推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について
まあ、なんていいますか?
良くあるじゃないですか。気に入るキャラがことごとく、実は裏切り者系。敵から味方になったら死んじゃう系。とか。
ああ、親友ポジで死んじゃうとか。
死なないにしても当て馬とか。
不憫枠とでもいいますかね。知人友人にこのキャラがね推しなのと言い出すと生ぬるい目で見られて、死ぬわ、と宣告されるんです。あまつさえネタバレさせないでとか言われるんです。
本編じゃ一ミリもそんな話がでてないのに! 悪くすると予告編ですら言われますからね。
「どーか、どーか、クルス様だけはどーか、幸せになってくださいっ!」
新年早々、神社でする願い事ではないとは思いますよ。
人もあまり来ない地味な神社ですが、きっと効果はあると信じています。
そもそも二次元の人の幸せってなんでしょうね。そう思うけど、次回予告がやばかったんですよぉ。な、なんで、年末に死亡フラグぶったててくのっ!
今回の作戦が終わったら故郷に帰るってっ! 死んじゃうっ!
……失礼。
あたしが熱愛しているクルス様は、架空戦記にお住まいです。
無事終戦を迎えそうなそんな雰囲気の中、そんな話をしたら死んじゃうっ!
……こほん。
ええと、架空戦記といっても、過去の地球というわけではなく、電気の代わりに魔動と呼ばれているエネルギーが活用されている感じです。飛行機乗りがいたり、魔動車とか、戦車ぽいものの存在があるっぽいです。
普通に銃が出てきますからね。スチームパンクみたいなのが、魔法エネルギーに変わったようなそんな感じでしょうか。
魔法使いではなく魔導師がいたり、魔動工学が発達しているとかあるのですが。
どちらかと言えば、プログラミング言語に近いようです。
クルス様は魔導師かつ魔銃使いです。ツボでした。無精ヒゲのヘビースモーカー、雑な短髪と時々の寝癖。でも、やるときはやるんですっ! 面倒そうな態度を捨てて、自信たっぷりに蹂躙していく様はほんっとに格好良すぎますっ!
あれはやばかった。死ぬ。もっとやれ。
まあ、反則なくらいの強さと燃費の悪さが仇となり、メインというよりは準レギュラー扱いで時々出てくるくらいです。すぐばてるんですよね。疲れるからしたくないとか言いながら、全力出しちゃうのが好き。
あ、この話は漫画です。残念ながらアニメ化はされておらず、単行本の特典としてドラマCDなんかがついてたりしました。ですから、クルス様の声は知らないんですよね。本当に残念です。
主人公はこう、熱血青年で遠くからがんばれーと呟きたくなるタイプでして。さりげなく、ハーレム築いてました。無自覚たらし。
いやー、あのコミュ力は、ちょっとこう、同じ人間なの? と思うくらいです。他のキャラとの差がっ。
そのハーレムもメインヒロインの幼なじみとくっつきそうなのでそろそろ解体されるでしょうけど。
刺されればいいのになんてちょっと思ったりもしましたけどね。ふふふ。
あんなリア充のことは良いのです。
「どーか、楽しく過ごしていただきたいんですっ」
実は笑った顔、見たことないんですよね。話の中心に出てくると常に顔出してるんですが。そのマントについているフードになんの意味が、と思ったりもするんですけど。
背景に描かれているときは大体、フードで顔隠してました。
どうせ、物語。作者に熱心な手紙でも送れば良いような気がするんです。そう言えば編集部宛に年賀状送りましたけど届いたんですかね。書いたときは、死亡フラグなんて知らなかった脳天気なあたしです。
知ってたら怨念込めてたでしょうね。物語の最後までいた数少ない推しを減らしそうなフラグを予告でだしおって。
終わった物語の先は、めでたしめでたし、だと思って、みんな幸せにくらしましたとさ。なんて思ってるので、とりあえずは終わるまで、終わるまではっ!
……とは思ってたんですけどね。
「た、たすけてーっ!」
なんで、あたしが木の上にいるのかっ!
寝て起きたらこうだったんですよっ!
昨日はそのまま神社から帰り、やけ酒飲んで寝たんですよ。特別ななにかなんてなかったんで、夢ですかね? そういうことにして目を閉じても一向に起きませんっ!
現実のあたし、早く起きてっ!
ご丁寧にパジャマではなく、全く別の服を着ていました。町娘Aって感じですねっ!
だいぶいい感じに混乱してきてます。
木の上、それも5メートルはありますかね? 落ちたら死ぬ。
リアルに死ぬ。
「……なにしてんの?」
下からと言うよりはもう少し近い位置から声は聞こえました。目を開けてあたりを見回しても誰もいません。
うっかり下も確認して悲鳴をあげてしまいました。
「なんでもいいから助けてくださいっ!」
謎の声でもいいのでっ!
