Episode:1-1 剣士フレッド
この世界には魔神より魔力という"力"を享受する魔族が存在する。
魔族は森、山、海、時には人族が栄える街にも侵攻し、自らの領域として一帯の環境を魔力によって汚染―――通常の動物のマーキングに近い行為を行い、魔族の領域を広げていくのだ。
魔族の魔力は魔神によって常に供給されており、それを持たず、また受け入れることができない人類は、生身で魔神の魔力に触れるとまるで燃えるかのように、触れた部分に魔力がまとわりついて少しずつ、腐るようにボロボロになっていく。
そこで四神のうちの一柱である、祝福の神エルザから3つの"力"を授かった。
1つは"人族・魔族が存在するこの世界に溢れている余剰エネルギーである魔力"を吸収する力。
1つは魂が存在する、この世界と神々が本体をおく神の世界の間に存在する空間に溢れる魂が放つ力―――霊力を、その世界の壁を越えて吸収する力。
1つは神の世界に溢れる、神々が放つ力―――聖力を、世界を越えて吸収する力。
個人によって授かる力が違う。この力の授かる法則は、戦前から見つけまいとされてきたが、最も根拠が強く、この世界では通説になっている法則が、生まれた月に関係するというものだ。この大陸にある人類の国―――王国、帝国、共和国、連合国では、一分を60秒、一時間を60分、一日を48時間、一月を30日とし、一年を16か月とされている。
そのうち1の月から3の月を春、4の月から7の月を夏、8の月から11の月を秋、12の月から15の月を冬、16の月を聖月という。
春と秋に生まれる者は魔力を吸収できる魔力使い、同じように夏と冬に生まれる者は霊力使い、そして聖月に生まれる者は聖力使いになるというらしい。
この神エルザから授かった力は、後に四神から与えられる能力を使う際や、魔神の魔力を弾く度に消費されていく。
☆
ここはバレスティと呼ばれる、グランツェ王国の最南端に位置する街で、東西南北におかれている街の中では小さめの規模の街だ。
と言うのも、バレスティの街には特にこれと言った役割がないためだ。東の街は帝国との国境、西は共和国との国境、北は魔族本領なのだ。人族の敵である魔族本領に接する街は要塞と化し、東西はそれぞれ大規模の交易街として発展している。グランツェ王国より南は未だ未開拓の山岳地帯であるが、ここ最近の調査でも危険な生物が存在するとの報告は上がっておらず、かなり穏やかな街なのだ。
そんなバレスティの商店街を、真新しい紺のローブを着た赤い髪の男がふらふらと歩いていた。
男が目指す先は、商店街、住宅街、生産市場に囲まれた中央広場にある戦士ギルドだ。
人類の中でも、特に人間族は個々の能力が弱い。だが、ほかの人類よりも多く繁殖し、数で圧倒できる。
しかし、人間族でももちろんほかの人類と同じ程の能力を持っていることがある。そういう者を判別し能力に応じて生活が豊かになるような仕組みを、と王国が考えた制度がギルド制度だ。
ギルドは国が管理しているため、優秀な能力を持つ者は国が引き抜くことができるし、そこまでに至るほどの能力を持つ者でなくとも、ギルドの下で適正な評価を得て相応の報酬を得られるこの制度は、今まで能力を腐らせたままの人々を奮い立たせ、王国の繁栄、特に魔物への対抗戦力として大いに役立っている。
―――ある意味、生まれた瞬間に人生が決まる、究極の身分制度ではあるのだが。
人々は生まれた時に"力"を吸収する能力と別に、四神からそれぞれ能力と役を与えられる。戦いの神から受け取る能力は魔族への対抗手段として、生成の神から受け取る能力はその者たちの補助として...といった風にだ。
よってギルド制度も能力と役に対応した形となり、戦いの神から能力を受けとった者は戦士ギルドと呼ばれる戦闘系の役のギルドへ、生成の神から受け取った者は生産ギルドまたは商業ギルドへ、祝福を受け取った者と平和の神から受け取った者は神々を信仰し、ギルドとしての役割を併せる教会―――能力ごとにほとんどの人間はギルドに所属する。
男が戦士ギルドに入る。ギルドの中は魔物の殲滅を生業とした者たちが多くいるにしては静かで、金属の鎧を着た男たちの集団が備え付けられたテーブルと椅子でゆったりと談笑しているなど、治安は良好だ。
ギルドは中央に受付を置き、周りを付帯設備として食堂、談話室、掲示板で囲んでいる、二階建ての円柱状の建物だ。二階は受付の中にある階段からしか立ち入ることができず、そこは従業員やギルドをまとめる責任者専用の設備が置かれているらしい。
男は空いている受付に寄った。
「ようこそバレスティの戦士ギルドへ」
