35: 動揺
ドガン!と聞いたこともないような破壊音と共に、白衣と赤毛が丸まったモノが部屋に転がってきた。
全員音がした出入口を凝視する。
その出入口にいたはずの男は、破壊されたドアの下敷きになって、ピクリとも動かない。
丸まった白衣は赤毛からして昌也さんだと思うんだけど、こちらも放り投げられて倒れてから動かない。
その、ぱかりと開いたドアだった空間から、ユラリと現れたのは成悟さんだった。
「ジーク!暴走するなって言っただろう」
後からヒョコっと出てきたのは、槙教授。
よく見ると、成悟さんは着崩れたスーツに、なぜか角材を持ってる……。
そして、表情は無表情で、怒ってる時や凄んでる時に出してた黒いオーラがない。
かわりに、近づいたら感電しそうな張り詰めた青い空気をまとって、ゆっくり部屋の中に入ってきた。
「ヒッ……!」
私を掴んでた手が離れて、チャラ男が後ずさった。
「君達、今警察を呼んだから動かないように。って、動けないと思うけどねぇ……」
槙教授がこの場の空気にそぐわない、妙にのほほんとした言い方で言った。
ゆっくり近づいてくる成悟さんは、私の前に来ても無表情のままだった。
しゃがんで、私の拘束されてる手足を順番にほどいてくれる。まだ、手足がガクガクしてる。
その隙をついて、小太りが走って出入口に向かった。
とたんに私の視界には宙を舞う角材がうつった。
舞う?は、正しくない。
走り出した小太りの顔面の前を、ヒッゴッという角材が出すような音じゃない音を出して横切った。元ドアの横の壁に当たり、木っ端を散らしながら跳ね返る。
「ひいっ!」
と叫んで、小太りは跳ね返った角材を避けたつもりだったようだが、見事に脇腹に当たってる。致命傷、ってほどでもなさそうだが、しゃがみこんで「う、うう……」とか呟いてるのは結構痛かったのかも。
しかし、目の前にいたのに、成悟さんが投げたのが、見えなかった。しかも今、私の方しか見てなかったよね……。
気づけば、槙教授が忍ちゃんの拘束を解いて、高坂先輩を助け起こしていた。
遠くからサイレンが聞こえる。
「……つ、ゲホっ!……ゲホっ」
赤毛がもそりと動いた。
でも、誰も彼を見てない。
成悟さんは震える私の手を、ゆっくりいたわるようにさすってくれてるし、忍ちゃんは高坂先輩の拘束がほどけた手を持って「侑哉……、指、指が……」と泣いてる。
槙教授は、成悟さんの威圧でもう抵抗しなくなった4人を壁際に座らせて、1人1人から名前を聞き出してる。
「……なんだ、失敗かよ。使えねー……」
昌也さんがボソリと呟いた。
「……昌也!いくらなんでもこれはやりすぎだ!」
高坂先輩が声を荒げた。
「クックッ……、失敗でもねーか。侑哉の作品、ぐちゃぐちゃにしてやったぜ?」
「!!」
高坂先輩が愕然とした。
「オマエっ……」
あの、誰にも見せてないって言ってたやつ?
「いつも余裕なお前が、焦るとこ、見たかった……。何でも苦労せずこなして、達観すらしてるようで、ムカついたんだよっ」
最初に見た、無邪気そうな笑顔なんか微塵も感じさせない歪んだ顔で昌也さんは言った。
廊下からドカドカと数人の足音が聞こえる。
あっという間に警察官が数人入ってきて、現状を把握していった。
槙教授が警察官に詳細を説明してる間に、男性4人と昌也さんが他の警察官に連れ出されて行く。
高坂先輩の指は折れてしまったらしく、縛られてただけだけど、私と忍ちゃんも病院に行くことになって救急車を呼ばれた。
*****
病院につくと、最初に高坂先輩が診察に行った。
私と忍ちゃん、付き添いできてくれた成悟さんと、女性警察官が1人、事情が事情だからか待合室とかでなく使っていない診察室で待たされた。
その間、ずっと成悟さんは無言のまま。
「成悟さん」
もうだいぶ手も足も震えが収まったけど、ずっと成悟さんが繋いだままさすってくれてる。
「成悟さんっ……」
最初に部屋に入ってきた時の、ビリビリした空気はもうまとってない。けど、無表情のまま、私の手をさすり続けてる成悟さんからは、何も感じられなくて空洞のようだった。
「私、大丈夫だよ。縛られただけで、何もなかったよ。成悟さんが助けてくれたんだよ」
忍ちゃんも成悟さんの異変に気付いたのか、「兄さん?」と声をかけてくれた。
「なんか、こういうこと、前にもあった……気がする」
忍ちゃんがそう言い出した。
「ユリウスがまだ寄宿学校に行ってた時だから、あんまりハッキリ思い出せないんだけど……」
ローザが小さい時に街で迷子になったことがあるらしい。領地から来ていた親戚の子供が城下町を見たい、というので、普段城下町にはあまり行かないローザと共に出掛けた。兄さんは仕事で一緒ではなかったが、叔父はもちろん、侍女やら従者やら大人は沢山いたのに、ローザがいなくなってしまった。
連絡を受けて急いで城から帰ってきた兄さんと、たまたま帰省して屋敷に到着したばかりのユリウスも加わって捜索した。結局、親切な露店の主人が保護してくれていたのだが、見つかった時、きょとんとしてるローザよりも兄さんの動揺の方が凄かった。
その後、しばらく兄さんは片時もローザを離せなくなってしまった。
「あの時と、似てる」
「この、放心状態が?」
2人で成悟さんを見るも、目線が合わない。でも、私の手を離そうとしない。
そのうち忍ちゃんが診察に呼ばれて、部屋を出て行った。
沈黙の中、ふと気付いた。
「成悟さん……。もしかしてこれ、折れてない?」
ずっと無表情で、普通に動かしてたから気付かなかったけど、よく見たら成悟さんの右手の手の甲や指が腫れてる。
部屋に入ってきてからは右手を怪我するようなことはしてない。と、言うことは部屋に入る前――、多分、昌也さんを捕まえる時にやったんだろう。
「……バカ」
ここにきて、やっと私の涙腺が機能しだした。
ボタボタと、成悟さんと繋いでるお互いの手に涙が落ちていく。
それを見た成悟さんが、ピクリと反応した。
「……多喜……。泣かないで……」




