Episode:1-2 戦士招集
通常、戦士ギルドに所属する戦士は所属する際、魔物を倒した証とされる討伐証明部位を収納する小さめのバックパックが支給される。
が、この支給されるバックパックはせいぜい耳長兎の小さい耳が30入るか入らないかくらいの大きさしかないので、よっぽど資金に余裕がない者を除いて大きめのバックパックを商店などで買う。
が、俺はその大きめのバックパックどころか、ギルドから支給されるはずのバックパックすらない。頭から抜けていたのが悪いが、普通は一声かけるだろうに。
というわけで、俺は魔獣リイノライエの大きな耳二つを担ぎ魔石をポケットの中に入れて、森とバレスティを繋ぐ石レンガが敷かれた程度に舗装された道を歩いていたのだが、目の前に屈強で身なりが荒れている"いかにも"な男たち五人に道を塞がれている。
「よう兄ちゃん。随分派手にやったようじゃねえか。なあ?」
「ああ。あれだけでかい耳を持つ耳長兎なら、魔石も大層でかいんだろうなぁ。」
「換金したら、いくらだろうねェ。」
やはりこれだけ大きな耳を担いで持っているとおのずと盗賊まがいの行為に遭うな。
それも当然、魔物の図体は大きければ強く、強ければ魔石が大きいのが常識だからだ。
「残念だが、俺には弟はいない。もし腹違いだとして、今まで顔を出さなかった不孝な弟に恵んでやるわけにもいかないからさ。」
「そうかい兄ちゃん。じゃあ、力ずくで頂くぜ!」
一人が襲い掛かってくると同時に、他の四人も追うように攻撃してきた。仕方ない、ここで死んでも彼らが悪いのだから斬ってしまうか。
腰に携えた剣の柄に手を伸ばす。すると、俺と盗賊もどき達の間に三人の戦士が割り込んできた。
「な、なんだお前ら!」
「この盗賊共め。一人を狙うなど、人間の風上にも置けん!やるぞ!」
そのまま盗賊もどき五人と戦士三人の戦いに流れた。
人数的に見れば俺を守って割り込んだ戦士の方が不利なのだが、戦士ギルドの戦士たちがそこらの盗賊もどきに負けるはずがない。
盗賊もどき達にそれほどの技量があれば、そもそも盗賊の真似事などやる必要はなく、まともに戦士ギルドからの依頼をこなしていればいいからだ。
と思っていたのだが、割と拮抗している。盗賊もどきの方がなかなかの腕があるようだ。それと同時に、戦士たちの方は少し未熟だ。新米か?俺が言えたことではないが。
このままだと、負けはしないだろうが彼らが重傷を負うかもしれない。それは俺を守るために戦ってくれている彼らに申し訳ないし、守られるのは男としての矜持が俺を許さないだろう。
先ほど手をかけた剣を鞘から引き出す。戦士たちとの交戦距離が比較的長い盗賊もどきに狙いを定め、脚の力を抜き足首の関節の動きだけで対象に跳びかかる。
すると、若干の、疲労感に似た倦怠感を得ながら、俺の剣は盗賊もどきの一人の腕を捉え、振り下ろされる。当然、盗賊もどきの右腕と左腕は宙に舞い、地に落ちた。
「あがッ?!」
盗賊もどきは両腕の肘があった場所から血を流し、その痛みと、俺が突然近距離に現れた驚きとで言葉を失い、やがてそこでうずくまった。
戦士三人と盗賊もどき五人が戦闘していた場所は、俺の場所とは遠いとは言わないものの少し離れていた。走って三秒かかるかぐらいの距離だ。
その程度の距離を一瞬で埋めるのが俺の戦闘系能力である、短距離瞬間移動だ。魔力使いにはとても珍しい能力で、同じような能力を授かる者の多くは聖力使いだ。俺以外の魔力使いで、短距離瞬間移動を使える者というのは聞いたことが無い。
面白いのが、俺の短距離瞬間移動は聖力使いの瞬間移動と違って、力の消費で距離を伸ばすことができないという点だ。
聖力による瞬間移動は、聖力が尽きない限り無限に移動距離が伸ばせる、まさに利便性の権化なのだ。だが魔力による短距離瞬間移動は移動できる距離がまさに短距離であることだ。そして何より、移動する距離が短ければ短いほど魔力の消費が大きくなる。つまり、そこそこの距離にいる相手の背後を取るよりも、近距離で戦っている最中に背後を取るほうが負担が大きくなるということだ。神ゴドウィンは何を考えて俺にこの能力を与えたのか。謎だ。
