42: 会いたい
「多喜っ……!」
まず目にしたのは、白い天井と、泣いてる見覚えのある顔。
「多喜、起きたの?私、わかる?」
首を動かすのすら難しいけど、声のした方を向く。
「さ……、佐喜ねえ……?」
頭がまだぼーっとするけど、田舎にいるはずの佐喜ねえがなんでいるんだろう?とこの時は思った。
でも、次に自分が言った言葉に自分が驚いた。
「お母様、お父様はどこにいるの?」
涙をためて心配そうにのぞきこんでた顔が、一瞬で固まった。
「多喜……?何を言ってるの?」
ローザとしてお母様と過ごした時間は短い。だけど、多喜として佐喜ねえと過ごした時間は、佐喜ねえが嘘をつくのを見抜けるくらいには長かった。
「イリヤ妃……。お母様……。ずっと、そばにいてくれてたのね」
黙ったままだけど、心配とは違う意味の涙を流し始めた姉を抱きしめたくて起きようとした。
「!!!っ痛たー!!」
ちょっと身動きしただけで、左の脇腹が痛い。
「だめよ!まだ動いたら!いろんなもんくっついてるし!」
佐喜ねえの言葉で、改めて自分の体を見下ろした。とはいえ寝てる状態なのでよくわからない所もある。
どうやら右手には点滴、左手には脈拍を計るやつが付いてる。更に足はなんかちょっと高めになってるような?で、体は完全に固定されているようだった。
こうなる前の記憶は一応、ある。
左の脇腹を守谷さんに刺された。
成悟さんが、ものすごい勢いで守谷さんを殴った所も見た。
成悟さんが押さえてくれてた布が赤く染まって行くのも覚えてる。
部分的に、ゲームのスチルみたいに思い出す映像はなんだか現実味がない。けど、実際にこうしてどうやら入院してるから現実だと分かってる。
「あれから、どのくらい経ってるの?成悟さんは?」
脇腹が痛いのがちょっと落ち着いて、改めて聞いた。
「あなた……、3週間も寝てたのよ。最初は集中治療室にいて、かなり危なかったの。病院の先生がもう意識が戻ってもいい頃、って言うのを過ぎても目覚めなくて……。ジークも手を怪我してたんだけど……」
佐喜ねえが、成悟さんのことを「ジーク」と愛称で呼んだことにちょっとだけ違和感を感じた。
「……って、とりあえず先生呼ぶわよ?やっと目覚めたんたから!」
佐喜ねえは病室を出て行ってしまった。
「3週間……」
そんなに寝ていたのか。
確かに体が思うように動かせないし、実はここまでの会話もかなり無理して喋ってたので、それだけで疲れた。いろいろ確認したいことがあるのに瞼が重い。そのまま目を閉じればまた夢の中に落ちてしまった。
*****
温かい、馴染みのある手が頬に触れてる……。
ここのところ毎日のように、眠りから覚醒するほんの少し前にこの温もりを感じてる。
起きると、微かな香りと寂しさが残る。
これを、ここのところ、毎日、なのだ。
体がだいぶ回復して、ベッドから起き上がれるようになって、点滴も取れて、ごはんも普通のごはんが食べられるようになって、リハビリも始まって、ゆっくりながらも自分の足で歩けるようになってきたというのに、その間、成悟さんは一回も私の前に現れなかった。
忍ちゃん情報によると、成悟さんは大学を辞めてしまったらしい。でも、槙教授が個人的に秘書として雇うために準備中なのだとか。
確かに、陛下はお父様とのあのコンビネーションを手放せないだろうことは、すっかり思い出した私には想像できた。
思い出したことを、まだ成悟さんには言ってない。そりゃそうだ。だって、会ってないんだもん。
どうやってわかるのか謎なんだけど、どうやら私が寝てる間に病室に来ているらしい。
あの容貌で、頻繁に来るくせに私が寝てる時にしか来ないもんだから、「眠り姫の王子様」などと、看護士さん達の間ですっかり有名になってることを本人は知ってるのだろうか?
「それがさー、多分気付いてるんだよ。私のこと。私とも顔会わさないもん」
病室で私の洗濯物をカバンにつめながら、佐喜ねえが言った。
入院当初はお母さんとお父さん、更には結婚して家を出てる兄ちゃんまでやってきてたけど、今は佐喜ねえだけが、私のマンションに泊まって世話してくれてる。
「ん?じゃあ佐喜ねえ、成悟さんの顔見てないの?」
「見てない。でも、お父さんとお母さんは成悟さんに挨拶されたって」
「!!っつ!!」
ビックリして突然動いたら、脇腹が痛かった。
「そりゃそうよ。だってアンタ刺された時、二人して血まみれになって救急車乗って、最初にお母さんが駆けつけるまで、自分の怪我そっちのけでずっと付いててくれてたらしいし……」
冷静に考えればそうだった。
ずっと意識のなかった私の代わりに、警察や守谷さんの御両親とかの対応を、全て成悟さんがやってくれていた。
もちろん、意識が戻ってから私にも警察からの事情聴取があったけど、ほとんど向こうが知ってることの確認だったし。
結局、守谷さんは逮捕されたそうだ。
私を刺したこともそうだけど、その前に捕まっていた昌也さんの仲間が、守谷さんのことを喋っていたようで、そちらから調査してる最中だったらしい。
槙教授が、知り合いの弁護士さんを紹介してくれて、全て弁護士さんを通して対応してもらうようにした。守谷さんの御両親が、お見舞いと謝罪に来た時も弁護士さんから、会わないと伝えてもらった。
成悟さんの所にも行ったのだろうか?
「会いたい?」
不意に佐喜ねえに聞かれた。
「……。会いたい……」
素直に言ったら、穏やかな顔で笑われた。
「実は、忍ちゃん……だっけ?ユリウスに、葉山先生と連絡取りたいんだけど、ってお願いしてるの」
「えっ」
「私もそろそろ地元帰って準備しなきゃだし、アンタのこと、葉山先生におまかせしたいなー、と思って」
「おまかせって……」
不意に真面目な顔になった佐喜ねえが言った。
「前世、分かってて成悟さんに会いたいんでしょう?」
元嫁の言葉は重いなぁ……。
「うん」
でも、今は迷わず言える。
会いたい。
成悟さんが、私と会わないように逃げるというなら、今度は私が追いかけてやる。
今のリハビリのモチベーションは、もっぱらそれだった。




