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Episode:1-5 ラスハイム防衛戦

遅くなってしまいました。

「其方が、英雄.....?」

「若輩者ではありますが、確かに英雄の役を授かりました」


ニコラスは改めて少女を見る。背丈は150cmあるだろうか。見た目もかなり若いというか、ニコラスから見れば幼さすら感じられる。だが森人族はかなり長い間生きると聞く。目の前の少女は三十を超えた、一人前の女性であることもあり得る。


「彼女は今年で18になる。我々からすれば赤子も同然であるが、その能力は素晴らしいものだ。」

「私は自己再生(リジェネレーション)狙撃(スナイプ)の能力を授かっています。」

「自己再生とは、どこまで?」

「あらゆる欠損を霊力によって修復することができます。たとえ臓器を潰されようと、頭が無くなろうとも、霊力さえ体に残っていれば即時に回復するでしょう。」


あらゆる身体的欠損を、霊力がありさえすれば"どんな条件下においても"回復する、まさに他者とは一線を画した常識外の能力だ。これが本当であれば、彼女はまさに英雄で間違いないだろう。

一方の狙撃とは、さきほどの自己再生とは違い、比較的に保有する者が多い能力だ。力の消費により矢や石などの発射体、投擲物の威力を増幅する。さらに、狙ったところにほぼ向かうという有用な能力ではあるのだが、全霊力使いの一割ほどはこの能力を持つ。


自己再生という能力に、遠距離攻撃向きの能力というのはなかなか巡りあわせが悪いようだが。


「なるほど.....」

「私自身、世界を荒ませる魔族を倒すためならばお連れしていただきたいと思っているのですが.....」


意味ありげな視線を長に向ける。それにつられてニコラスも、よく見れば筋肉質な森人族の長―――確か名はトルステンと言ったか。


「彼女は英雄の役に見合った強力な能力と、我々守り人に必要な弓の腕もある。この守り人を今手放すのは、我にはできぬ。」


そういって少女――ガブリオン=エルクの姿を視界に入れ、


「現に18の幼さで、我々の森を荒らす魔族どもの殲滅作戦の要とされているのも彼女だ。抜けられては困るのだ。」

「魔族の殲滅作戦?」


殲滅作戦。ニコラスがこの森に入るまでに戦いの気配は一切なかった。されている、というものだからこれから起こすのだろうか。


「我々の森を荒らす魔族を守り人の全勢力をもって排除するのです。貴殿はお気づきになられなかったかもしれないが、今は最も激しい局面に入っている。彼女が持ってきたこの野草と......これも戦いのために用意させたものです。」


トルステンが取り出した緑を始めとした赤、青、紫の薬草と思しき野草と、直方体で魔力を帯びた、手のひらに乗るほどの大きさの石柱だ。トルステンは石柱をニコラスに差し出し、ニコラスはそれを受け取る。それを手に乗せたニコラスは、確かな重量感と、手のひらに痺れを覚えていた。


「これはハンド・デコイという。魔力を僅かでも帯びる石を使い、これらの野草が群生する地に埋め、一日待てば完成する代物ですな。魔物が魔力を餌にする性質を使い、誘きだすことを目的とした、ちょっとした小道具です。」

「なるほど。まるで魔石のようだ。」

「定義上は魔石でしょうな」

「それで、その殲滅作戦とやらが起因して、彼女を連れていくことは許可いただけないとおっしゃりたいのかな」

「直接的に申せば、そうでしょうな。」

「では、魔族の殲滅さえ済んでしまえば、彼女はどうしてもいいと?」

「.....何をおっしゃりたい?」


ニコラスはハンド・デコイを空に掲げ、まじまじと眺める。トルステンの問いへの答えを逡巡しながらも、彼の目的は英雄を集め、魔族を滅ぼすことにあることを忘れてはならない。


