33: 起
「ね?大人しくしててくれれば痛い思いしなくてすむよ?」
出入口のドアの前に立つ小太りの男が、気持ち悪い笑顔で言った。
「すごい、こんなかわいい子2人を好きにしていいなんて……ね」
窓際に立つ、茶髪がパサパサしてそうなチャラそうな人がカーテンを閉めた。
埃っぽいガランとした部屋は、かつてどこかのサークルの部室として使っていたようで、壁際の棚には段ボールや本、なんだかよくわからないモノがグレーの埃のベールを被ったまま置いてある。
「ゆ……、高坂先輩はどうしたのよ!?」
忍ちゃんの声が震えてる。
「ああ、あのイケメン?まあ、今回は関係なかったんだけど、いつも女子を侍らせて目障りだったんで丁度良かった」
室内にはあと2人いて、クスクス笑ってる。
そのうちの1人が、隣の物置みたいな部屋からズルリと高坂先輩を引っ張ってきた。
「……!!」
私と忍ちゃんは2人で息を飲んだ。
そのままゴロンと転がされた先輩は意識がなく、着ていた白衣が所々赤くなってる。どこからか血を流してるようで、転がった後に血が擦れて床についた。
手は親指を結束バンドで縛られ、足もガムテープでグルグル巻きにされている。
「なんて……ことを……!」
恐いよりも怒りが先に来た。
「あらら、人のこと心配してる場合?」
そう言ってチャラ男にグイっと顎を捕まれた。
なんでこんなことになったのか―――
フワフワした髪をなびかせた、可愛らしいタレ目の彼女が頭を過った。
*****
ここ数日忙しい成悟さんは、大学に遅くまで居残ってお仕事していくことが増えて、平日はたまに大学内でスレ違うくらいでちゃんと会えてなかった。
警戒していたわけでもなかったけど、帰りは忍ちゃんと、忍ちゃんにくっついてくる高坂先輩と三人でいることが多かった。
「多喜ちゃん、侑哉……、………………た、高坂先輩から美術科に来て、とかいうメールが来たんだけど」
その日の帰り際、いつも高坂先輩が私達のいる場所に現れるけど、今日は授業が長引いたのか珍しく呼び出された。
「忍ちゃん、もういいから「侑哉」で」
どうやら2人でいるときは名前呼びが普通になってるようだった。でも、私の前ではまだ照れちゃうのか一生懸命直そうとする。
私が呆れて言うと、顔を真っ赤にしてる。かわいい。
とりあえず、2人で美術科方面に向かって歩き出した。
「あとさ、気づいてるかな?高坂先輩って、他の女子に名前呼びされてるけど、高坂先輩が名前呼びしてるのって、忍ちゃんだけだよ?」
「えっ!そ、そうだっけ?」
気づいてなかったな。
気さくで、軽いノリですぐ距離が近くなる高坂先輩だけど、私も他の子も下の名前で呼ばれたのを聞いたことない。
「結局、忍ちゃんと高坂先輩はどうなったの?付き合ってるの?」
なんだかんだよく一緒にいるようになったけど、まだくっついた感じはしないんだよな、と思いつつ聞いてみた。
「何言ってるの!?付き合ってない!!」
うーん、忍ちゃん、これはいわゆるツンデレってやつ……。
「最近、高坂先輩、忍ちゃん以外の女子と一緒にいたりしてないよ」
「それは……、気づいてる……」
そりゃ、あれだけこっちに来てたら、他の女子と遊んでる隙ないよね。
「……。実は……、あのあと、告られた……」
ボソリと呟いた。
「ほおお!高坂先輩!」
多分、あの廊下で高坂先輩は自覚したんだと私は予想してるんだけど、その直後にってなかなかにスピーディー。
「しーのぶー!」
なんて会話してたら、美術科の棟の上の方から声がした。
見上げれば、三階の窓から顔を除かせた高坂先輩が手を振ってる。
「今、下行く」
そう言って顔が引っ込んだ。
忍ちゃんを見ると、メチャ恥ずかしがってる。
それもそうだろう。だって、私達がいる周りには、美術科の生徒と思われる人がまあまあ通行してて、今のを完全に見られていた。
中には女子同士かたまってヒソヒソ話してる人もいる。
私も身に覚えがあるソレ。
そういや高坂先輩と2回目会った時、複数の女子に追いかけられてたもんなぁ……。
「わー、君が「忍」ちゃん?」
建物の入口付近で待っていたら、白衣を着た髪の毛が真っ赤な可愛らしい男の子に話しかけられた。
白衣を着ててもいかにも、美術専攻!って感じのあか抜けた彼は、忍ちゃんをじーっと見て、ニカリと笑った。
「やー、いつも女子に追いかけられてる侑哉が、逆に追いかけるなんて初めてだからさー。どんな子かと思ってたら、メチャかわいいじゃん!!」
忍ちゃんが真っ赤になって固まってるうちに、聞いた。
「あの……、高坂先輩って来るもの拒まず、ってやつ?」
「ん?そうだなぁ……。侑哉の名誉のために言うと、アイツから女子に言い寄ったりはしてないよ。ただ、来るもの……はねつけず?来るもの、来まくり?だから、今みたいに1人の子を追っかけてるのって……、ふごおっ!」
会話の途中で、赤毛に横からチョップが落ちてきた。




