37: 君が誰だか
「まあ!どうなさったの!?」
ちょっと遅れてきた彼女は、成悟さんの右手を見るなり、顔を青くして叫んだ。
多分、これは本当に成悟さんが怪我をしたことを知らなかったんだな。
土曜日の学校のない日の昼間、ホテルのラウンジに守谷さんを呼び出した。
なるべく公の場で対峙したかったから。
私と成悟さんと三人で、窓際の明るい席に座った。さっきの叫びでちょっと注目されたけど、他のお客さんはまた元の喧騒に戻っていく。
「先日、多喜が暴漢に襲われてね……。これは名誉の負傷」
成悟さんが包帯でぐるぐる巻きの右手を軽く上げた。
「利き手じゃご不便でしょう?何かお手伝い出来ることが……」
「いえ、結構です」
成悟さんが被せて言った。
「どうやって知り合ったの?」
私の質問に、彼女はおっとり首を傾げた。
「あの5人は捕まったよ。私はあなたのことを警察には言ってない。けど、捕まったあの人達があなたのことを言うかどうかはわからない」
じっと目を見て話すと、彼女の瞳がわずかに揺れた。
あの時、暴漢4人は高坂先輩のことを「関係ない」と言った。多分、あれは嘘。最初からメインのターゲットは高坂先輩だった。実際、その隙に昌也さんに作品を壊されてたし。
でも、その後にポロリとこぼした「美少女に頼まれた」は本当。そっちは私がターゲットだったのだ。
どうやって繋がったのかはわからないけど、昌也さんと守谷さんの利害が一致してああなったんだと思う。
そして、守谷さんは依頼しただけで、自分は安全な所にいて、何も手を汚していない。
あれからずっとモヤモヤしてたのは、そこが気に入らなかったからだ。
それを今、目の前の彼女にぶつけても、はぐらかそうとしてる。
「君が誰だか、わかったよ」
成悟さんが静かに言った。
ローザではないことは聞いたけど、誰だかまでは私も聞いてない。
「何を言ってるの?お父様」
「じゃあ、質問するね。君と初めて会ったのはどこかな?」
「…………」
守谷さんが止まった。
娘……、だとしたら、「初めて会った」という言い方は変。
聞いてると、西洋文化な世界だから、出産は自宅?あ、お屋敷?
「私は……、ローザはお母様の故郷、カラナイのお屋敷で産まれたと聞きましたわ……」
落ち着いた、まるで嘘なんてついてないかのように普通に話し出した。
「すごい難産で、お母様は3日苦しんだと……」
「もういいよ」
成悟さんがまたもや会話をぶった切った。
「ローザになって、どうしたかったの?」
これっぽっちも守谷さんの話を信じてない成悟さんの言葉に、守谷さんが動揺した。
「違う……、違います!私がローザよ!」
それまで冷静だった彼女が、崩れた。
「そこまでして、俺の側にいたかったの?」
「私、こんなに見た目も前世とソックリで、私がローザに決まってます!」
「俺の隣は、多喜以外いらない」
「……っ!」
「屋敷にいるときも、常に私を見ていたな。マリー?」
成悟さんの雰囲気が、突然ガラリと変わった。
忍ちゃんもたまにユリウスの雰囲気で話すことがあったから、これがジークハルト・コールドウェル伯爵だとすぐに分かった。
けど、いつもの成悟さんと違いすぎてドキドキしてしまった。
「ま、マリーって?」
「コールドウェル家の侍女だよ。ローザ付きのね」
槙教授の、王様の重厚な威厳とも違う。
凛とした中に、人の上に立つ品位ある貫禄をまとって話す成悟さんは、そのキレイな顔と相まって、貴族と言われても通じそうだった。
いや、実際前世はそうだったんだもんね。
などと見惚れていたら、守谷さんがブルブル震えていた。
「ごっ……、ご主人様……」
わあ!現代において「ご主人様」って単語はなかなかに怪しいことを連想させるぞ、とちょっとヒヤっとしたのは私だけだったようで、成悟さんはジークハルトのまま言った。
「私を謀ろうとしたのか?」
「ち、違います!だって、だって成長するにつれ、お嬢様に似てくる自分は、中身はそのままで見た目だけお嬢様の生まれ変わりなのだと……」
「違うな。お前は自らローザの真似をして、ローザになろうとしてたんだ」
愕然として、守谷さんが黙った。
そうか、ローザの侍女ならローザのことに詳しい。お嬢様が出かける時には一緒に着いていき、存在を消しつつも常に全ての行動を見ていた人物……。
「成悟さん?初めて会ったのはって?」
さっきの質問の意味がわからない。マリーとの出会い?
ゆっくりこちらを向いた成悟さんは、ジークハルトとしての顔で言った。
「ローザは養子なんだ」
「「えっ……!」」
私と守谷さんと2人で驚いた。