仲間の一人が無惨に腕を斬られたのを見て怯んだのか、他の盗賊は一瞬体が硬直した。そしてその一瞬と戦士たちが、彼らの命を刈り取った。
「いやぁまさか助けようとした側が助けられるなんて、恥ずかしいなぁ」
先ほどの戦士たち三人と一緒にバレスティの戦士ギルドに戻ってきた。彼ら三人のうち彼は霊力使いだったらしく、交戦距離をできるだけ長くしていたそうだ。
「仕方ないさ。霊力使いは中距離以上の戦闘系スキルを授かることが多いからな。近接戦闘を避けるのは当然のことだ。」
「そうそう!軍をやめていろんな人たちと隊を組んできたけど、今の隊の二人以外にはなかなか理解を得られなくてね。」
「軍に所属していたのか。」
「意外かい?まあ訓練が厳しくて逃げ出したクチだからね。弱くて当然さ。」
「おいカイ、自分が弱いことを正当化しようとするなよ」
カイという霊力使いの青年は苦笑いを浮かべている。
「でもそれを言うなら、ローブを着ているのに魔力使いなんて驚いたぜ。遠距離戦闘専門の霊力使いが、近接武器を持っていることをアピールする物だぞ?」
霊力使いは中距離以上の交戦距離に特化する能力を授かる割合が統計的に多い。霊力使いがローブを着るのは、その下に近距離戦闘になった時のための近接武器を隠し持つためか、持っていることを敵に匂わせ、近接戦を仕掛けにくくするためだ。一方で魔力使いは、剣や槍、はたまた弓矢などの武器に特化した能力を授かりやすいため、ローブを着て武器を隠し持つ必要性は極めて少ない。もちろん、武器の長さからリーチを悟られないために隠蔽する使い方はあるが、それは一撃で敵を殺さなければ意味がない。暗殺業向きではあるかな?
「ローブは中の装備を見られないよう隠すのに重宝しているんだ。あと、俺自身の趣味。」
「変なやつだな。じゃ、俺らはここらへんで。また縁があれば」
「ああ。ありがとな。」
「はぇー。魔獣が居たんですね。耳長兎の大量発生はそれが原因と。」
「直接的にはな。本当の原因は、おそらく森の奥まで潜ってみないとわからないだろうな。」
「ちなみにフレッドさんは行ってくださらないのですか?」
貴族の監視もとい戦士ギルドの受付嬢の彼女に森での出来事を話した。
本当の原因を確かめに森の奥に潜ってほしいそうだが...
「その前に魔石と耳の換金だ。それと、依頼の達成の可否は?」
「うーん、依頼は耳20個の回収なんですがね...ちょっと上の人に掛け合ってきます。」
彼女は受付の奥に行き、しばらくすると戻ってきた。
「依頼達成でいいそうです。達成報酬もそのままだと。」
「それは助かる。」
「ではこれが、達成報酬1200ガロンです。」
王国、共和国、帝国、連合国では共通通貨としてガロンが発行されている。これらの通貨は四種類を紙幣、二種類を硬貨で発行されており、四か国の公式製造証印、要はこれが正当な通貨であり価値ある物だと証明する印が押されている。10ガロン、100ガロン、1000ガロン、10000ガロンは紙幣、五十万ガロン、百万ガロンはそれぞれ銀と金のコインだ。
一日三食付きの宿一泊に泊まるのに、バレスティでは安宿も高級宿も平均して800ガロン程だが、グラッツェ王国の中央に位置する王都では安宿でも最低1600ガロンは必要だ。
そして、同じ依頼内容ならば達成報酬も同じ。最弱の耳長兎とは言え魔物20体と戦って、この報酬が高いかどうかは、あまり言えたものではない。
「で、耳と魔石は?」
「あら?ご存知ないのですね。耳の方は一対で4000ガロン、魔石は重さによりますね。」
受付嬢は受付カウンターの横に一台ずつ備え付けられている天秤を指した。
「その秤の受け皿に魔石を置いていただいて、この銀貨五枚と重さを比べます。」
言われた通りに秤の受け皿にリノライエの魔石を置く。彼女は受付カウンターの下側にある小さい宝箱のような物から、銀貨を五枚取り出した。
魔石が置かれていない方の受け皿に銀貨を一枚置く。魔石の方に大きく秤は傾いたままだ。
