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前編 肝試しに行こう

           


「明日の夜、肝試しに行こうぜ」


 六時間目が終わるやいなや明斗は駆け足でこちらにやって来ると、そう声を弾ませた。

 明斗は僕の机に手を置き、訴えかけるような眼差しで見つめてくる。


 ーー断りづらい……。肝試し得意じゃないんだけどなあ。


「まあ良いよ、行く」


 僕は仕方ないなと呟きながらも了承した。

 すると、明斗はガッツポーズをして、「よっしゃあ!」と満面の笑みを浮かべる。


 実際、幽霊なんて居ないだろうし。第一、心霊マニアの明斗がいれば大丈夫だろう。きっと。


「それで、どこに行くんだ?」


「『廃校』ってところ」


 明斗はニッと笑みを浮かべる。

 『廃校』か、聞いたことない場所だな、どこにあるんだろう?


「そうだ、雪も一緒に行く?」


 明斗は僕の隣で帰り支度をする雪にも声を掛ける。

 あれ、確か雪って……。

 雪は一瞬驚いたような顔をする。が。


「それじゃあ、行こうかな」


「? 雪って幽霊とか苦手じゃなかったっけ?」


 去年、テレビの心霊特番をこの三人で見た時、雪だけテレビに背を向けて耳を塞いでいたのを思い出した。


「うん。だけど……どんなのか気になるから行ってみたい」


 雪の言葉にうんうんと頷いていると、明斗がリュックサックを持ち上げ。


「それじゃあ、百合沢駅に午後八時集合って事で良い?」


「「良いよ」」


 僕らが軽く返事をすると、明斗はリュックサックを背負ってそそくさと教室を出て行ってしまった。


 あ、『廃校』ってどんな所か聞き忘れた。……まあ、明日集まったところで訊けば良いか。

 そういう事にして、僕もリュックサックを背負って自分の掃除分担場所へと向かった。

 



 古風な外観をした小さな木造の駅舎を出ると、すぐそばに二人の姿を見つけた。明斗は半袖に半ズボン姿をしていて、雪は小さなショルダーバッグを肩に掛けている。

 僕がそちらに駆け寄ると、明斗は僕と雪をそれぞれ見て。


「よし、それじゃあ行くか」


 僕らは各々懐中電灯を取り出してスイッチを押し込むと、かえるの合唱に包まれた道を歩き始めた。

 


 月明かりのない曇り空の下を雑談しながらしばらく歩いていると、僕はふとある事を思い出して明斗の方に視線を向ける。


「そういえば、『廃校』ってどんな所なんだ?」


 それは、昨日から気になっていた事。

 昨日はそのせいでなかなか眠れなかったのだ。


「『廃校』は数年前に閉鎖された高校の通称で、閉鎖直後からさまざまな噂がある知る人ぞ知る心霊スポットだ」


 明斗は声を弾ませながらそう説明してくれた。


「その、さまざまな噂ってのは?」


「例えば、校舎内に棲んでいるとされる『何者か』に捕まってはいけないというもの」


 僕はゴクリと唾を飲み込む。

 大丈夫、そんなモノは存在しない。ただの噂なんだから。

 そう頭では分かっていても、もしかしたら存在するんじゃないかと思ってしまう。


「あと、物を動かしてはいけないというのもあるな」


 隣に目を向けると、雪が耳を両手で塞いで震えていた。


「雪、大丈夫?」


 ぎこちなく首を動かしながら、大きく縦に振る雪。大丈夫なら良いんだけど……。

 僕は少し気になったが、再び明斗の方に向き直ると。


「……もし、動かしたら?」


 僕は恐る恐る訊ねる。すると、


「とんでもない事が起こるらしい」


 明斗はニヤリと笑った。

 



 しばらく街灯の少ない道を進むと、明斗が突然足を止めた。


「着いたよ」


 明斗は吸い込まれそうなほどの暗闇の先を指さす。その先には、おどろおどろしい雰囲気を纏った白塗りの建物が浮かび上がっていた。『廃校』だ。

 その姿を視界に入れた途端、冷や汗が頬を伝うのを感じた。


 ……誘い、断れば良かったかな。


 今さら後悔の念が湧き上がってくるが、ここまで来てしまった以上行くしかないだろう。

 僕はひそかに拳を握ると、覚悟を決める。


「ここがいま俺たちのいる所」


 明斗はポケットから学校の見取り図を取り出して広げると、懐中電灯で照らし出す。


 それによると、校舎はロの字型をしており、その中央には池を真ん中に据えた中庭がある。


「事務室のある角を曲がった先に、今回の目的の理科室がある」


 『廃校』に到着する少し前、明斗がここの最恐の場所を教えてくれた。その話では、理科室が一番怪現象が多発する場所らしい。

 そこでは過去に何人もの行方不明者を出しているんだと

か。


 その話を聞いた瞬間まさかとは思ったが、明斗はわざわざその危険極まりない場所に三人で行こうと言い出したのだ。


 もちろん「明斗一人で行ってこいよ」「明斗だけで行けば良いよ」と僕と雪は反対した。けれど、明斗が後で飲み物奢るから三人で行きたいと言うので、仕方なくついて行くことになってしまった。


