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29 エールを一杯

 ギルドをあとにし、街を歩く。


 買うべきものは、決まっていた。魔力石だ。


 チックが魔法を使ったら、魔力が減る。無制限で使える特殊スキルとは、このへんが違う。


 減った魔力を回復するには寝るしかない。瞬時に回復させるなら、魔力石だ。


 道具屋は武器屋の真裏にあった。


 なんだろう、親戚で商売してんだろうか。この区画に武器屋や防具屋と固まってんな。


 道具屋は広かった。うちの近所の「よろす屋」の倍はある。薬草や毒消し草は見つけたが魔力石が見あたらない。


 カウンターの中年男に聞いてみる。


「魔力石、あります?」


 男は背中を向けた。カウンターの後ろに、木製の引き出し棚が設置されてある。その一つから魔力石を出した。


「100Gです」


 高え! これは、100G使って死霊を倒し、アメジストで100Gを得るのか。なんともバブリーな戦闘になりそうだ。ギルドの報酬が高くないと、やれる戦法ではないな。


 用心のために二個買った。200G払う。これで所持金は107Gだ。


 それから、いつものように乗り合い馬車に乗り、家に帰った。


 腹が減ったな。

 スープしか飲んでないから、当たり前か。夕食に何を食べるか、実は、決めている。


 出掛ける前に身体と髪を洗った。水は冷たいが季節は初夏だ。我慢すれば慣れてくる。


 ふと、この世界に染まってきたなと思った。夕飯を食いに行くだけなのに、装備をしないと不安になる。


 剣を腰に下げ、革のブーツを履く。革手袋は腰のベルトに挟んだ。皮の盾は置いていってもいいが、おそらくおれは今、この世界で最弱の冒険者だ。持っていこう。


 さて、さっぱりして用意もできた。氷屋に行こう。


「少し久しぶりだな」


 氷屋のオヤジはおれを見て、そう言った。


「入院しててね」

「そりゃあ難儀だったな。食べてくかい?」

「もちろん、羊肉パンを二つ」

「おや、二つかい」


 今日は二つだろう。食後にさらに氷菓子。この世界で初めて、腹一杯に食ってやる。いや、氷菓子は豆入りにするか。そのぐらい空腹だ。


 メニューをちらりと見る。待てよ。メニューにはないが、あれはないのか?


「オヤジさん、ビールある?」

「ビール? エールの事かい?」


 ヨーロッパでは、ビールはエールと呼ぶかもしれない。そんな話を何かで読んだ。


「そう、エールを一杯」

「わかった。肉は焼き直すから、少し待っててくれ」


 おれはうなずいて、席に座った。


 コツッと音がして、陶器のジョッキに入ったエールが置かれた。


「これは退院祝いにしてやるよ」


 オヤジが笑って言った。おれは、ジョッキを掲げて礼をした。一口飲む。


「これ、うんめえ!」


 ちょっとニヒルを気取ってたのに、思わず声に出した。ビールと味は似ているが、もっと濃厚だ。


「オヤジさん、もらった後に聞くのもあれなんだが、これいくら?」

「エールか? 1Gだが?」


 最高だな、この店。


 海を見ながらエールを飲んでいると、羊肉パンが来た。かぶりつく。やっぱり旨い。


 胸ポケットのチックがガサゴソするので、つまみ出してテーブルに置いた。おれにも寄越せとばかりにハサミを持ち上げる。


 肉を小さくちぎってハサミに持たせると、ぽいっと捨てた。


 おいおい。パンをちぎって渡す。それも捨てた。


 まさかな、と思いながら千切りの葉野菜を持たせた。テーブルの端まで持っていって、器用に食べはじめる。「これはおれのだ、渡さねえぞ」と言わんばかりに。


「嘘だろ、お前、その見た目で草食かよ」


 おれの言葉は無視して食事に夢中だ。


 羊肉パンを平らげ、空いた皿をカウンターに返した。ついでに、もう一杯エールをもらう。


 イスにもたれ、夕焼けに色づいた海を眺めながら、ちびちび飲んだ。


 弱い風が吹いて気持ちいい。


 こういうの、なんて言うんだっけな。ゆうなぎ、そう、夕凪だ。


「夕凪を楽しむ暮らしができれば、それ以上は、もういい」


 そんなセリフを、何かの本で主人公が言っていた記憶がある。


 一日の終りに夕凪が訪れるように、人生の終わりにも夕凪は来るのだろうか?


 このまま現実の世界に帰れなければ、ここで年を取る事になる。おれの未来はどうなるのか。嵐の中では死にたくない。まあ、その前におれは借金があるけどな。


 自分に苦笑いして、エールを飲み干した。チックを胸ポケットに入れて、席を立つ。


「オヤジさん、ごちそうさま」


 代金を払い、おれは家路に着いた。


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