「契約するかい?」
「はいっ!」
一瞬の沈黙のあと笑い声が聞こえました。からかわれたのだろうかとちらっと考えましたが今はそれどころではありません。
「目、閉じてろよ」
言われなくても目、閉じてます。まあ、相手からは見えなかったか、念押ししたかったんでしょう。
ほんの少し落ち着いてきた気もします。
しかし、この声、なにか聞き覚えがある気もするんですよね。
隣に誰かが座った気配がします。枝が音を立てても良い気がしますが、重さがないように全くたわみもしません。
「触るけど、悲鳴は無しだ」
「うい」
「いい子だ」
笑いをこらえているような声。くっそう。からかわれている気しかしません。
それでも驚かさないようにでしょうかそっと肩に触れられました。
燻った煙のような匂いがすると思った時にはだいぶ密着していました。
こんな場合でなければ悲鳴あげたでしょう。今も心の中では悲鳴をあげました。
「転移」
いつの間にかつながれた指先がとても冷たかったんです。
「もう、いいぞ」
久しぶりの地面の感触にとても感動しました。地面に立つっていい! あんな木の上とか信じらんないです。
ほっとして泣きそうです。
「お、お手数をおかけいたしま……」
目を開けて、見上げて後悔しました。
な、なんでっ!
我が推しがおられるんですかっ!
え、なに、今ぎゅとかされたのマジで? 耳元で声聞いたの?
意識がくらりと遠のいてもしかたないですよね……。ああ、きっと夢です。幸せな夢だったなぁ……。
残念ながら夢ではなかったんです。数時間後に意識を取り戻したあたしにクルス様は契約すると言ったからと家事全般を押しつけてきたんです。
しかも同居です。
ねえ? どこかにいる神様。
あたし、死んじゃうよっ! 推しが尊すぎて、同居と無理だからっ!!!
「暇だ」
呟いて、昨日も言ってたなと思い出す。
戦争も終われば、魔導師も役に立たなくなる。報奨金も領地ももらって引きこもるのは、思ったより退屈だった。
だからといって都会に行きたいとも思わなかった。うるさくて嫌になる。
死に損なった気がする。
時代に取り残されるのがわかっていて、どうして踏みとどまったのかわからない。いや、運良く一つの弾丸が逸れた。
一つだけの掛け違いで残ったようなものだ。
「暇だ」
再び呟く。
今後、魔銃も需要が減っていく一方だろう。護身用に使うには火力が強すぎる。本業はそれ以上に需要がない。
そのうち、報奨金もつきて他の仕事を探さなければならなくなる。
気まぐれに受けていた過去の魔道具の解析の数を増やすしかないだろう。国が相手の場合が多いので、報酬はともかく支払いを渋られることはない。
問題は暇だと呟くような、それでいてなにもしない自堕落的な生活に慣れてしまった自分がやる気を出せるか、だ。
今日はなにをするか考え出したところで何かが引っかかった。屋敷中に響く警報の音量に顔をしかめて切る。起きているときはうるさいが、寝ていたらこれでも起きない自信はあった。
「領域侵犯ね」
いい度胸じゃないか。
楽しい予感に出かけてみれば、見つけたのは女の子だった。
いや、女性、だろうか。遠いからよくわからない。
木の上になぜ居るのか?