「それじゃあ準備は良いか?」


 僕と雪はこくりと頷く。

 明斗は見取り図をポケットにしまうと、校門に張られた立入禁止の札がさがったロープを跨ぎ、ロータリーの中を進んでいく。僕と雪もその後ろ姿を追って魔界へと足を踏み入れた。


 まるで校舎内にいざなうように開け放たれた昇降口を通り抜けると、長い廊下に出る。

 虫の音と三人の靴音だけの静かな廊下。


「思ったより荒れてないね」


 雪が周りをキョロキョロと見ながら意外そうに呟く。


 辺りを照らしてみると、ところどころ窓が割れていたり、床のタイルが剥がれている程度の荒れ具合で、廊下には物が散乱していたりはしなかった。


「鏡にはここに居ないはずのない人が映る事があるんだって」


 職員室前の大鏡に向かって手を振る明斗が小さな声で呟く。


「やめてよぉ」


 雪が耳を塞ぎ、鏡に背を向ける。


「まぁ、明斗がいれば大丈夫だよな」


 僕は明斗に期待を込めた視線を送る。


「ま、まあな」


 さっと顔を背ける明斗。心配だなぁ。


「とにかく行こうぜ」


 明斗は再び廊下を歩き始める。その後ろを雪がショルダーバッグの帯を握り締め、慄然としながらもついて行く。


「どうした?」


 鏡の前で立ち尽くし、じっと鏡を注視する僕に明斗が不思議そうに声をかける。


「いや、なんでもないよ」


 今、何か映った気が……。


 少し気に掛かったが、気のせいだろうと思い、すぐに明斗たちの後を追った。



 

 静かな廊下を事務室のある角で曲がると、渡り廊下を進んでいく。


 突然、先頭を行く明斗が立ち止まり、ゴトッと懐中電灯を落とした。

 その音に僕は肩を跳ねさせ、雪もびっくりしたように音のした方を勢いよく向いた。


「ど、どうした⁉︎」


 明斗の返事はない。岩のようにぴくりとも動かない。顔を覗いてみると、青白い顔色をしていた。


「なに、どうしたの?」


 雪が明斗の肩を叩く。


 それでも明斗は反応しない。

 ……もしかして、出たのか?

 一瞬、背筋にゾクリとした感覚が襲う。


 明斗が震える指をゆっくりと天井に向け、じっとその先を見つめ続ける。僕は慎重に明斗の指さす方へと懐中電灯を向けるとーー。

 そこには、天井からぶら下がっている大きな黒い物体が。


「……蜘蛛?」


 蜘蛛はスルスルと天井まで登って行ってしまった。


「お、驚かすなよー」


 強張った体から力が抜け、気の抜けた声を漏らす。


「なーんだ、良かった」


 ほっと胸に手を当てる雪。

 そういえば、明斗は蜘蛛だけは苦手だったな。

 僕は明斗の手首を鷲掴みにすると、廊下の奥へと引っ張っていった。

 



「あった、理科室」


 しばらく進むと、理科室の文字が書かれている木の札を見つけた。


「扉、閉まってるな」


 僕は安心の混じった声で呟く。

 ここでは「物を動かしてはいけない」という掟のような噂がある。つまり、これなら理科室に入らなくてすむという事だ。


「あ、そういえば言い忘れてた。動かした物を元の位置に戻せば問題ないらしいよ」


 まじかよ。

 完全にぬか喜びだった。こんにゃろう……。


「よし、開いた!」


 テンション高めな声と共に扉が開かれる。

 その手つきに躊躇いは一切なかった。

 そして、明斗は超危険スポットにずかずかと入って行き、


「おーい、二人とも。来てみろよー」


 明斗がこれまで以上の笑顔で手を振る。


 こんな場所でどうしてそんなに元気なんだよ……。


 僕は呆れながらも「仕方ないなあ」と慎重に理科室へと入る。

 雪は「怖くない怖くない……」と呟きながらも、恐る恐る理科室に入ってくる。もちろん扉はきちんと閉める。


 入り口近くには理科準備室へ扉がある。その、しっかりと閉まっている扉の前を通って、教室の中央に僕らは立った。


 教室内にはかつて使われていたであろう器具が幾つかそのまま残されており、窓にはカーテンが閉められている。


 しばらくの間、閉ざされた空間を静寂が包み込む。教室内はひんやりとしていて、何故か虫の音すら聞こえてこない。


「何も、起こらないな……」


 静寂を破ったのは明斗だった。


「そうだね」


 少し間を置いて、雪が小さく呟く。


 また、気持ちの悪い静けさがやって来た。


「もう帰ろう」


 しばし続いた静寂を僕は破る。


「……そうだな」


 明斗は落胆の表情を浮かべ、出口に向かって足を踏み出した瞬間、フリーズした。


「ーー?」


 僕は不思議に思って明斗の視線の先に目をやった瞬間、驚きのあまり言葉を失ってしまった。

 


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