3:破壊力抜群です
―――1枚の絵みたいだった。
私がお気に入りのハーブガーデンは、カフェテリアの裏の雑木林を抜けた、その先にある。
カフェを利用する人は、裏に雑木林があることすら知らないだろう。
獣道みたいな細い道を抜けると、突然開けた場所にハーブガーデンがあるのを発見したときは、なぜだか胸が高鳴った。
ラベンダーやローズマリー、セージ、ミント、タイム、レモンバーム、ローズゼラニウム……。私の知ってるハーブはもとより、知らない品種も沢山あって、無造作に植えられてるようでいて、ちゃんと手入れがしてあり、とても落ち着ける大事な場所になった。
誰かが管理してることは、雑草とか生えてないことからわかってはいたけど、今まで出会ったことはなかった。
だから、まさかここでスーツのジャケットを脱いで、ワイシャツの袖を腕まくりして、どこからか引いたホースで水撒きをしてる葉山先生がいるなんて、思いもしなかった。
さっきの四年生が言ってたような無表情ではなく、緑の中で穏やかに微笑んでる。
水を撒きながら、葉っぱを1つ1つ丁寧に見て育ち具合を確認してる。
イケメンが、スーツで、ハーブに、水撒き……。
日に照らされてキラキラしてる水しぶき以上に、葉山先生がキラキラして見えた。
「あれっ、関口さん?」
手元で水を止めた先生がこちらに気付いた。
ぼーっと絵画のようなこの光景を眺めてた私は現実に戻った。
「ごめんね!濡れなかった?」
「い、いえ、大丈夫です」
ホースを巻いてハーブガーデンの横にあった水場に置いてから私の方に来た先生は、ニコニコしている。無表情が想像出来ないなぁ。
「どうしたの?こんな所に」
「えっ……、と。ここでお昼を食べようかと思いまして……」
と、目線を奥のベンチに向ける。
「ああ、ここ、人があまり来ないし、緑に囲まれてて居心地いいよね。実は僕もたまにここでランチするんだ」
ベンチにはジャケットと、私と同じ購買の袋が置いてある……。
「一緒に食べても……いいかな?」
私より年上のイケメンが、仔犬のような不安そうな目でそんなこと言うなんて、ズルい。
これを断れる女子はいるだろうか?
スタスタと先に行ってベンチに座った先生が、隣を空けて満面の笑顔でベンチをぺちぺちと叩いてる。
周りに誰もいないし、仕方なく大人しくそこに座った。
買ってきたクロワッサンを袋から出して、パクっと食べたら、横から「ふはっ……」と気の抜けた音がした。
見ると、先生もクロワッサンを手にしている。
「同じの、買ってたね」
たったそれだけのことで、めちゃくちゃ嬉しそうに笑うのやめて欲しい。
見てられなくてハーブの方を見た。
「あの、葉山先生が、ここを手入れしてるんですか?」
「んー、正確には違うかな。僕も詳しくはわからないんだけど、最初は昔の園芸サークルがここを作ったらしい。けど、サークルがなくなっちゃって、大学の校内の植物を管理してくれてる業者が、ご厚意でたまに雑草とか刈ってくれたりするくらいで、ほっとかれてたのを僕が水やりくらいはしとこうかな、って勝手にやってるの」
穏やかな話し方と、耳に心地いい低めの声で、なんだか安心する……。なんか、忍ちゃんに感じる安心感と似てる……。
「そうだったんですね。私、ここを見つけた時、すごい嬉しくて。なんか、懐かしい感じ……」
「ふふ、そうだろうね。君はハーブとか好きだったから……」
「えっ?」
確かに、田舎では庭の端を勝手に掘り起こしてハーブをいくつか植えたりしていた。
でも、そんなこと大学でも言ったことないし、地元の友人でも知らないはず……。
頭の中で、人違い説からストーカー説が浮上してきた時、先生の手がするりと頬を撫でた。
すごく、ナチュラルに。
そうすることが当たり前みたいに、私の頬を撫でる先生が、溶けそうな微笑みで見てくる。
自分でも信じられないことに、私の体はそれをなんの違和感もなく受け入れてる。
こないだのナンパ男に腕を捕まれた時は、背筋にゾゾっと悪寒が走ったのに。
頬の手が首筋に移動して、ゆっくり引き寄せられた。
「ごめんね……。少しだけ……このまま」
目の前は先生のスーツとネクタイしか見えない。
耳元で切なげに響く低音に、ナンパ男とは違う意味でゾワゾワする。
ベンチに座りながら、葉山先生に抱きしめられた。
そっと、壊れものでも扱うように腰にまわった手が震えてることに気付いた。
なんで?そこまで?
私、全然身に覚えないのに、自分の体が先生にピッタリくっついてることを喜んでるのがわかって、顔に熱が集まった。
「ん……、顔、見せて?」
顎に手を添えられて上を向かされる。
これはいわゆる、顎クイー!
「……真っ赤。かわいい……」
破壊力抜群の笑顔が至近距離。
そう呟かれたのが限界で、ガバッと立ちあがり後ずさる。
「ししししし、失礼しまっす!!」
叫んで、ハーブガーデンをダッシュで抜け出した。