39: 暗転
「養子……?」
「イリヤは病弱でね……。子を成せる体ではなかった」
ジークハルトの顔のまま、昔を懐かしむような切ない表情で呟く成悟さんを見ると、心臓がチクンと痛い。
伯爵家として跡取りは重要で、最初は病弱な婚約者を反対もされたりしたらしい。
イリヤ妃はしきりとジークに謝っていたらしい。そして、養子を取ることを2人で決める。
そうして領地内の中でも特に貧しい孤児院から、まだ赤ちゃんだったローザを引き取った。
「ん?でも、跡取りが必要なのになんで女の子……」
言いかけて、自分で気づいた。
そうか……、私だったから―――
「そんな……、お嬢様が……孤児だった……なんて……」
すっかり侍女に戻ってる守谷さんが、呆然としてる。
「昔から仕えてる者達には周知の事実だ。確か、マリーはローザが五才頃に雇ったから、知らなかったのだろう?」
「っていうか!それ、先に言ってくれてれば、私あんなに悩まなかったじゃん!!」
隣の成悟さんの腕を掴んだ。
「……っ、そ、そうなんだけど……」
あ、顔が成悟さんに戻った。
でも、こちらを見た顔はなんだか怯えてるような……。
「……ごめん……。多喜が……、俺のことどれだけ執着してくれるか……試してた……」
「……は?」
何を言っているのか、わからない。
成悟さんを見れば、益々渋い顔になってる。
「……あの……、本当に、ゴメン……なさい……」
つまり、たとえ前世が親子でも、付き合うと決断してくれるなら、それだけ私が成悟さんを好いてる、という証拠になる、と思ったってこと?
確かに……、覚えてない私の気持ちの確証を得たかったのは、わかる。
でも、だからって……。だからって!
視線を成悟さんから、守谷さんに移した。
すっかりあの強気な態度がなりを潜めている。
「守谷さん?もう、私達に関わらないでもらえます?」
怯えた猫みたいに、守谷さんがビクッとなった。
「あの、あの、でも……、前世のことを覚えてるのは本当ですし……、ずっと覚えている誰かを探していたのも本当で……、できれば……、他の、ユリウス様やダリウス様とも……お話し……」
ここまで喋って、私が無言で見つめていることに気付いた彼女は、黙った。
「じゃあ、これで。失礼します」
言い捨てて、立ち上がって伝票を掴んだ。
そのままさっさとラウンジを出ようとしたら、案の定成悟さんに引き留められた。
「多喜っ……!」
必死な顔して私の腕をつかみ、速度を緩めない私の隣に来たので、思いっきりそっぽを向いてやる。
「……多喜……、ゴメン」
伝票とお札をレジカウンターに置いて、そのままホテルの出口に向かう。
「お客様!おつりを……」
店員さんが呼び止めてるけどシカト。成悟さんが振り返ってるけど、知るか!
「多喜、待って」
つかまれてた腕を振りほどく。
すごいショックを受けた顔になったけど、私だってショックだったんたからね!
ヤバい。
感情が高ぶり過ぎて涙が出てきた……。
「……っ、多喜……。ゴメン!」
ギっと涙目で睨んでやったら、怯んだ。
「何にも言いたくない!」
「……って、言ってるじゃん……」
無神経なツッコミに腹パン入れてやった。
……つもりだったのに、その腕を寸止めで捕まれて引き寄せられた。
強い力で抱きしめられてる。
ホテル出て、すぐの歩道だから周りからメチャクチャ見られてるのは分かってるんだけど、抜け出せない。
「……っ!」
ジタバタしてるのに、なんか人通りのない方へ移動してる気がする。
力いっぱい抵抗してるつもりなのに、全然動じてもないのが悔しい。
「多喜、泣かないで……」
頭と腰をガッチリ押さえられてて、顔すら上げられない。
「泣か、せてるのは、っく……、誰、よっ……」
あの時、本気で悩んでた私が馬鹿みたい。
「私、あの時っ……、覚悟、したつもりだった」
「えっ……」
成悟さんの力が緩んで、二人の間にちょっと空間が出来た。でも、顔を上げられない。
「最初に付き合うって、なった時。成悟さんが私に言ってないことがあるのはわかってたじゃん。知りたいから、もっと教えてって言った」
気付けばいつの間にか、ホテルの横の細い脇道にいた。
「何にも思ってない人のこと、知りたいなんて思わないよ。……、私、そんなに及び腰に見えた?」
いつものあたたかい手が頬に触れる。片方は包帯のザラリとした感触。
「本当にごめん。俺のエゴだった……。やっぱり、どうしても俺ばっかり求めてるような気がして……、今までのこともあったし……、疑心暗鬼になってた……」
成悟さんが珍しく、歯切れの悪い困惑した顔をしている。
「……もう……、ない?」
「えっ……」
「もう、私に言ってないこと、ない?」
顔を上げて、成悟さんを見上げた。
「えっ……と、多喜の知らない俺もまだいると思うけど、故意に黙ってることはもうない……よ」
耳が垂れて反省してる犬みたいな表情してる。
成悟さんのシャツの襟を掴んで引っ張る。
ちょっと前のめりになった成悟さんに口づけた。
ビックリ顔の成悟さんが、ふにゃりと柔らかく笑った。
その後からの記憶が曖昧。
私の名前を、やたらと連呼する成悟さんの声が遠くに聞こえる中、なぜか左の脇腹が暑い。
暑い?
どっちかっていうと、「熱い」のかも。
なんでかな?
成悟さんに抱きしめられてたのに、今度はすごく寒くなってきた。
成悟さん……
寒いの……
もっと……
「あんたなんか、死ねばいい!」
漆黒の空間に放り出される直前に、守谷さんのやたらハッキリとした呪詛みたいな言葉が頭の中に届いた。