「魔族の数は?」

「――おおよそ二十万には及ばないと見ている。だが、今回魔物を率いているのは四天王の一人であることがわかっている。」

「四天王がいるのか.....それはきっと、厳しい戦いになることだろう。そうだな.....十万だ。」

「何がだ?」

「私が魔物を十万ほど倒せば、作戦は円滑に運ばれるか?」


ニコラスの発言にトルステンだけではなく、その場にいた森人族たちすべてが驚愕した表情を見せる。


「私には.....いや、人類には時間がないのだ。魔族を滅ぼすために英雄を集める過程で、魔族の戦力を削るのも悪くない選択だと思った。それだけだ。」

「おお、帝国の王にご助力いただけるというのは、我々もなかなか持っていますな。」

「ただし、この作戦が成功した暁にはそこの.....ガブリオンと言ったか。彼女を連れていく。」

「いいだろう。それは正当な報酬として約束しよう。いいな?」


トルステンはガブリオンに目を向け、強く言う。


「.....問題ありません」

「では、ひとまず祭壇から降りましょう。ここではゆっくり休むこともできますまい。」

「わかった」


世界樹を見る、ガブリオンの後ろを見て、ニコラスはトルステンに言われるがままに祭壇を後にする。



―――日が暮れるまでトルステンとの他愛のない会話を続けた。彼の話し方は独特というか.....おかしいのだが、それは長年生きてきた中で、様々な話し方をする者達と関わり合ってきたからだろうか。それにしても、もっと統一感のある話し方でもいいとは思うのだが。


ニコラスは今、ラスハイムの市場に出ている。建物は帝国や王国と見た目は大差ないため、異国とは思えない既視感のある景観だ。

市場に来たものの、ニコラスの目的は買い物ではなかった。


賑わっている市場を抜けた先には、昼間とは違った、ランタンや松明で根本辺りだけが照らされている世界樹がそびえ立っている。昼間に訪れた祭壇を含め、世界樹を中心とした各方位に、世界樹に接した祭壇がそれぞれ4つあるようだ。市場の先にある祭壇には、森人の英雄、ガブリオンがいた。


「こんなところにいたか。」

「これはニコラス様。どうかされましたか?」

「なに、世間話でもしようかと思ってな。」


世間話、と聞いて彼女の顔が暗くなる。


「世間話ですか。申し訳ありませんが、ご期待に応えることはできないと思います。」

「なぜだ?」

「私には、"世間"というものが難しすぎるのです。」

「.....そうか。なら、私が一方的に話させてもらおうかな。」


それからニコラスはいろいろなことを話した。帝国のこと、王国のこと、人類の中で圧倒的な身体能力を誇る龍人は実は泳げないこと、人間の王は酒が好きで情けないただの腰抜けであることなど、本当にくだらないことを話した。