「戦士ギルドへの登録は受付からでいいのか?」
「戦士ギルドに登録ですね。この書類に指定されている情報を書いてください。」
さしだされた紙を受け取る。受付に三本備え付けられたペンのうち一本を借り、男は書類に、名前・出身地・誕生月・役を書いた。
このように、ギルドへ申告する個人情報は完全な自己申告だ。だが、情報の詐称で問題になったことは一度もないと言う。
「はい、お名前はフレッド=ライナー様、出身は王都グリベルン、誕生月は1月、役職は剣士ですね。では少々お待ちください。」
受付の従業員が奥に下がってしばらくすると、手帳のような小さめの紙の束を持って戻ってきた。その紙の束は表を金属のプレートのようなもの、裏を動物の皮で束ねられていた。
「これは戦士ギルドに正式に籍を置くことの証明になるノート、言わば身分証明書です。この金属部分は聖力であなたの功績の度合いが刻まれます。今は何も刻まれていませんが、ギルドがあなたの功績を認める...例えば討伐、殲滅難易度の高い魔族との戦闘の功績が認められたりなど、場合は様々ですが戦士ギルドの所属する戦士として実績が認められれば星が刻まれていきます。」
「この線で囲まれている部分にか?」
「そうですね。その枠に星が刻まれていきます。今知られてる中で最多の星持ちは、今現在北端のギルドに籍を置いてるリディという戦士ですね。五つの星を持っています。"星落としのリディ"なんて呼ばれていますよ。」
「リディね...そのうち本当に星を落としそうだな。」
「アハハ、そんな冗談を言うなんて、ライナーさんって面白い方ですね。」
「フレッドでいい。とりあえず星が一つ欲しいんだが、何か効率のよさげな依頼はないか?」
「そうですね...なら、耳長兎の大群の殲滅依頼はいかがでしょうか?耳長兎の基の動物は群れる習性を持たず、魔物である耳長兎はその習性をそのまま引き継いでることはわかっているのですが、近隣の森の浅いところで数百はいる耳長兎が群集傾向にあると報告がありました。殲滅に多くの戦士を送ってはいるのですが、なかなか減らないようで...これで星が与えられるかはわかりませんが、成功報酬も良い方だとは思います。」
耳長兎は魔族で最も弱い魔物に分類されるものの中でも、とても弱いとされている魔物だ。それでも、魔神の魔族を授かる魔族として、戦闘系の役を持たない人、もしくは魔力を吸収できない人―――霊力使いにとっては脅威になる。余談ではあるが、魔神の魔力と聖力は性質がまったくの正反で、聖力使いは魔神の魔力の影響を受けることはない。
「なるほど。達成基準は?」
「二十体以上の耳長兎の討伐証明部位の収集となっています。」
「わかった。それを受けるよ。」
再び受付の奥へと引っ込んでいく。
「はい、これが今回お受けになる依頼ですね。ご確認ください。」
ノートに束ねられた紙の中に一枚金属の板が挟まっているようで、それを見せてくる。
そこに書いて、もとい刻まれていたのは先程の依頼の話にあったように、『耳長兎の討伐証明部位:耳 20』といった、耳長兎の討伐証明部位と依頼達成に必要な収集数の記載だった。これも表と同じように、聖力で刻まれているようだ。
「同時に受けられる依頼の数はこのプレートの表裏に刻むことのできる数、フレッドさんのように登録したての場合は二つまでとなっています。星を得る度にこのプレートを増やすよう要請できるので、頑張ってくださいね。」
「なるほどな。上手くできてる。」
☆
フレッドが戦士ギルドを出ていくのを見て一息ついた。その人物はフレッドの対応にあたった受付嬢だった。
彼女はフレッドの対応が終わるとすぐにギルドの二階の休憩室に向かっていた。
「あれがフレッド=ライナーね。赤い髪とは珍しい...」
そんな彼女のもとに一人の初老の男が寄ってきた。
「あ、ギルドマスター。」
「彼の対応が君の仕事なのに、通常の業務も任せてしまって申し訳ないね。」
「いえ、普段から業務もしないと彼に怪しく思われてしまいますし。」
「そうか。しかし、かの英雄はなかなかに若いじゃないか。二十を超えてすぐあたりにしか見えなかったが...」
「上の人の見解によれば、四神から英雄の役を受け取った影響で、歳をとらなくなったとかなんとか。眉唾ですけどね。」
「それ以外に歳をとらない理由付けが難しいしな。しっかり調査をしておくべきだっただろうに、君も無能な上を持って大変だろう。」
「ええ。他の方々も、マスターのようにそこそこ仕事ができる人ならよかったんですけれどね...」
☆
「あれが貴族の監視か。手の込んだことをしやがって。」
