29: ローザじゃない
「おお、高坂先輩……。とうとう直接攻撃を……」
話を聞き終えて、思わず言ってしまった。
「……とうとう、って、どういうこと?」
今日はなぜだか午前中は休講が重なり、せっかく大学に来たのに時間が出来てしまった。
忍ちゃんは一限目だけ出て、同じ講義が休みのため、2人してカフェテラスでレポートをまとめたり、予習をしたりしていた。
図書館や自習室ももちろんあるのだが、そういう所は大抵私語厳禁。女の子同士おしゃべりしながら作業するにはここが一番楽だった。
以前ほど、注目されたり嫌味を言われたりすることが減ったことも、ここを利用しやすくなった要因かも。
こないだのインフルで遅れた勉強も、忍ちゃんや多少仲良くなった友人達のおかげで、そろそろ追い付いてきた。
最後の借りたノートを書き写しながら、あの夜の後の忍ちゃんの話を聞いていた。
「どういうこと、っていうか。高坂先輩、最初っから忍ちゃんのことかわいいかわいいって言ってたじゃん」
とたんに目の前のかわいい顔がボンっと赤くなった。
「イヤイヤイヤイヤ、あの高坂先輩だよ?女子にはみんな言ってるでしょ」
うーん、信用されてないな。
「あの時だって、女性ものの香水の匂いぷんぷんしてたんだよ!?」
「忍ちゃんや、それは嫉妬かね?」
「違う!だって、あんなに真面目だったダリウスが、あんなチャラチャラした奴になってて……、ローザ一筋だったくせに……、なんていうか、悔しい?悲しい?元友人として、納得いかないってゆーか……」
「じゃあ、高坂先輩がチャラくなかったら?ダリウスみたいに真面目で、誠実で、それでいて忍ちゃんに好意を持ってたら?」
「だって、そんなの……。元友人だよ?元男同士だよ?」
言ってからハッと気付いたらしい。私を申し訳なさそうに見た。
「元父娘と元男同士。どっちもどっちじゃん?」
ニヤリと笑ってやった。
「多喜ちゃん、なんか吹っ切れてる?あの後、何があったの?」
いつもハキハキ快活な忍ちゃんが、今はグニャグニャ困惑してる。
*****
「ごめんね、散らかってて。適当に座ってて」
ほとんど勢いで来てしまった、成悟さんの家。
私の住んでるマンションも、まあまあキレイな方だけど単身者向けで狭い。ここはファミリータイプなのか、リビングも広いし部屋数も多そう。
案内されたリビングには、壁一面の本棚と、ソファーとローテーブルしか家具がない。それ以外で部屋を占めているのはほぼ本だった。
本棚に入ってるものはもちろん、壁際に積まれているのもあれば、最近まで読んでいたのかソファーの上にあるもの、テーブルの上は本だらけで他のモノが置けないくらい。どれもこれも、西洋史関係っぽかった。
「成悟さん……、すごい……」
「ああ……、本?専攻から外れたものも沢山あるけどね」
確かによく見ると、歴史つながりなのか日本史モノもあったり、戦国武将系のもある。
成悟さんは、リビングと繋がってるキッチンで、お茶を入れてくれてるようで、ティーポットを持っていた。
多少キッチンは使ってるようだけど、部屋としてはモノが少なくて、生活感があるのは散らかってる本くらいだった。
「ごめん。テーブルの本、どかしてもらっていいかな?」
トレイにカップを2つのせて、成悟さんが言った。
ソファーの上のと、テーブルの上、その周りの本も簡単にまとめてみた。
「レモンがなくて、レモンティーじゃないけど」
と、言いながらテーブルに置いてくれたので、ソファーに座らず床に座っていただいた。
すると、トスンと成悟さんが私の後ろに座った。
「ん?」
スルリと腰に両手が回るのと同時に、肩に頭が乗ってきた。
「成悟さんっ!」
「はー、ずっと多喜が足りなかった……。充電させて」
まだ心境複雑だって言ってるのに、こんな風に甘えられたら、困る。
両脇にジーンズの長い足がある。あまり見慣れないそれにドキドキしてきてしまった。
「すごい、心臓バクバクしてる」
手がいつのまにか不埒な場所に移動してた。
思いっきりツネってやる。
「いたたたた!」
「なんですか?言ってないことって」
大人しく手を腰に戻して、でもまだ後ろから抱えこまれたまま成悟さんが話しだした。
「守谷家から婚約を申し込まれた。お断りしたけど」
飲んでた紅茶を吹き出しそうになった。
「家?ってことはご両親が?」
「そう」
ジークハルトさんを探してた守谷さんの親は、娘の話を信じると共に、娘が語る「ジークハルト」なる人物がそんなに娘が求める人ならば、結婚相手にしてはどうか?という結論に至ったらしい。
だから、娘が成悟さんを見つけた時に、密かに素行調査をして、成悟さんが娘の結婚相手に相応しいか見極めてから声をかけさせた、と。
「それを、何度か送って行って、無理矢理家に連れ込まれた時に母親にハッキリ言われて」
お金持ちの考えがよくわからない。
そんなことされたら、普通嫌がるって思わないのかな?
「大学の助手という職は将来不安だが、今時変な職についてるよりはマシだし、人格的には娘と合いそうだ。どうやら最近お付き合いし始めた方がいるらしいが、今なら日も浅いし別れても娘と付き合えばすぐ忘れられるだろう、って言われて、さすがの俺もブチ切れた」
思わず後ろを振り返って、成悟さんの顔を見た。
ほの暗く笑ってる。のが、怖い!
「その場で丁寧にお断りして、更には娘さんにこれ以上関わりたくない、とハッキリ告げて来たんだけど……」
「……。今日、来たね」
「まあ……、婚約のことはともかく、素行調査とか、さっきの暴言は両親の暴走みたいだったけどね」
守谷さん本人は、成悟さんと結婚したかったのか……。
っていうか、守谷さん自身も御両親も、ジークハルトさんがローザの父親って知ってて婚約を申し込んだんだよね?
お金持ちの感覚がちょっとズレてるかもしれないことはあるけど、そのことで悩んでる私の方が気にしすぎなの?ってちょっとよぎった。
ん?
ここに来てやっと気付いた。
「成悟さんっ、守谷さんにもう関わりたくないって言ったんだよね?もし、もし守谷さんがローザだったらっ……」
今度は体ごと成悟さんの方に向いた。
そのキレイな顔が、私をじっと見ている。
「彼女はローザじゃないって、言ったでしょう」




