128 震える拳
バルマーの目前に迫った。
おれに向かってステッキを振った。手の中にある最後の反射石が割れる。
おれは使用済みの反射石をバルマーに投げた。同時に、首にあるマントの留め金を外す。ぐるりと回してバルマーにかける。バルマーの顔が隠れた。そこへ右の拳!
殴った! と思う寸前、おれの身体は固まった。
おれの左肩。ステッキで叩かれていた。
バルマーが顔にかかったマントを取った。おれの拳のほんの先だ。バルマーは、その拳を見て苦笑した。
「なんと、原始的な攻撃でしょう。最後の最後でそれですか」
おれは拳に力を入れた。ぜったい動いてやる。震える拳をバルマーが見た。
「おや? まだ何かできると?」
「ぬぬぬ」
おれは指の一本に力を集中させた。
動いた。中指を立てることができた。
それを見たバルマーが苦笑した瞬間、顔を引きつらせた。震える顔で足元を見る。
おれは見なくてもわかった。チックの毒針だ。拳を出すと同時にバルマーの足元へ投げた。余裕をかましサンダルを履いていたのが、あだになったな!
バルマーの顔に、みるみる青い血管が浮き出てくる。すげえ。チックが本気を出した毒針は、致死量なんじゃなかろうか。
バルマーが自分の前にステッキを戻し、何かを唱え始めた。毒消しの呪文だろう。
おれは目を閉じた。たぶん、それは一瞬だ。神経を集中する。
うしろから足音。おれの背中を駆け上がるはず。来た。背中に四つ足の感触。その瞬間に魔法の存在も掴んだ。
ハウンドはおれの背中を越え、バルマーの肩口に噛みついた!
おれの硬直が解ける。足元へチックがカサカサと近寄ってきた。つまんで肩に乗せる。ハウンドも戻ってきた。
バルマーは、ハウンドに噛みつかれた衝撃で後ろに倒れた。ちょうど石椅子の上だったようだ。王座に座ったバルマーの全身を、赤い炎が包んでいる。
炎の中でバルマーはステッキを掲げ、必死に呪文を唱えている。回復魔法だろう。唱えながら、おれを睨んだ。
「たぶん、それ、消えないぜ」
おれは言った。今回、おれは魔法を抑えていない。抑制のないハウンドの口から出る炎は、対象物を燃やしつくすまで消えないはずだ。
だから瞬時にそれを悟ったアドラダワー院長は、暗黒石を使った。回復魔法で回復させても、時間の問題だ。
おれは火の勢いに数歩下がり考えた。このまま焼いていいものだろうか。今まで倒したのは「妖獣」だ。しかし、これは「人間」である。
この炎は勝手に燃えるが、おれの魔法なので念じれば消えるのかもしれない。
炎はさらに強くなり、火柱となった。
広間に漂っていた煙も薄れ、階段の上から広間の隅々が見えた。今まで暗がりで見えなかったが、壁際にならんでいるのは数多くの拷問器具だった。
ここで死霊を作っていたのか。それを玉座から眺めて。
そうか、階段下にある噴水は、身体を洗うためじゃない。おそらく、返り血を流すためのものだ。おれは顔をしかめた。
「人間じゃねえな」
おれは踵を返し、階段を降りる。
ガレンガイル、マクラフ婦人、ティアの三人が集まっていた。
「お父さん!」
ティアの声が聞こえた。その三人の中心に誰か横になっている。オヤジさんだ!
階段を駆け下りた。マクラフ婦人が、オヤジさんのひたいに手を当てている。
「オヤジさん!」
声をかけた。オヤジさんはぴくりとも動かず、土気色の顔をしている。
「あああ!」
階段の上から絶叫が聞こえた。
バルマーは立ち上がり、何かを頭上に掲げた。小さな丸い石? 変異石か!
変異石で炎を抑え込む気だ。おれはリュックから火炎石を出そうとした。だが、変異石は強く光り、巨大な炎が四方八方に吐き出された!
「逃げよう!」
おれの言葉にガレンガイルがオヤジさんを抱きかかえる。
広間を出て、来た道を駆ける。駆けながら連絡石でダネルに連絡した。





