4:人違いかストーカーか
「ああ……、やっと会えた……。えーと、先日は本当にごめんね。あんな突然……、困らせたよね……?」
ションボリしおらしくしていても、この人のキラキラしい雰囲気は薄れていない。
その証拠に、廊下で立ちすくむ私と対面している葉山先生との二人を、通りすぎる人達が見ていく。
あのハーブガーデンから、なるべく葉山先生に会わないように、会わないように、と大学内を慎重に移動していたのに、とうとう見つかってしまった。
「あの……。多分……っていうか絶対どなたかとお間違えなので、よく確認して頂けますか……?」
どうせ会ってしまったので、思いきって言った。ストーカー説も捨てきれないけど、ストーカーにストーカーですか?とも聞けない。
葉山先生は、ちょっとビックリ顔した後、フワリと柔らかく微笑んだ。
「いや、間違えてないよ。関口 多喜さん。あなたをずっと探してたんだ」
その微笑みだけで、顔が赤くなる。
イケメンの微笑ヤバイー!
田舎暮らしにこんな美形はいなかったから、慣れてなくてクラクラしてきた。
ん?ずっと探してた?
ついっと伸びてきた手が、私の頬に触れた。まただ。違和感とか嫌悪感がないから、つい逃げ遅れてしまう。
「うん……、あんまり変わってないから……。おかげで一目見てすぐにわかったよ。やっぱり、かわいい……」
「……絶対、人ちがいですぅ~!」
地元にいた時に彼氏がいたこともあったけど、こんなに甘い雰囲気と、壊れものを触るかのように優しく触れられたことなんてない。
でも、「ずっと」とか「変わってない」とか、見に覚えがなさすぎて、居たたまれない。
撫でられてる頬が熱い。
ハッと我に帰れば遠巻きに見ている女子達が、ザワザワしだしていた。
「あの、次の授業に遅れるので失礼します!」
一歩後ずさって、先生の顔も見ずに駆け出した。
「あっ、廊下は走ったらダメだよー!また、後でね」
と聞こえてきた。
後でね?
次の授業の講師が急に体調を崩したらしく、代理で来たのは、ニコニコしながら教室に入ってきた葉山先生だった。
*****
入学式であんなことがあった後、大学の教員一覧で葉山という名前を探した。
葉山 成悟 26歳
文学部 史学科 西洋史 助手
よりにもよって、私と同じく文学部だし、取りたいと思っていた西洋史が専門だった。でも、助手だから確か授業は持てなかったはず……。
せっかく学ぶために来たのに、先生が理由で授業を取れないのも、悔しい。
そう思って、結局、西洋史を選んだ。
幸い、今まで教授や助教授の授業だったのに、とうとう葉山先生が来てしまった。
*****
っていうか、助手なのになんで来た?
こういう場合、普通休講でしょ。
「えー、本来なら休講と連絡する所ですが、急なことだったので、皆さんにお伝えすることが出来ず、今日はここで自習してもいいし、帰ってもらってもいいです。僕でよければ質問も受けつけます」
ちょっと低めで、穏やかでよく通る声。
葉山先生が喋ってるだけで、女生徒がほわーんってなってる。
そんな女の子達の熱い目線が見えてないのか、先生の目線はガッツリこっちを見ている……。
あわてて、目線を反らす。
「忍ちゃん、どうする?外、行く?」
小声で隣の忍ちゃんに確認する。こっちを見た忍ちゃんは、お人形さんの笑顔でニッコリ笑った後「無理じゃね?」と言った。顔とセリフが噛み合ってないよ。
「関口さんは、何か質問はないのかな?」
気づけば私の座ってるすぐ隣に、ニコニコした葉山先生が立っていた。
「ひぃっ!」
思わず変な声が出た。
周りの女子の目線が痛い。
「と……、特にありません!」
さっと、忍ちゃんの方ににじりよったら、葉山先生の目がすぅっと細められた。
「葉山センセ、多喜ちゃんを怖がらせるの、やめてもらっていいですかー?」
忍ちゃんが私の肩をぐいっと引き寄せながら言った。何故だか、言い方が棒読み。
「多喜……ちゃん?」
驚愕の顔して突っ込むとこ、そこ?
「下の名前呼んでるなんて、ズルい。羨ましい」
さっきまでのニコニコ顔から一転、冷気を纏ったかのような無表情で、忍ちゃんに向かった先生は別人のようだった。しかも変なこと言ってる自覚あるのかな?
なのに忍ちゃんはそんな先生のことなんて気にしてない。
「センセ、何言ってんのかワカリマセンー。それより後ろに質問したい生徒がウズウズしてますよ?」
先生の後ろには数人の女子がノートや教科書を持って、わらわら集まってきてる。
「葉山先生ー。こっちで質問していいですかぁ?」
先生の腕を、キレイ目な女の子がぐいっと引っ張った。なのに、葉山先生の目線はまだ私を見ている。
「忍ちゃん、行こう」
それを見ないようにして、忍ちゃんをグイグイ引っ張って教室を出た。