノ瀬って呼ばせてもらっていいか?」
「あ、あぁ。よろしく。えー、こっちは成瀬って呼べばいいか?」
「おう、それでいいぜ」
結依とは反対側の席に座っていた人だ。
明るい色をした短い髪、身長は俺と同じか少し低いくらいだ。体も引き締まっており、おそらく運動部なのではないかと思う。全体的に好青年といった感じだ。
隣の席だったのにも関わらず、なかなか機会がなく一日が終わってしまった。このタイミングで声をかけて来てくれて正直助かった。
「転校初日はどうだった?」
「前の学校と違うところが多くて驚いた。それに……刺激的な一日だったかな」
「それって中村のことか?」
「えっ……?」
「実は昼休みの時、中村に絡まれているのをたまたま見ちゃったんだよ。それに、アイツも一ノ瀬のこと意識していただろ?」
「……そうみたいだな」
「こう言っちゃなんだが、結構高圧的な態度をとるせいで周りから良く思われていないんだよ」
なんというか……想像通りだ。
「何を言われたかまでは分からなけど、あまり気にしない方がいいと思うぞ」
成瀬は俺が思い悩んでいると思って心配してくれて声をかけてくれたらしい。
たしかに成瀬の言う通り中村のことをどうしたらいいのか悩んでいた。
よく見ているな……きっとそれだけじゃない。声をかけて来てくれることから気配りもできるのだろう。
「ありがとう。気が楽になったよ」
「なら良かった。初日から嫌な思いで一日が終わるのは嫌だろうからな」
隣の席が良いやつですごく安心した。今のところ一番関わったクラスメイトと言ったら、結依を除くと中村だったので正直このクラスでやっていけるか不安だった。でも、成瀬のような人もいることが分かったので、心が軽くなったように感じる。
「隣の席になったのも何かの縁だし、困ったことがあったら言ってくれ」
「ありがとう」
「別に困ったことがなくても話しかけてくれて良いからな」
「あぁ」
「俺、部活に行かないといけないから。また明日な!」
「また明日」
成瀬は手を振り教室を出ていった。
俺も結依の用事が終わるまでの間、部活動を見て回るために手早く片付けを終えると、鞄を持って教室を出た。
忙しくて更新が遅れてしまい申し訳ありません。
最近、本当に寒くなって来ましたね…皆さんもお体に気をつけてください。