二枚目を置く。まだまだ大きく傾いている。三枚目、まだまだだ。四枚目で少し平行になりつつある。五枚目で若干魔石の方に傾いたままだが、ある程度同じ重さになったようだ。
「銀貨五枚より重たい魔石ですか...」
「ということは、銀貨五枚か?」
「そうですね...銀貨五枚に、500ガロン付けておきますね。」
「助かる」
こうして魔石で二百五十万五百ガロン、リノライエの耳一対で4000ガロン、依頼達成報酬で1200ガロンを得た。
合わせればなかなかの額だろう。少なくとも魔石の利益だけで、バレスティで贅沢に生活するには十分だ。
「それで、ヴァイデンの大樹林には行っていただけないのでしょうか?」
「俺一人が行ったところで、どうにもならんさ。」
「なら、"招集"をかけましょう。」
「は?そこまですることか?」
"招集"―――ギルドが唯一、所属する人員に強権として行使できる制度。過去に戦士ギルドでは、大規模な討伐・殲滅戦や魔族領の制圧・調査に発令された事例がある。
戦士ギルドの招集には、基本的にそこのギルドに在籍する戦士は必ず従わなければならない。強制と言ってもいい。
が、それはもう本当に緊急の時にしか発令されないはずのものだ。今まさにバレスティが消滅する危機に瀕している、そんなレベルの話だろう。
「魔物は格の高い魔物には逆らえず、自らの領に侵入されても逃走する性質があるのが一般常識です。フレッドさんからの情報と照らし合わせると、今回の魔獣は、大樹林の奥をナワバリとしていた個体がもっと格の高い魔物に追い払われた形で、今回の耳長兎大量発生に発展していると推測されます。」
「だがリノライエは魔獣の中でも最低位だ。」
「最低位だからこそ上が見えません。リノライエの次に弱い魔獣か、それともさらに上位の魔獣であるか、両極端でありながらどちらの可能性も捨てきれないのです。よって、万全を期すべきかと。」
「...尤もだが」
いや、それでも招集をかけるのは早計すぎる。そもそも魔獣が奥に潜んでいることは不確かだ。招集をかける前に、調査依頼を出すのが常識だろう。それにこの貴族の監視役には、おそらく監視対象に関すること以外の権限を持ちえない。多少はギルドマスターに融通が利くだろうが。
「少なくとも招集が掛かるまで俺はあの大樹林に行く予定はないぞ。今回の報酬で思った以上にまとまった金が手に入ったからな。」
「ん~それは残念です。でも、本当にまずいときは招集がかかるので」
食い下がる彼女を後目に、早々にバレスティから次の戦士ギルドがある街への移動を考える。最南端にあるバレスティからは、王都が一番近いが...。
そういえば、あの時の耳長兎の魔石、記憶にある物と比べて少し大きかった気がする。つまり、それ以前見た耳長兎よりも、あの時撥ねた耳長兎の方が若干強いということ。
魔物が強いということは...
「ちょうどいい。王都を目指すか。」
その前に、宿の確保だな。
そこそこ高めの宿を取り、しっかりと休息をとった。早速王都に向かうための準備を始める。食糧の確保と、ギルドの移籍手続きだ。
ギルドは大きい街にしか置かれていない。各地方の能力持ちを管理するのに、そこまで数を置く必要がないからだ。
故に、北部、東部、西部、南部、そして王都にそれぞれ各一つずつ置くだけで十分なのだそうだ。よって、多少行動範囲を広げて、バレスティの隣の隣の隣の町に行くぐらいなら大抵その地方に置いてあるギルドの管理地域なので、移籍手続きは必要ない。
今回南部にあるバレスティのギルドの招集を避けるためには、バレスティのギルドから移籍しなければいけない。そして、ギルドが置かれているここから最も近い街が王都なのだ。
さて、バレスティは中央に戦士ギルドを置き、そこから商業街、住宅街、生産市場が広がっている。それぞれに、商業ギルド、教会、生産ギルドが置かれている。人類対魔族の戦争は一旦の休息期間に入っただけで、未だ終結に程遠い。何よりも戦士ギルドが中心となって街が稼働するのは当然だった。
俺が泊まっていた宿は住宅街の戦士ギルドに近い側だったので、戦士ギルドで移籍手続きしてから商業街に食糧の買い出しに行けば無駄がないのだが...
