38: 私の知らない話 6
ドアの外が、どすんガタンと何か騒がしくなった。
美術科では大きな作品を作る人も多くて、常に木材やらパネルやらデカイものを移動させたりするので、多少の騒音は慣れたものだった。
けど、俺の耳は聞き逃さなかった。
「ゆうやっ……!」
切羽詰まった忍の声。
すぐさまドアを開けたら、廊下の突き当たりにある非常ドアが閉まる寸前だった。
忍と関口さんがいない。
最初、なにが起こったかわからなかった。
「忍……?」
一歩踏み出した所で、頭にものすごい衝撃が来た。あの時見上げた忍の困った照れ顔を思い出して、意識が切れた。
気づいた時は、頭がズキズキしていた。意識は戻ったけど、クラクラして状況がよく把握出来ない。
でも、少し離れた所にいた忍を見て、急に覚醒した。
「……っ、しの……ぶ?」
目の前には、パイプ椅子に座って、更に縛られてる忍がいた。
「なんっ……だ、コレは」
なんだ、これ?何がおきてる?
部屋には男が数人いて、忍の向こうには関口さんも同じように椅子に縛られていた。
「あーあ、起きちゃった」
頭上から声がした、と思ったらどすんと誰かが背中に乗った。
「うぐっ……」
ズキズキしてる頭に響く。
4人いる男達のうち、1人に見覚えがあった。
「……昌也か?オマエ、昌也とつるんでたよな?」
関口さんの近くにいる奴を、何度か昌也と一緒にいる所を見たことがあった。しかも、あまり良くない仲間も一緒に……。
「カルそうに見えて意外と見てたんだな」
そいつが鼻で笑った。
「……。アイツが、変なことしてるの、知ってたしな……」
それまで考えては打ち消してきた、一番嫌な状況になったと確信した。
「忍、関口さん、大丈夫?」
2人をまきこんでしまった、と今さら後悔しても遅い。
「侑哉こそっ、どっか怪我してるんじゃないの?」
忍が椅子ごと俺の方へ向いた。
「こら、動くなよ」
後にいたメガネが忍の肩を押さえた。
「……触るな」
自分でも思ったより低い声が出た。
忍の華奢な肩に置かれた手を、今すぐ払い除けたい。
「お?そういうこと?」
メガネが嫌な感じにニヤリと笑って、忍を背後から抱き締めた。
「ひっ……!」
メガネの顔が忍の首筋に近づいて、ペロリと舐めた。
一瞬で頭に血が登って身体中に力が入る。
上に乗ってるやつが、髪を後に引っ張って、わざと見せつけるようにした。
「やめろ!彼女達は関係ないだろ、解放しろ!」
足も手も縛られてて身動きが取れないけど、ジタバタともがく。手元でパキっと音がしたが、次のメガネの言動でどうでもよくなった。
「そういうわけにもいかないんだな。美少女にも頼まれて……な」
首に巻かれてた手が下の方へ下がっていく。
薄着……ってほどでもないけど、襟ぐりが広めの今日の忍の服にその手がすべり込む。
「や……、やだっ!やめて!!」
思いっきり背筋を使って、乗っかってるやつの顔面に後頭部を打ち付けた。
「うがっ……」
とか呻いたが、そこまでダメージを与えられてない。でも、怯んだ隙に背中から振り落としてやった。
さっきから足の拘束は緩んできてる。がむしゃらに動かしつつ、背中から落ちた小太りを蹴る。
「こいつっ……」
「忍!」
顔を上げて忍を見たら、羞恥と屈辱からか顔を真っ赤にして泣いている。
頭に血が登り過ぎて、その後のことがうろ覚えだった。
恐ろしく底冷えのするオーラを纏った葉山先生が来て、あっという間に場を制圧した。
拘束を解かれた忍が、自分のことより俺の手をずっと気にしていた。
忍が「侑哉、指……、指が……」と泣きながら言うまで、俺は自分の親指が折れてることにも気付いてなかった。
そして、昌也は……、もう俺の友人だった昌也ではなかった……。
*****
「ちょっと!侑哉、休みだからってずーっと寝てるのやめて」
寝てる、というかベットの上でぼーっとしてただけなんだけどな。
両手の親指が使えない、というだけで生活がこんなにも不便になろうとは。
大学もしばらく行けないなら、実家に帰ろうかと思っていたら、忍がサポートしてくれる、と言い出した。
で、今は俺が退いた後の布団を干すべく、シーツなどをひっぺがしてる。
奥さん?奥さんなのか?
あの時のことがトラウマで、男性と接したくないんじゃないかと心配していたら、違った。
見舞いだの、警察とのやりとりだの、なんだかんだ口実を付けては俺に会いたがるのを、最初は俺を心配してくれてるのかと喜んだが、どうやら違ったらしい。
まあ、心配もしてくれてるようだが、俺といないと安心出来ないようだった。
病院で、診察が終わって待合室に戻って忍を見ると、あからさまにホッとした顔をする。
前は俺が触ると怒られたり逃げられたりしてたのが、一緒に歩いてるといつの間にか俺の服の裾をつかんでたり、そっと腕に手を添えたりしてくる。
それに気付く度、顔がニヤケそうになるのを堪えるのが大変だった。
逆に、ふいに俺が離れて姿を見失うと、ものすごい不安そうな顔になる。
「忍」
狭いベランダにぎゅうぎゅうに布団を出している後ろ姿に声をかけた。
「ん?」
振り返って不思議そうな顔をした忍に、包帯でぐるぐる巻きの両手を広げて「ん」と言った。
意味を理解したら、真っ赤になった。ちょっと躊躇した後、おずおずと近づいてきて、ポスンと俺の胸板にくっついた。
これまで、どっちかっていうと素っ気ない態度だったのに急にデレて来るの、ヤバい。
ナニコレ?可愛すぎる。はまりそう。
「ダリウスはさ、すごく真面目な奴で、身分とか家柄とかいろんなしがらみがあったのを、真摯に受け止めた上で自分を律してる奴だったんだよ。俺はそれがよくわかってたから、今世がわりと自由に生きられる環境だとわかった時に、自分のしたいことをやろう、って決めた」
「……そう」
腕の中の忍の反応があまりないのが怖かったが、続けた。
「だから、忍がユリウスだと分かっても、好きになるのを遠慮するつもりはない」
手のひらで背中を包めないのが、もどかしい。その代わり腕で囲いこんで、いい香りの首に唇をつけた。
「……、ん?え?ユリウスだと分かっても?」
疑問の方が先立って、俺が不埒なことをしてることに気付いてない。
「待って。待って、侑哉はいつ私の存在を認識したの?でもって、いつユリウスだと気付いたの?」
「……秘密」
耳元で、わざと声色を落として囁けば、簡単に赤くなる。本人はわかっているのたろうか?一見ひねくれてるように見えて、その単純で純粋で、真っ直ぐな所はユリウスと変わってないことに。
「ね?忍、俺と付き合って?」
かつて親友だった、今愛してる彼女に囁く。
「……その、秘密を教えてくれるなら、彼女になってあげる」
真っ赤になりながら、睨んでくるのは照れ隠し。
入学式で、葉山先生と関口さんがすったもんだしてる時、講堂から出てくる忍に一目惚れしたことは、まだ秘密にしておこう。