しっかりとバレているぞ。受付の女が貴族の手先で、今までここで俺を監視していたことは。
―――まあいいか。彼女を放置したままでも、俺に大して不利益はない。このまま例の森に行くか。
耳長兎が大量発生しているという話は今に始まったことではない。だが、もう半年前から急増し、今では帝国や共和国の方でも増えすぎた耳長兎の対処に奔走していると聞く。
耳長兎は魔物最弱である。だが、数が恐ろしい。奴らはもとは兎であるため、常に繁殖することができるのだ。耳長兎は魔力を餌に繁殖するため、どこでもやり放題だ。
そんなことを考えているうちに目的の森、ヴァイデンの大樹林に着いた。王国にある森林の中でも最も大きい規模の大森林であり、その広さは森人の国ラスハイムの、八番目くらいの大森林とほぼ同等の規模であることがわかっている。
ヴァイデンの大樹林の半分は王国の領土から南に外れている。つまり、大樹林の中で最も格が上の魔物のナワバリは、ちょうど国境上にあるわけだ。魔物は本能からか自分より格が上の魔物に逆らわない。よって強い魔物の領域には近づくことはなく、自分より弱いやつらのところに下っていく。そうしていくと、自然と大樹林の浅いところに魔物が集まってくる、ということだ。つまり、耳長兎が森の浅いところで大量発生してもまあ、おかしいことではない。自然の摂理である。
だが、その光景はまさに不自然であった。
すでに多くの戦士が戦士ギルドの依頼を受け、今まで耳長兎の討伐をしていたのであろうが、戦士一人あたりがいまだ十数匹の耳長兎と戦っている。
彼らの後ろにはすでに山積みになっている耳長兎の死体があり、下の方の物はすでに耳がない。が、上の方に積まれている耳長兎は死んで間もない様子だ。
―――これは、多すぎじゃないか?
すぐさま腰に携えていた長剣の柄を握る。対応しきれなさそうな戦士一人と、そんなことはお構いなしな耳長兎の大群の間に入ると同時に、今に襲い掛からんとする二匹の耳長兎の首を撥ねた。二匹のうち一匹の耳長兎は、首から魔石が見えている。少し、耳長兎にしては大きめか?
「戦士ギルドの戦士だ!手伝うぞ!」
「た、助かる!」
件の戦士はすでに十数匹の耳長兎を殺していた。とりあえず、現況が聞きたい。
「おい、この耳長兎の数はどういうことだ?」
「ま、魔獣だ。魔獣の遠吠えで隠れていた耳長兎が狂暴化したんだ。」
「魔獣の遠吠え?」
ドスン、と地響きが起こる。それだけで、戦士たちに襲い掛かっていた耳長兎たちが慌てて大樹林の方に逃げていった。
尚もドスン、ドスンと地響きが起こる中、大樹林の中から二つの大きな耳が出てくる。黒く、耳長兎とは比にならないほど大きな耳だ。
「リノライエかっ!」
俺の嘆きにその場の全員が騒然とするが、皆が直後に一か所に身を寄せた。...兵隊上がりの戦士が多数いるな。
「おいアンタ、さっきの見る限りは、かなりの腕前だろ。手伝ってくれるよな?」
「もちろんだ。この中で魔獣と戦闘経験のある奴は何人いる?」
問いかければその場にいた十数人ほど、立派な鉄の鎧を着こんだ兵士のような戦士たちが声を挙げる。
「よし、それくらいいれば奴の対処には問題ないだろ。なに、リノライエは耳長兎と同じように、魔獣の中で最も弱いやつだ。油断しなければまあ...死にはしない。」
魔獣...それは魔物の中でも一際魔力に晒された時間が長い魔物が、強く大きく進化したものだ。
種によっては、上位魔族である四天王に相当する力をもつ魔獣もいる。が、今回の耳長兎型の魔獣―――リノライエは、見た目通り兎から耳長兎、そしてリノライエと、もとは最弱の魔物だ。もちろん魔獣の中では最弱であるが、耳長兎とは一線を引いた強さを誇っている。
俺はリノライエの正面に立つ。後ろから左右に戦士たちが散らばるようにリノライエを囲んでいく。
リノライエが不得手とするのは、四方からの攻撃だ。当然ではあるが、魔獣とはいえ魔物なので多対一ならばまず負けることは無い。が、
「と、跳んだぞ!」
「跳躍だ!街の方へは近づけるな!」
リノライエは耳長兎型、つまりは兎である。兎は高い跳躍能力を持っていて、耳長兎はもちろんのこと、リノライエにもその特長がある。
そして、その跳躍力は7mを軽々と跳ぶことができるほど強い。あの足で蹴りをノーガードでくらおうものならば、内臓が潰れて死ぬだろう。
しかし、思ったより戦士たちの動きが鈍い。先程まで戦い続けていたせいか力の消耗が相当大きいらしい。彼ら自身もそう感じているようで、焦燥と疲労が表情から読み取れた。
あの数百どころではない耳長兎を相手していたのだ。疲れるのは至極当然だろうな。なら...