だが、ガブリオンのそれに対する反応は薄い。

ニコラスはそれに対して言う。


「怖いか?」

「.....いいえ、とても興味深い話だと思います。」

「出会ってすぐだが、私にもわかる。其方は世間、より広く見るならば、外の世界に対して恐怖を抱いているな。」


ガブリオンは何も言わない。


「気持ちはわかる。今もなお魔族が侵略せんとする外の世界は、それは恐ろしいだろう。」


ガブリオンは目を逸らす。


「自分の世界が、自分の知らない、怖い外の世界になっていくのを見て、止めようとは意気込んだものの、自分の中の恐怖に勝てていないようだな。」


ガブリオンは顔を逸らす。


「そしてそれを見事に言い当ててしまう私も怖いか。」


ガブリオンはニコラスに背を向けた。


「.....何にでも恐怖を抱いてしまう自分が、情けないか?」

「違う!」


我慢が効かなくなったかのように、ガブリオンは叫ぶ。彼女の顔は、今にも泣きだしそうだった。


「私は外の世界なんか怖くない!魔族なんか怖くない!アナタなんかも怖くないしッ、英雄の自分を情けなく思うはずなんてない!」

「なら、なぜそんなにも泣きだしそうなんだ。」


ガブリオンは、いつの間にか自身の目じりに溜まる水に気付き、手の甲で乱暴にそれを拭う。そしてそのまま、ニコラスに何も言わずに祭壇を後にした。

ニコラスはその背をじっと見つめ、そのまま世界樹に目を向けた。



森で囲まれ、世界樹の葉によって空の大部分が覆い隠されながらも、太陽の光は強くラスハイムの街に射し込む。

ニコラスはあの後、トルステンの家で一泊し朝食を済ませ、再び世界樹の祭壇ー―トルステンとの交渉があった方に連れて来られた。


「事態は一刻を要します。早速彼奴らの殲滅作戦についてお話ししましょう。」


ニコラスと同じくらいの歳に見える森人族の男が、トルステンとニコラスの到着と同時に作戦の説明を開始する。


「まず、現状の我々の占領域ですが、この地図を見ていただく限りです。」


男が示した地図には、ラスハイム共和国全土が青と赤で書き記されている。そのうち、青く塗られている部分はラスハイム共和国の占領域、赤く塗られている部分が魔族に制圧されてしまった領域だ。ラスハイムの領土はとても広いため、赤く塗られている部分は割合として二割ほどであるが、それでもニコラスの国ノルンハイムの領地が半分以上は魔族に侵攻されているほどの面積ではある。


「魔族はこの広大な領域に予測できる範囲では十八万以上。二十万もあり得るでしょう。」

「そのうち半分は心配しないでくれて構わない。私が半分ほど片づけてみせよう。」

「......とのことですので、およそ十万の魔物はニコラス殿にお任せしようと思います。」


男はニコラスのことをかなり怪しく思っていた。考えてもみれば、魔物はとても弱いものから八賢者に匹敵するほどの強力な個体まで存在する。それを無差別に十万を任せろと言われてすぐに、お願いしますと言える者はなかなかいないのではないだろうか。このラスハイムの長、トルステンを除いて。


「では残り十万の魔物、また四天王ですが.....」

「四天王は私がやります」


そう声を挙げたのはガブリオン。


「いえ、英雄殿には残り十万の魔物の殲滅に参加していただければと思うのですが」

「私が一矢、四天王の急所に当てればいいだけでしょう。」

「できるのか?」


ニコラスはガブリオンに問う。


ガブリオンの持つ狙撃という能力は、確かに弓使いにとって最高の能力の一つではあるのだが、反面霊力の消費が大きい。

狙撃は、狙ったところに一寸ほどの狂いはあるものの、ほぼそのまま放射物や投擲物を飛ばす能力である。だが、この能力を使って弓を使用する際、弓の弦を引く必要はない。

能力使用の際、矢の原動力は霊力のみであるからだ。したがって、数百メートルも離れてしまえば、矢を飛ばす霊力は想像もできないほどに膨れ上がるだろう。さらに、離れれば離れるほど対象に当たる際の偏差が生じてしまう。この偏差を小さくしようとすれば、矢の速度を上げる、霊力の消費を大きくするほかない。四天王の急所を、死角から精確に狙おうとすれば、霊力の消費は大きくなることが想像しやすい。


「できます。私の持つ霊力の絶対量なら、そうですね.....四天王の位置がここだとして、私ならここ、世界樹林からでも当てる自信があります。」

「それはまた、すごいな。」


ガブリオンが指したのは、ラスハイムと魔族領の境界線。世界樹林はラスハイムの中央にある樹木だ。つまり、世界樹林からであれば、共和国領のどこでも狙撃し、確実に仕留めることができると彼女は豪語したのだ。


先ほどまで場を取り仕切っていた男はため息をついた。


「え~では、四天王は英雄殿にお任せします。他は以前ご説明した通りですので.....では、ご武運を」

そのまま、この場は解散となった。


ニコラスも一旦、世話になっているトルステンの家に戻ろうとすると、視線を感じその主の方を向く。ガブリオンであった。


「アナタは私のことを随分と過小評価してくれてるようですけど。絶対に見返してやりますから。」

「そうか。せいぜい、頑張ってくれ。」


噛みつくガブリオンに、いつになく冷たい反応を示したニコラス。

この二人の英雄が主軸になって、ラスハイムの領土奪還.....ラスハイム防衛戦は進んでいく。



話を結びに向かって広げるのって、本当に難しいです...


誤字脱字がありましたら、ご報告いただけると幸いです。

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