31: 私の知らない話 5
「……っ、や!……ん……んう……やめっ」
手が、大きくて耳元と首筋とを一緒に捕まれてる。両方。
肩を押しても、胸板を叩いてもビクともしない。いっそ腹にパンチか、急所を膝蹴りかと思ってたら、急にキスが止んだ。
「はっ……、はぁ……は……」
息も出来ないくらいのキスなんて、初心者にはハードルが高すぎる。
ドアの外から数人の話し声が聞こえる。
高坂先輩は息が整わない私を腕の中に抱き込み、何人かが通りすぎるのを待った。
廊下での遭遇から、多喜ちゃんが去った後、腕を捕まれたままグイグイと近くの準備室に連れ込まれた。
とたん、襲われたのだ。
「忍……、もしかして、初めてだった?」
静かになってから、そっと聞かれた。
やらかした後に聞くな!!
キッと睨んで、平手打ちしようとしたらあっさり腕を捕まれた。
「2度もくらうかよ」
つかんだ手の平にキスされた。
「やめて、ホントやめて!」
自分の顔が真っ赤になってることは、わかってる。だって、熱い。
「なあ、あれ誰だったんだよ?キス初めてってことは、彼氏じゃないんだろ?」
意外としつこい!
腕を振りほどいてドアに向かおうとしたら、ものすごい早さで腕が目の前を遮った。
「逃げんな」
完全なる完璧な壁ドン。
でも、この身長差だと腕の下から抜けられる……、と思ってたら長い脚が手前に出てて、それにつまづいた。
「あぶねっ……!」
前につんのめった私の腰を高坂先輩がしっかりと抱えてくれた。2人で「はー……」と息をはいた。
「あ、ありがと……」
本気で顔面からいきそうだったから、ついお礼を言ってしまった。
「忍、好きだ」
背後から捕まれた状態で、耳元で言われた。
この、手慣れた感じがムカつく。
そもそも告る前にキスする!?
「嫌、やだ。離して」
ジタバタともがいてるのに、腰に絡む腕はいっそうガッチリ固まって、逃れられない。
「それ、返事になってない」
髪をぐいっと引っ張られて、無理矢理上を向かされた。
女子になんてことするのよーっ!と叫ぼうにも、ガブリと上から被さってくる口に塞がれた。
傍若無人に人の口を貪る姿を薄目で見たら、ものすごい色気を放った猛獣みたいだった。
「んんーっ!……ぁっ、う……、ダリ、ウス……やだっ……」
「ダリウスじゃねぇ。侑哉だ」
なにこれ。神業?喋りながらキスしてるぞ?
「っ……、や……」
「侑哉、って、呼べよ」
「んん……、やだ、って……」
「……侑哉」
「……っ」
キスしなから、壁際に追いやられてもう背中は壁に当たってる。いつの間にか両手は両手に捕まれて、キスを避けようと顔を背けても、その熱を持った目が、色っぽい薄い唇が追ってくる。
頭がクラクラしてきた。
息がうまく出来ない酸欠か、この猛烈なキスに酔ってるのか、もうわからない。
狭い準備室に、息づかいとキスのやらしい音だけがする。
しかも足がガクガクしてきた。
こんだけ嫌だって言ってるのに、ずっとキスを止めてくれない。
「……っふ……、やぁ……もう……ん、んん……やめて……」
もう、泣きそう。っていうか、泣いてる。
余計に息が苦しいのに、高坂先輩はまだ止めてくれない。
「……ゆ、ゆう、や……も、やめて……」
息も絶え絶えに言ったら、やっと止まった。
そのままズルズルとその場に座り込んでしまった。高坂先輩を見上げれば、酩酊してるような潤んだ瞳で私を見下ろして、口についたお互いの唾液を手の甲で拭っていた。
それを見て、ゾクゾクしてしまった。
「えっ……、エロいぃ……」
恥ずかしくて、誤魔化すための間抜けなコメントしか出て来ない。
しゃがんだ高坂先輩が、私と目線を合わせてきた。
「忍、俺と付き合って」
「やだ」
「なんでだよ」
「私じゃなくても、遊んでくれる女子はいっぱいいるでしょ」
「なんだ、やきもちか」
「違う」
「全部精算してくれば付き合ってくれんの?」
「やだってば」
「残念。時間切れ」
「へ?」
すっくと立ち上がった高坂先輩がスマホで時間を確認した。
「俺、次の講義は休めないんだ。じゃあ、またな。あ、忍、その顔戻ってからここ出ろよ」
「か、顔?」
両手で頬を押さえてみる。確かに熱い。赤くなってるってこと?
見たら既に高坂先輩がドアを開けて出ていく所だった。間際、振り返って言った。
「トロけてる」
ニヤリと笑ったキレイな顔が残像として残った。
「ばっ、バカー!」
誰のせいだと!!
ヤバい。キスだけしかしとらんのに1話使ってしまった……。




