61 三度目の入院
身体中の痛みで目が覚めた。
石造りの天井が見える。
力が入らず、身体が起こせなかった。ここがどこかは、わかっている。
「お主、この療養所が好きじゃのう」
声が聞こえた。わかっている。アドラダワー院長だ。
「おお、そんなに多いですか」
「これで三度目。それも回を重ねるごとに重症じゃ」
割って入った声におどろいた。痛みを押して身体を起こす。
「お前、生きてたか」
ダネルの姿に本気で安堵のため息をついた。
見慣れた四人部屋の部屋、窓際のベッドはおれ。その隣のベッドにダネルが寝ていた。
二人のベッドの間に、アドラダワー院長が小さなイスを出して座っている。
「こやつの全身の骨は、ずたずたじゃ。内臓も少し破裂しとったしの。まあ、内臓は良いが、左の膝は完全に治らん。今後は杖がいるじゃろう」
杖だって? おれはダネルを見た。
「おい、ダネル」
おれの言葉をさえぎり、ダネルは笑った。
「杖だってよ。見た目じいさんだ。これからはダネルさん、と呼べよ」
おれは何と言っていいか、わからなかった。
「それから、カカカじゃ。両手が特にひどい。魔法による火傷に、砕かれた指の骨。もう一回手術と治療が必要じゃ」
両手を見た。すべての指に添え木され、包帯が巻かれている。
「胸の傷は、わしが見た事のない魔法の痕跡じゃった」
「治らないんですか?」
「わしを誰じゃ思おうておる。治したわい。傷跡までは消せんかったがの」
おれは胸を撫でようとしたが、包帯まみれの手だったので、やめた。
「あれ、チックは?」
「ここにいるぜ」
ダネルが腕を出した。その包帯だらけの腕にチックが乗っかっている。
「お前、平気か?」
「魔力石で回復させる時に、さんざ触ったからな」
「虫カゴ入れなくて、いいんですか?」
アドラダワー院長に聞いた。
「それどころじゃねえらしいぜ。問題は」
「問題?」
ダネルが、アゴをしゃくって部屋の隅を指した。部屋の隅には、黒犬が丸くなって寝ている。
「この犬にしろ、お主らが戦った敵にしろ、さすがに、わしの知識を超えてきておる。調べてもらうよう頼んでおるのでな。もうすぐ来るじゃろう」
二つの足音がして、がらっと戸が開いた。
かっぷくのよい婦人。年は六十ぐらいだろうか。人懐っこい丸い顔で、近所のガーデニング好きなおばちゃん、といった感じだ。
その後ろのじいさんは反対に痩せている。ほほこけた細い顔は根暗そうに見えた。
「初等学校のミントワール校長と、魔法学院のサレンドロナック学院長じゃ」
「こんにちは。おや、起きましたね」
ミントワールと呼ばれたおばちゃん、いや、校長はおれを見て微笑んだ。ダネルの腕にいるチックを見て、びくっとする。
ダネルが笑いながらおれに言った。
「昨日な、触ろうとして、ハサミで挟まれたんだ」
ミントワールの指先に包帯が巻かれていた。
「院長、回復魔法で治してあげないんですか?」
「ダメです!」
意外にも、ミントワールが口を開いた。
「クリッターが挟んだ傷です。治る経過を観察します」
うわぁ、なんだか物好きな人、来た。
「クリッターなぞ、すでに私は二度ほど見た事がある。珍しいとは思わんな」
サレンドロナック学院長は興味なさそうに言った。
ミントワール校長は、おれの前にどかどか来ると、おれの目を指で開いてのぞき込んだ。そして口の中も見る。
「おめえの全身、昨日、このおばちゃんが、くまなく調べたぜ」
「え? ちんこも?」
「見てません! 魔法の影響を調べただけです」
「失礼しました!」
いかん、ダネルと話してると下品になる。おれは話題を戻した。
「魔法の影響ってなんです?」
「聞きたい事は、わしらのほうが多いんじゃがの。まあ順に話そう」
アドラダワーは立ち上がり、おれの包帯だらけの手を掴んだ。
「お主の手は、魔法による火傷のあとじゃ。魔法を出したか?」
おれはうなずいた。
「魔法を出した時、自分の中に魔法が産まれた感覚があったか?」
もう一度うなずいた。
「アドラダワー、これは迷い言だ。信じるのはどうかしておるぞ」
魔法学院長が言った。アドラダワーは、それを無視しておれに問いかける。
「魔法というのは、自然界から力を引き出す作業じゃ。教会の言い方を借りれば天界、とも言う。その時に必要なのは、引き出した力の出口じゃ。お主の蛇口はなんじゃ?」
「蛇口?」
「魔法の出口。わしの場合はこれじゃ」
院長は、色々な石が数珠のように連なったネックレスを出した。
「わしのは変わっとるほうでの。サレンドロナック、お前さんのを見せてくれ」
魔法学院長は、小脇に抱えていた厚い本を出した。
「この島で、一般的なのは、この魔導書じゃ。そこで、お主の蛇口は?」
「持ってません」
「杖は? または、大地に魔法陣を書くか?」
「何も持ってません」
「ありえませんな」
魔法学院長が断言した。
「人間が何も媒介がなく、力を取り出せば、即、力によって消滅してしまう。こんな話、付き合いきれませんな。私は何かと忙しいので、これで」
そう言って、サレンドロナック学院長は帰っていった。
「相変わらず、そっけないのう。ミントワール、やはり、わしら二人で調べるか」
ミントワール校長がうなずいた。