何か問題があるのかと言うと、戦士ギルドは朝とても混雑している。できるだけ依頼を一日の内に終わらせたいのと、受注できる人数に制限があり、かつ実入りのいい依頼は朝早くに貼りだされすぐに無くなってしまうため、それを受けんとするためだ。
「ちょうどこの時間はまずいかな...うわぁ」
戦士ギルドに限らず、大抵の建物は扉が閉じているものだが、戦士ギルドの建物の大きさを以てしても中に収容できない場合、扉が取り外される。なおも人は入り口から溢れるほどいる。
「しかし、いつもこんなに人数がいるものなのか」
「いやいや、人がこんなにいるのはバレスティのギルドでは珍しいよ」
「あんたは...」
昨日助けてもらった?霊力使いのカイその人ではないか。後ろに他二人、アントムとロベリオもいる。
「実は招集が掛かってよ。近隣に依頼で出てた戦士達が戻って来つつあるのさ」
「しょ、招集だと...」
これは一歩遅かった。招集がかかってしまえば普段のギルドの機能は一旦凍結される。昨日のうちに移籍手続きを済ませてしまえばよかったのだ。いや、昨日は登録したてだからそもそも移籍手続きできるのか?できないのなら、今日も怪しかったのではないだろうか?
思わず頭を抱えそうになるが、先程まで騒がしかった、前の方の集団が静まった。そして、前の戦士たちが押されるようにギルドの外に出され、ギルドの入り口からは体格のいい、ギルドマスターらしき初老の男が出てきた。横には二人の受付の従業員、そのうち一人は俺の担当を務めたあの受付嬢だ。
「急な呼びかけに応じてくれたこと、感謝する。そして誠に申し訳ないが、今回の招集はそこまで騒ぐほどのものではないだろう。」
ざわざわ、と動揺する者が大半だ。当然だろう、招集というのは危機が迫った時に使う制度だからだ。
ふと、ギルドマスターの横にいる貴族の監視こと例の彼女に目を向けると、目が合った。そして、困ったように苦笑い。
彼女の意図したものではないようだ。
「ここ最近のヴァイデンの大樹林の依頼を見た者は多いだろう。耳長兎の大量発生の件だが、あれは魔獣の発生によるものだとつい昨日わかった。」
戦士達に動揺が走る前にすぐに続ける。
「さらに、その魔獣の発生は大樹林の中央部にさらに強い魔物が棲みついたことによる可能性が高いと推察される。そこで、戦士諸君にはヴァイデン大樹林の大探索及び該当の魔物の確認、可能ならば討伐を要請する。参加報酬は一律50000ガロン、追加報酬は都度相談としよう。」
要請とは言うものの、招集制度により強制的に依頼を受けさせられる。が、参加だけでこの報酬は破格だ。この場にいる戦士は百人をゆうに超えている。予算をかなり割いているな。
戦士たちは我先にとヴァイデンの大樹林に向かって走っていく。やはり基本報酬50000ガロンが魅力的なのだろう。
まあいい。俺も森に行って報酬をもらうか。
「そういえばあんたの名前は聞いてなかったな」
「フレッドだ。」
「姓は?」
「ライナー。フレッド=ライナーだ」
「フレッド=ライナーね。顔と名前は覚えたぜ。」
じゃ、また森で。と言う彼を後目に、俺は例の受付嬢のところへ足を運ぶ。
ギルドマスターの横に立つ彼女の表情は気まずそうな感情がよく表れていた。
「おい、そこの...なんて名前だっけ?」
「いやあ、すみません。うちのギルドマスターは何かと変なところで耳が利くので、こうなるのは回避不可能というか、なんというか。」
「お前が招集をかけるなんて声に出さなければ、その利く耳も働きようがなかったんだがな。」
受付嬢と彼女を睨む俺の間にギルドマスターが割り込んでくる。
「そう彼女を責めないでくれたまえ。期待できる新人が入ってきて、彼女も浮かれていたのだよ。」
「...あなたは南のギルドマスターだ。この時世の、戦士ギルドのな。あなたの一声は、ここら一帯では少しばかり響きすぎる。」
「君の言いたいことはよくわかるよ。だがね、戦いというものは一手先を読み続けなければならないのだよ。そこにどんな奴がとか、どんな立場だとか、読みの段階では一切介入しないのさ。」
「あなたは何を言っているんだ...?」
「もう決まってしまったことだし。君のようにバレスティの戦士ギルドに所属している彼らには一儲けしてほしいね。」
「食えないお方だ。」
追加報酬、一儲け。必ず成果を持ち帰ってこいとのことだ。
結局名前を聞きそびれた受付嬢に、精いっぱい睨みをきかせた表情で『命拾いしたな』と目線で送る。
少し体を震わせた彼女を見て、俺はヴァイデンの大樹林へと向かった。
ストックは増えないまま減っていく
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