4 ここはオリーブン共和国
パラメータ画面をもう一度確認する。
視界に出てきた小窓に焦点を当てたまま、下に目線をずらすと、ほかのパラメータ(情報)が出てきた。
レベル:1
体力:100
魔力:20
低っ。まあ、レベル1なら、こんなもんか。それより気になった項目がある。
現在地:オリーブン共和国
おいおい。オリーブン共和国ってなんだ?
オリーブン? どこの言葉だ。
待てよ。それって、オリーブの事?
嫌な予感がして、立ちあがって窓に近づく。明るさから予想して、おそらく朝だ。
右手に小さな茅葺きの家。左は空き地。遠くに同じような家が何軒か見えた。その向こうに海も。
窓から外に出てみる。
山があったり、海があったり。大まかな景色の配置は、現実の時とさほど変わらない。
ここが、どこかわかった。おれの家があった場所。
……つまり小豆島だ。
オリーブンって!
たしかに、小豆島の特産はオリーブだ。だからって、そんな安直に名前つける?
ああ、そうか! 現実世界のデータからゲーム世界へのアレンジはAIだ。かっこいいとか、かっこ悪いとかの判断は無いのか。
おれは振り返って、我が家を見た。
小さな茅葺きの家だ。見るからに一人用。でも敷地の広さは、現実の時と変わらない。家の前にあった車庫は、ただの更地になっている。
玄関らしき戸から入る。小さな廊下があった。
すぐ右に木戸があり、開けてみる。さっきのおれの部屋だ。
この家は、なんてことはない二部屋だけだった。おれの部屋とトイレ。以上、終わり。
これで、この世界に「オカン」が存在しないのがわかった。これはいい。テンションが少し上り、部屋に戻る。
思ったほど自分は混乱してない。「転生物」とか「転生系」と言われる話はラノベでよく読んだ。それが我が身に起こった。
ただ、残念なのが、チートだったらなあ!
「チート」と言うのは、ゲームの設定を無視した数値や特技だ。始まった瞬間から「おれ、最強!」ってな具合に。
例えば、剣の世界なのに一人だけ銃を持ってるとか。そんな転生なら最高だった。ところが、さっき見たようにレベル1だ。最弱スタート確定。
おまけに異世界とは言え、このゲームは「ラスティ・アース」だ。世界を作るデータの元はグーグル・マップである。だから小豆島に関連するキーワードをもじった「オリーブン共和国」なんかになるのだ。
なんとも萌えない。もっとこう、アレフガルドとか、ミッドガルとか、それらしい名前ないの?
まあ、ゲームへの不満は置いておくか。一番の問題は「どうやって帰るか?」これだな。
ぱっと思いつくパターンは三つ。
1 ゲームオーバーになる。
2 ラストボスを倒す。
3 大賢者がいて、異世界転移の呪文が使える。
ゲームオーバーになる、というのは賭けだ。もし、向こうに戻れなかったら、普通に死んじゃう。
ラストボスを倒すというのも考えにくい。ここは小豆島だ。小豆島のド田舎にラストボスがいるか? いないよな。せいぜいカラスか野良犬みたいなモンスターだけだろう。
もし、いるとすれば、やっぱり東京なんだろうな。ひねって京都。
大賢者も同じだ。この島にはいないだろう。
ふと、おれのパソコン上で、このゲームはどう動いているのか気になった。パソコンの電源を落とすとどうなる?
おれは消える? ちょっと怖くなった。あわてて木の兜をかぶる。
おれの部屋。パソコン画面を見る。昨晩に始めた時から変わってない。
このゲームはマウントディスプレイで見るゲームだ。パソコンの画面には、ゲームタイトルと設定画面しかない。
このまま放置しとくべきか?
もしオカンでも部屋に上がってきたら?
切られはしないか?
今、7時35分だ。このまま出社しなかったら、オカンが部屋に来るだろう。
ん? 7時35分?
もう一度、時計を見る。時計の針が、カシャン! と動き36分になった。
おれは顔から血の気が引くのを感じた。兜を脱ぐ。前に見た時も7時35分だった。あれからずいぶん経っている。
……止まってる?
止まってるのか! 時間が?
頭が混乱する。意味分かんない。
おそらく時間が止まっているというより、向こうの世界から、おれだけ別世界に抜けている。向こうの人間にとっては、何も変わらない、ということか。
そうなると、結論として答えが一つある。この木の兜は、あまりかぶらないほうがいい。止まっているなら、そのままが一番。
時間が止まっている理屈を考えようとして、やめた。おれはアインシュタインじゃない。物理で何点取った? 38点だ。難しいことを考えてわかるわけないだろう。
とりあえず、無断欠勤になる心配はない。向こうは止まっているのだから。ノンビリ帰る方法を探そう。