5:疑問だらけ
授業を抜け出して、大学のカフェテリアに来た。
なにせ授業中だから、人が少ない。
カフェテリアなんて田舎にはなくて、実はあこがれててすごく入りたかったけど、大学構内を歩いてるだけで、嫉妬だか好奇だかの目線がビシビシ刺さってきて、カフェテリアなんて怖くて入れなかった。だから、大学入学してから初めて入った。
って、向かい合わせで座った忍ちゃんに言ったら、なぜだかかわいそうな子を見る目で見られた。
それよりも聞きたいことが頭を占めてて、そんな忍ちゃんの表情はスルーした。
「忍ちゃん、葉山先生と知り合いなの?」
聞いたとたん、はぁ……と深いため息を落とされた。いや、だから、なんで?と思っていたら、逆に質問された。
「多喜ちゃんは、先生の何が嫌なの?」
「えっ……」
今まで、忍ちゃんは私の話を聞いてくれてはいたけど、先生のことに関してとやかく言ってくることはなかった。
なのに突然……。
「先生のことを避けてる、ってことは嫌ってことでしょう?どこが嫌?」
「イヤ……っていうか……。ビックリしてて……。突然、意味わからないこと言うし……、怖い……」
改めて考えてみると、先生自身のことをあまり良く知らないのに、ハッキリとした「嫌」はない。こないだ抱きしめられた時だって、嫌ではなくて逆に―――
「じゃあ、嫌いではないのね?」
「えっ……、う?うん?」
「怖い、なんてそれだけで十分嫌いになれるんじゃなぁい?」
突然、頭上から鼻にかかるような色っぽい声がした。
忍ちゃんと斜め上を見ると、白衣を着た女性が私達のテーブルの横に立っていた。
メガネをかけて、無造作に1つに結んだ黒髪。首からかけてるオレンジの紐が、白衣の胸ポケットに吸い込まれてる。
あの時……、入学式の時、葉山先生に告白された時に葉山先生を呼び止めた先生だ。
「チッ……、めんどくさいのが来た……」
忍ちゃんがボソッと呟いた。
めんどく……!?
「関口さん、だよねぇ?」
忍ちゃんの呟きも気になったけど、この見た目リケジョなのに妙に声が色っぽい先生の存在感が圧になって来る。
「あの……?」
「あー、そうだよね。文系だもんね。アタシは見ての通り、理系の方のセンセ、浅見 百々子よ」
「はあ……」
理系の方、とはどこの所属だかサッパリわからないが、この人も葉山先生狙い、とかのアレかな?と思ったら、突然、爆弾発言を投下した。
「嫌ならさぁ、成悟に近寄らないでくれない?元妻としてもいい気がしないからぁ」
は?
元妻!?
成悟って、葉山先生のことだよね?バツイチだったってこと?
「ちょっと!変なこと吹き込むのやめてよ!」
情報処理能力が追い付いてないうちに、忍ちゃんが浅見先生に喰ってかかった。
「あらぁ、身内から外堀埋めてるの?相変わらずブラコンなのね。それとも、今度は自分が欲しいのかしら?」
「黙れっ……!」
なにこれ?
私だけ皆の話についていけない……。
皆?
みんな、って誰?
葉山先生、浅見先生、……忍ちゃん……も?
ガタン、と音を立てて立ち上がった。
「多喜ちゃ……」
忍ちゃんが言いかけてるの、わかってたけど、もうついていけなくて、一人になりたくてその場を後にした。
*****
わかんない。
私の知らない所で何かが起こっているの?
でもって、それは私に関係していることなの?
カフェテリアから管理棟に続く廊下を、意味もなく早足になっていたら、角から出てきた人にぶつかりそうになった。
「おっと!」
傾いた体を危なげなく支えてくれたのは、知らない男の人だった。
「大丈夫?」
「すっ、すみません!」
「こっちこそ、ごめん。よそ見してたか……」
言いかけたまま、私の顔を見て止まる。
背がひょろっと高く、サラサラの長めの黒髪を揺らして、男性にしてはキレイめな顔にじっと見られる。すると、突然にっこりされた。
「ちゃんと前見て、気をつけな」
そう言って、頭をポンポンされた。
そのまま去っていく後ろ姿をポカンと眺めてしまった。
な、なんか、急に親しげ?
って、誰だろう?多分、2年か3年っぽいけど、また私のことを知ってる人?
もう、やだ。
もう、やだーー!!
プチパニックになった私は、そのまま家に帰って、その後の授業を全部すっぽかした。