声だけを届ければ、きょろきょろと見回して、悲鳴をあげて木の幹にしがみついていた。大振りな枝の上に座っている、ようだ。
森の守護者とも呼ばれるこの木は魔を寄せないという伝承がある。
異界からなにかを連れてくる、とも。
善悪の区別なく力を振るうもの。
これで退屈しないで済むかと考えたのも確かだ。
「契約するかい?」
「はいっ!」
一瞬のためらいもなかった。
中身すら聞かない態度に笑いがこみ上げてくる。
魔導師が他人に力を使う場合は契約を必要とする。罰則のない魔導協会の規定だが、大体において守られる。無償で行ったことは、巡り巡って悪意をもって返されたことがとても多いからだ。
木の上までどう移動しようかと思案して、簡単な方を選ぶ。
「転移」
便利そうに見えて日に三度も使えば、役立たずになる燃費が悪い魔導式をなんとかしたいところではある。効果範囲は見えるところまで、だ。その上、本人と付属物のみ。
木の上にいたのは若い女性だった。
気配を感じたのかこちんと固まってしまった。
それでも抵抗もなく、悲鳴もあげずに大人しくしている。
飛んでいくか、落下速度を下げるか。あまり腕力には自信がないので、抱きかかえるのは少々不安がある。
誰かを連れて転移するのは基本的にうまく行かない。よっぽど密着しなければ付属品とは認められない。
すこしばかり、魔が差したとしか言いようがなかった。
あるいは欲求不満だろうか。
ともかく転移は成功してしまった。
「地面だぁ」
安堵したように呟いた彼女の声は泣きそうだった。
「お手数をおかけしま……」
見上げてくる顔が、見る間に真っ赤になっていく。まだ、離していないのだから恋人でもなければしないような抱擁だ。
今になって自分でも照れてくる。あるいは自責というかなにをしているのだ。
謝罪しようかと思う前にくったりと意識を失われる。
「……安心したからってことにしておこう」
自分の精神衛生上のために。たぶん、それは違うと思うけど。
家に連れ帰り、ソファに横たえた。客間はあるが、今は荷物置きになっている。すぐ使える部屋というものはない。
部屋を見回して見られてはまずいモノはないかと確認し出すに至って、自分の動揺を感じる。
仕方ないから背負ってきたのがやっぱり間違いだった。
町娘というには肌が白く、荒れているように見えない。指先まで丹念に手入れされている良いところのお嬢様のようだ。服ばかりが状況に合わせて用意されたようで少し気味が悪い。
あんなところに突然現れるのは、異常である。
あとで国にでも報告を入れる必要があるだろう。問題はどの程度、ごまかすか、だが。
ちらっとソファの上を確認する。彼女はなにかにうなされているように眉間にしわが寄っていた。
契約した分の支払いが終わってからでいいか。
そのままうやむやにされる方がまずい。言い訳じみた理由を思いついて顔をしかめた。
煙草が吸いたい。
そう思って懐を探しても煙草の箱は見つからない。どこかで落としたのだろうか。自室に戻ればあるかと部屋を出る。
ストックの山から引っ張り出した煙草の箱から半分くらい減らしても全く落ち着かない。気に入った銘柄は工場自体が廃業して今後生産されないと決まってしまった。
慌てて買いあさったのだが、いつもの調子では一年も持たないと思って絶望したものだ。
それからは少しずつ本数を減らしていったのだが、今日ばかりは一日分を既に消費している。
諦めて彼女を残した部屋に戻ることにした。
幸い、まだ目覚めていないようだった。
起こす気もしなかった。出来れば問題は先送りしたい。
黙ってまずそうなものを部屋から排除することにした。読めるとは思えないが、改良呪式の試作などは極秘だ。
「ほ、本当にお世話をおかけしましてっ」
意識を取り戻した彼女はうろうろと視線を彷徨わせながら、そう言った。顔は赤い。首まで真っ赤なままだ。
顔を合わせないように少し離れたところにいれば、視線は感じる。
視線が合えば慌てて逸らされる。
……とても、意識されている。挙動不審そのものだが、自覚はしていなそうだ。柔らかかったなどと反芻する自分も同じようなものだろう。
やっぱり欲求不満だろうか。
「契約したのだから。そう言えば対価は決めていなかった」
視線をそらして、仕事の話をする。あれは、契約上、仕方なかった。
「へ? あ、えっと、払えるもの、あるかなぁ」
彼女は荷物らしきものはなにも持っていなかった。服のポケットを探ってもなにも出てこなかったようで首を横に振った。
「体くらいしかありません」
厳かに告げられた。一瞬、思考が停止した。
「……おい」
「はい?」
きょとんとした顔でその発言に深い意味は全くないのがわかる。そして、問題があるとも気がついていない。
「は、え、っっとぉ、肉体労働しかできませんっ」
……気がついた。膝を抱えて丸まった。
「死にたい。恥ずかしい。死にたい」
ぶつぶつ呟いている。死なれては困るのだが、支払われないのも困る。
「行く場所は?」
「え、そもそも、ここどこなんでしょうね?」
「……ブロンディの森。俺の住処」
「ええと王都より南方の鬱蒼とした森の中の屋敷」
なにかの記述を思い出して、言葉にしたようだ。
「王都に出れば、お仕事ありますよね。時間はかかりそうですが、働いて支払います」
すぐに誰かに騙されて売り払われるのではないだろうか。未だ治安が回復しきっていない。
ズタボロになって捨てられるのが落ちのような気もする。
契約を果たす前に死なれても困る。
「無償でここで働け」
「はい?」
「助手兼家政婦。期間はそうだな。半年くらい」
「えええっ! む。むりむりっ!」
「部屋は提供してやるから掃除してこい」
「むーりーっ!」
涙目で訴えてくるのを無視して、探しておいた客間の鍵を放り投げる。きちんと受け止めたあたりそれなりに反射神経は良いのだろう。
「契約内容を確認しないで契約した方が悪い」
といういちゃいちゃするだけの話が書きたかったんじゃ。
反動とか言うんです。




