26 変異種
どうするか悩んでいると、院長が口を開いた。
「足りない分は、この治療院の貸し付けにすると良い。ぼつぼつ返してくれれば」
「なるほど、いい話に聞こえますが、なんか交換条件あります? あやしい薬を試すとか。昔、治験のバイトで蕁麻疹が出たんで、嫌ですよ」
「ちけん? それは解らんが、良ければたまに、それを見せてくれんか?」
院長はベッド脇のテーブルを指した。
「おわっ!」
ベッド脇のテーブルに虫カゴが置かれていた。中に真っ赤なサソリみたいなヤツがいる。
「お主の側を離れんでな。往生したわい」
あの時、そうか。おれの胸に落ちてきたモンスター。
パラメータ画面を呼び出す。たしかモンスター名は「クリッター」だったよな。いや、名前が変わってる「チック」だ。
「フナッシーの突然変異種、クリッターじゃろう。古い辞典にしか載っておらん妖獣じゃ」
もはや、その名前でもない。他にパラメータで変わった箇所を探した。
親密度:30
うわお、跳ね上がってんな。これ上限値いくつだ?
「おい、お前、どうやった?」
チックに問いかけてみた。
「ほほ。突然変異種じゃが、さすがに言葉は話さんぞ。そこまで行くと、もはや神獣じゃ」
嘘でしょ。話したんですけど。おれは寒気がして、チックを見た。「キー!」とでも言うように、両方の小さなハサミを振り上げている。まあ、神獣には見えないな。
「チックに、痛いことはしないですか?」
「手下の妖獣に名前までつけたか。もはやペットじゃのう」
いや実は命の恩人です、とは言えない。最弱モンスターに死霊から命を救われた勇者。あまりに情けないから、黙っておこう。
「たまに成長を見たいだけじゃ。刺されても痛そうじゃしの。看護師の何人かは刺されたわ」
それで、この病室におれ一人なのか。
「チック、め! 刺すの、め!」
言ってみたが、ぜんぜん話は伝わらないようで、またハサミを振り上げた。カゴに入れられて、怒っているようだ。
「どうするかね?」
院長が聞いてくる。他に手はなさそうだ。おれはうなずいた。
「なら、登録させてもらうぞ」
おれの額に手を当て、何か呪文を言った。特に何の効果もない。
「なにしたんです? これ」
「ロード・ベルの呪文に、お主を登録しておいた」
「ロード・ベル?」
「離れた相手と話す呪文じゃ。 なんじゃ? お主、どこの学校出たんじゃ」
通称「マメコー」こと、小豆島中央高校ですけど何か? とは言えないので、笑ってごまかした。
「もう、帰ってよいぞ。今晩も泊まれば、また300G借金が増えるぞ」
300G! ここは星野リゾートか!
「その高級な宿屋に、おれ、何泊したんです?」
「二泊三日、素泊まりじゃ」
おお、院長は、意外とジョークが鋭い。
ノックの音がして入ってきたのは看護師。お盆に載せたスープを持ってきた。
「しばらく胃に何も入れておらん。これをゆっくり飲んで、それから帰りなさい」
アドラダワー院長は、そう言って病室を出ていった。
ゆっくりと言われたが、三日寝ていて、お腹は空っぽ。あっという間にスープを飲み干した。
ベッド下に置かれた網カゴから、装備を出し、身につける。看護師の人達に礼を言いながら、おれは治療院を出た。