「俺があいつの足を斬る!いつでも攻撃できるように待機しておいてくれ!」
「お、おい!一人じゃ無茶だ!」
俺が奴の跳躍の要である足を斬り、跳躍を封じればいいだけだ。
再びリノライエの正面に立つ。兎とは言え、相手が俺一人だけだと見ると...奴はやる気のようだ。
剣を腰の高さに構え、剣先は下を向ける。そのまま対象と接近する。
リノライエは兎の前足とは思えないほどに爪が発達したものを、パンチでもするかのように俺に放ってくる。速度やパワーは申し分ないが、狙いは直線的で避けるのは容易い。
腰を落とし、奴の懐へもぐりこんだ。そのままめいっぱい剣を振り上げた。
剣を下から振り上げることで、リノライエの基本的な回避方法である上方向への跳躍を無視できる。下から来る斬撃に、奴が上へ回避してしまえば、奴の足に刃が通る。
狙い通り、リノライエの足に俺の剣が食い込み、それを確認した俺は体を回転させ、さらに上から下へ剣を振り切った。
直後、背中と首筋に生暖かい液体がかかり、頭が割れそうなほどに大きい魔獣の遠吠えが響き渡る。
「い、今だ!奴を仕留めろ!」
『おおおおおぉぉぉぉぉ!!』
これを好機と見た戦士たちによってリノライエは蹂躙されていく。しばらくすれば、リノライエは血まみれで息だえていた。
「やったな。」
息も絶え絶えな戦士たちに労いの言葉をかける。
「ああ、アンタのおかげだ。ありがとうな。礼に、コイツの魔石はアンタが持って行けよ。」
「いいのか?」
「もちろんだ。いいよなぁお前ら!」
拒否する声は挙がらない。
「じゃあ、ありがたくもらっていくかな」
魔物や魔獣の魔石は通常、右目が魔石として硬化した場合と、心臓が魔石として硬化した場合がある。後者であれば、魔石の価値が大きく上がる。
魔石は魔力を溜め込むことで次第に硬化していき、魔力を宝石のように輝くことに消費する石だ。
魔物の魔石の、右目が硬化した場合、魔獣から採取すれば徐々に魔力を消費していく。だが、生物としての要である心臓が硬化していた場合、魔力自体が発光し魔石内で魔力が循環しているので、輝きながらも内部で溜まっている魔力はそのままになるのだ。となれば、心臓の魔石の魔力はほかの何かに利用できるのではないかと考えた森人が過去にいた。
結果それは魔道具という、魔石の魔力を動力とした道具が開発されるきっかけになったという。
戦闘中に確認はしたが、奴の右目は魔石化していなかった。ということは...
耳長兎の心臓がある部分と大体同じ場所、左脚の付け根に剣で切り込みを入れ、そこからリノライエの心臓を探す。
少しすると、発光しながら拍動するものがあるのが確認できた。それを掴みとり、血管や肉から引き剥がすように引っ張れば、拍動をやめた真珠より二回り以上に大きい魔石が出てきた。
なんだ、なかなかでかいじゃないか。
リノライエの大きい耳もちゃっかり切り取り、一緒に戦った戦士たちに礼を言うと、戦士ギルドへと戻る道につく。
今思いだしたが、俺は耳長兎を二匹しか斬っていない。しかも耳は回収してこなかった。これでは依頼は遂行されなかったことになるのではないか...?
いや、これだけ大きな耳と魔石を見せれば、どうにか対応してくれるだろう。
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