31 マクラフ婦人
おれは夕方まで街をぶらつき、ギルドの裏口が見えるベンチに座った。
あの時、マクラフ婦人は、何か言いかけた気がする。気にしないでいいのかもしれないが、なんせ幸運の女神だ。ちょっと聞いてみたい。それに、いくつか考えられる事もあった。
マクラフ婦人が裏口から出てきた。おれは小走りに掛けていき、後ろから声をかけた。
「あのう」
婦人がおれを見ておどろいた。
「ちょっとだけ、話していいですか?」
「お断りします」
あらま。予想以上の冷たさ。
ギルドの裏口から、五人ほどの集団が出てきた。こっちに手を振る。婦人も軽く手を振り返した。それから、ため息をつきながら言った。
「こっちにいらっしゃい」
ついて行くと、裏通りにある一軒の食堂に入った。食堂というより、飲み屋だ。周りでは、エールが入ったジョッキを掲げ、騒いでいる酔っぱらいばかり。
奥の席に座る。店員が来て、婦人は葡萄酒を頼んだ。おれはエールを注文する。
「で、何?」
婦人が面倒くさそうに言った。おれはうなずく。
「今日、言いかけた事を、ぜひ聞こうかと思って」
「何でもないわ」
「では、何か思ったんじゃないですか?」
婦人は、じろっとおれを見た。
「それでいいの? って思っただけよ」
「やっぱり。何十、いや、何百と冒険者を見ているはずです。教えてくれませんか? 何が悪いのかを」
店員が葡萄酒とエールを持ってきた。
「この一杯を飲む間、ぐらいでいいんです。話していただければ」
婦人は少し考え、口を開いた。
「もう、外で声をかけないでくれる? あなた、けっこうギルドでは有名だから」
なるほど。爆破した張本人だからな。
「もちろんそうします。虫が背中に止まってても、見ないふりしますから」
「それは取ってよ」
婦人が苦笑した。良かった。不機嫌でもジョークは理解するようだ。
「まあ、ある意味、助けてもらったから、いいわ」
婦人は葡萄酒が入ったグラスを持ち、口を湿らせた。
「最初の依頼を受けて、帰ってくる人は何割だと思う?」
「十人いて、七人ほどですか」
「半分。さらに次、二回目の依頼で、また半分」
「そんなに死ぬんですか!」
「全部が死ぬわけじゃないわ。思っていたのと違った、または無理だと思った。そういうのも多いわね」
なるほど。やっぱり過酷だなぁ。
「あなたは、その最初を乗り越えた。そして、早々と指名の依頼を受けている。すごい成長。でも偏りすぎてる。それだけよ、思ったのは」
「駆け出しの冒険者は、色々しろと?」
「冒険者は、攻撃力より、経験が大事なの。その積み重ねが生き残る方法を産むの」
なるほど、おれは目先のカネしか追いかけてない。それは自分でもわかる。
「あなただったら、どういう依頼を取りますか?」
「なるべく、出会ってない新たな敵を。それも弱そうなやつから」
おれは天井を見上げた。おっしゃる通りだ。
「色々な依頼を組むなら、どこかパーティーに入るべきでしょうか?」
「あなた勇者でしょ? パーティーには入れないわ」
そうだった。勇者はパーティーを組めるが、自分がよそに加わることはできない。
「組むなら、同じ強さの人と。強い人と組むのに慣れると、どこまでが危険かの勘が働かなくなる。その強い人がいなくなると、死ぬわね」
考えていたのと逆だ。どうやって強い人と仲間になれるのか? とばかり考えていた。
しかし、この人、ただのギルドの職員?
「今日、回復魔法を使いましたよね?」
「わたしの事を話すつもりはないわ。初めて会った人に」
初めて? うーん、こうやって話すのは初めてだから、そうとも言えるけど。
「まあ、そういうこと」
婦人が立ち上がる。去ろうとして、もう一度、振り返った。
「あなた、ちょっと匂うわよ。女性に会う時は、もっと清潔に」
そう言い残し、さっと帰って行った。テーブルの上に置かれた葡萄酒は、いくらも減っていない。
幸運の女神は、今日も不機嫌だ。でも、やっぱり幸運の女神だった。教えてもらった事は、ひどく重要だ。肝に命じよう。
そして、さらに重要なこと。帰ったら身体を洗おう。





