第16話 初日のお昼休み
午前の授業が終わり昼休みとなった。
名門の学校と言われるだけあってかなりレベルの高い授業内容だった。内容が難しいだけではなくペースもかなり早い。
ただ、以前いた学校の先生が個人的に教えてくれた勉強の方が難しかった。
あれがあったからこそ、今は余裕を持って授業を受けることができている。先生たちには感謝しなくては。
「雪君、少し学校を案内するのでついてきてくれますか?」
「わかった」
全部覚えているので案内などいらないが、結依の気遣いを無碍にはできない。
結依と一緒に教室の外に出る。
「おい、なんだか転校生と姫野さんすごく仲が良さそうじゃないか?」
「クソッ、転校生ってだけで隣の席で、しかもお世話してもらえるなんて羨ましすぎる」
「あれは生徒会役員の仕事としてやっているだけだろ」
「だよな! さすが桜聖学園の聖女は優しいな」
「でも、羨ましいのは変わらないけどな」
「俺も転校生になろうかな」
教室を出るとき後ろから声が聞こえたが、小さすぎて内容までは聞き取れなかった。
ちらりと見ると、朝睨みつけて来た男子生徒も親の仇のように睨みつけて来ている。
そんなに恨みを買うようなことしたのだろうか……今後のためにも謝った方がいいのか?
そんなことを、考えながら結依の後ろをついていく。廊下を歩いていると、ちらちら見られているような気がする。
転校生が珍しいのだろう。数日は我慢しなくてはいけないかもしれない。
しばらく歩くと、とある教室に到着した。
「ここって生徒会室じゃないか?」
「そうです。この時間は誰もいませんから、周りに気にすることなく一緒にご飯が食べられます」
「案内じゃなかったのか?」
「もう全部覚えているんじゃないのですか?」
「まぁ……」
「そうだと思いました。あれは、教室から雪君を連れ出すための口実です」
「そうだったのか」
「私はあそこで一緒にお昼を食べても良かったのですけど、あまり目立つのは嫌ですよね?」
「たしかに落ち着かないな」
結依は気を遣ってくれたのか。
「それに雪君と二人でお昼を一緒に過ごしたかったですし……」
恥ずかしそうに微笑む姿はとんでもない破壊力がある。思わず顔を逸らしてしまった。
「ゆっくりしているとお昼休みが終わってしまうので食べましょうか」
「そ、そうだな」
結依が手に持っていた袋から二人分のお弁当箱を取り出す。
「雪君の分のお弁当も作って来ました!」
「ありがとう」
生徒会室にある大きめの机に向かい合うように座ると、綺麗に包まれたお弁当箱を開く。
「美味しそうだな」
「今日の唐揚げは自信作です。食べてみてください」
「いただきます」
おすすめされた唐揚げを一番先に食べてみる。お弁当だから作ってから時間が経っているはずだが、それでも十分すぎるほど美味しい。
「美味しい」
「よかったです!」
俺の反応を見たら結依も弁当を食べ出す。
ちょうど二人きりなので気になっていたことを聞いてみることにする。
「クラスのとある男子に睨まれたんだけど、心当たりがないんだよ」
「誰のことですか?」
まだ名前が一致していないので特徴を思い出す。
「髪型はマッシュルームカットで、黒縁の眼鏡をかけているやつなんだけど……」
「中村 司君だと思います」
中村 司……覚えるように名前を心の中で唱える。
「彼は雪君が来る前まで私の隣に座っていたんです」
え……俺が転校して来たことで結依の隣の席を奪われたことになるのか。
結依は見ての通り美少女だし、隣の席になれただけでも嬉しいに決まっている。毎日学校に来るのが苦じゃなくなるレベルだ。
それなのにいきなり転校して来たやつにその席を奪われたら――睨んでも仕方ないかもしれない。
もし、中村が結依に好意を持っていたとしたら尚更だ。
「それは――悪いことをしたかもしれないな……」
「そうなのですか?」
キョトンと首を傾げている。まさか自分の隣の席が価値があるとは思わないだろう。もしかしたら、美少女と隣の席になって喜ぶのは男子特有の感情かもしれない。
若干説明しづらいので話題を戻す。
「それで、中村ってどんなやつなんだ?」
「たしか……お父さんが会社の社長さんらしいです」
周りに親が社長って人多すぎじゃないか?
「中村君のところの会社は、工場専用の機械を作っているらしいです。だから一般的にはあまり有名な会社ではないんです」
だったら会社名を聞いても知らないだろう。そこはスルーしよう。
「うちの会社では買っていませんけど、中村君のところから機械を買っている会社は結構あるらしいです」
俺が知らないだけでかなり影響力があるのかもしれない。
「結依と仲はいいのか?」
隣の席だったらそれなりに仲がいいかもしれない。俺と未夜だって席が隣だったから仲良くなることができたのだ。
「えーと……」
言葉に詰まりもごもごしている。この反応、もしかして……
「その……私はあまり……」
あまり関係は良好とは言えないようだ。
「クラスメイトのことを悪く言いたくないので……雪君が自分の目で確かめてください」
「わかった。そうさせてもらうよ。教えてくれて助かった」
「いえ、なんでも聞いてくださいね」
そう言って自慢げに胸を張る。制服なのに存在感がやばいな。
お昼休みも終わりに近づいて来たので、急いで弁当を食べ終える。残すなんて勿体ない。
食べ終えた弁当箱を結依に返す。
「お手洗いに寄りたいので先に戻っていてください」
「了解」
結依と別れ教室に戻る途中でさっきまで話題に上がった中村がこちらに向かって歩いてくる。その後ろには二人ほど男子生徒を引き連れている。
その横を通り過ぎようとした瞬間声をかけられる。
「おい、転校生。調子に乗るなよ。外から入ってきた癖に、姫野さんの隣の席になれたからっていい気になるなよ」
「あ、あぁ……」
突然そんなことを言われたせいで気の抜けた声が出てしまった。
それが癪に触ったのか睨みつけられる。
「僕はNKURの息子だぞ!」
「……NKURってなんだ?」
「僕の会社の名前だ! まさか知らないのか?」
知らないけど……さっき結依に聞いておくべきだった。
大きな声を上げると、馬鹿にしたような目をこちらに向けてくる。
中村の家から機械を買っている人たちからしたら知っていて当然なのかもしれないが、あくまで会社に向けたビジネスなのだから一般に名前が知られていないことも不思議じゃないと思うんだが。
自分の周りにいる奴が知っているから、他の奴も知っていて当然だと思っているのかもしれない。
「悪い。知らなかった」
「っ!? ふん! 馬鹿にするな!」
そう吐き捨てると仲間を連れて去っていった。
すごいのは会社を経営している社長である父親であって子供ではないだろう。
まるで自分のことのように会社の名を自慢していたが、違和感を感じてしまう。
結依が苦手意識を持っていたのが少しだけわかった気がする。
歩き去っていく中村を呆然と眺めていると、昼休み終了のチャイムが鳴る。
俺は足早に教室へと向かった。
一部での常識を一般常識のように話されると戸惑ってしまいますよね…




