41 黒犬に羊肉パン
家の前まで帰った。隣の空き地に動く影がある。
またあいつだ。黒犬のモンスター、ノラがいた。
こっちに歩いて来ようとしたが、びっこを引いている。月明かりで薄っすら見える顔には、傷もあるようだった。
考えてみると、妖獣は自然の生き物だ。妖獣同士でも戦うのかもしれない。ただこの妖獣は犬型だ。食物連鎖で言うと、上の方だと思う。何かに襲われるとは考えづらい。
さては縄張り争いか。犬や狼と同じ習性ならありそう。または、群れのボス争いか。そのどちらかの戦いに負けたな。だからこのへんをウロウロしているのか。
ケガはしているが、哀れみを買うような目はしていない。ノラはじっとおれを見ている。ケガをしてても、人間に媚びないのは立派だな。
おれは空き地に入っていった。ノラがびっこを引いて少し下がる。それだけ傷ついてれば、おれを襲わないだろう。
空き地の真ん中に、持ち帰りの羊肉パンを置いた。この前、おれを襲わなかった礼。そんな気分だった。
ケツ丸出しで死んでたら、死んでも死にきれない。あれは「武士の情け」だったのではないのか? と半分冗談で思っている。
帰ろうとして思い出し、羊肉パンの包み紙を全部外した。こいつ、紙を食うからな。
家の前まで行き、振り返ると、ノラは羊肉にかぶりついてるとこだった。
ベッドに横になって、忙しい一日を振り返る。妙に気分のいい一日になった。
憲兵のガレンガイル、交渉官のグレンギース、それに、さきほどのダネル・ネヴィス。どいつも嫌いじゃない。
あとノラか? ちょっと複雑な気分だ。
一番最初にチックを仲間にしたからか、それほどモンスターが「敵」という感覚がない。畑を荒らしたりしなければ、勝手に山でも海でも生きてりゃいい。
よくよく考えてみると、チックは元フナッシーだ。最弱モンスターに、おれは影響を受けまくっている。モンスターを倒して宝石が出るのだから、ハンティングするという楽しみもあるだろう。
または、もっとアウトローな生活をする楽しみもある。せっかくの異世界なんだから。大金を稼ぎ、女を抱き、というやつだ。ところが、チックがいるもんだから、女にうつつを抜かす事もできない。
いや、待てよ。へなちょこのおれが、そんな事をしていたら身を滅ぼしているだけだろうか。歯車が違えば、あの憲兵隊長に斬られる側だったのかもしれない。
サンキューチック、とおれは心の中で手を合わせた。机の上のチックがハサミを上げたように見えたので、びっくりして飛び起きた。
近づいて見てみる。ぴくりともしない。寝ているようだ。
おれはベッドに戻り、一日ぶりに柔らかい寝床で寝ることにした。





