18: 怖いこと
こちらに気付いた成悟さんが私を見た。
久々にちゃんと見た成悟さんは、パーカーにジーンズという珍しくカジュアルなかっこで、相変わらず格好いいけど、顔は暗い。
「帰って下さい」
まだ、冷静になれない。
まだ、さっきの親密な2人が頭に残ってる。
「多喜、ちゃんと話そう?」
槙教授から話を聞いた後からずっとこうだ。不安げな悲しそうな切ない顔してる。
私が思い出さないかぎりずっとこの顔なのかな……。
「ちょっと……まだ話せない」
「多喜、お願い」
比較的しっかりした作りのマンションだけど、こんな廊下でいつまでも揉めてたら隣に聞こえてしまう。
成悟さんの横を通って、鍵を開けてドアも開けた。
「……どうぞ……」
「ありがとう……」
本当はこういう場合、入れないのが正しいんだと思う。
現に、成悟さんを入れて、私も入ってドアが閉まったとたん、抱きしめられた。
「……多喜っ……」
久々の成悟さんの香りに心臓が痛い。
「体調は?もう大丈夫なの?」
頭上から心配そうに聞かれたので、無言でこくんと頷いた。
「昼間の、浅見先生といたのは……」
「聞きたくない」
ズバっと言葉を切ってやった。
いつまでも狭い玄関にいるのもなんなので、部屋に成悟さんを入れた。
部屋は二部屋あって、奥の部屋は寝室に、手前の部屋は小さな折り畳みのテーブルを真ん中に置いてリビングにしていた。そのテーブルに2人分の紅茶を置いて、向かい合って座った。
「……俺のこと、嫌になった?」
ポツリと成悟さんが呟いた。
「あの……、前世の話を聞いて、嫌になった?あの話は……、信じられない?」
またあの顔してる。
「成悟さんが好きなのは、私じゃないでしょ」
顔を見つめたまま言ったら、愕然としてる。
「……違う……。違う、多喜……」
成悟さんは私が言わんとしてることを分かってる。
「違くないよ。私にローザを重ねてるんだよ。だって、初めからおかしかったじゃん。初対面で好きって、ありえる?私がローザだと思ったから、あの時声をかけてきたんだよね?」
成悟さんが止まってる。反論……、出来ないっぽい。
「そもそも私、ローザじゃないかもしれないじゃん……」
「……なんで……、そんなこと……」
本当は聞きたいことがある。
怖くて聞けないけど、聞きたいことがある。
「成悟さんは私がローザじゃなくても、好きでいてくれる?ずっと思い出せなくてもいい?」
もし、躊躇されたら……、と思うと怖くて聞けない。
でも、それが別れたい理由だから、言わなきゃ成悟さんは納得してくれない?
でもでも、本当に私がローザじゃなくて、本物のローザが現れたら、成悟さんはそっちに行ってしまう?
「離れないで」と言われたのに、こんなにすぐに別れるなんて言ってしまったのは、あの浅見先生といるところを見たせいもある。
元妻なんだし、浅見先生はともかく成悟さんもまだ少しは気持ちがあるってこと?
と、いろんな可能性が頭を過って、結局何も言えない。
「やっぱり……、信じてもらえてなかったんだね……」
頬に手がかかる。
こんなに拗れてても、相変わらずこの手をすんなり受け入れてしまっている。
無意識にそのあたたかい手にすり寄ってしまった。
ハッとしてすぐに手を避けた。
「……多喜……」
バレてる。ふにゃりと笑ったのがその証拠。
「多喜、俺のこと好きだろう?あの話は信じてなくても、少なくても好意はある」
「っ!な、なにその自信!」
いつもはふにゃふにゃ柔らかい雰囲気と言動で優男に見えるのに、突然こうやって強引に自分のペースに引き込もうとするとこ、ある。
避けたはずの手がまた延びてきて、頭を抱えこまれ、強引に胸元に閉じ込められた。
なんか、前にも同じようなことあった。
今度は床に座ってるから、そのまま腰まで引き寄せられて、体が完全に成悟さんの中にすっぽり収まってしまった。
「……っ、や……、離し……て」
「やだ」
ピッタリ付いてる胸板を押してるのにびくともしない。しかも肩に顎を乗せてこないでよ!
「多喜が怖いことわかった」
耳元で言われて、内容よりも吐息でゾクゾクする。
「いい?ちゃんと言ってあげる。多喜がローザのことを覚えてなくても、好きだよ」
今度は私が止まった。
え?
それでいいの?
そこが成悟さんの重要なとこじゃなかったの?
成悟さんの顔を見上げると、ふわりと優しく微笑んでる。
「これは、信じて」
両頬に手を添えられて角度をつけられる。
そっと口づけられた。
ちょっと離されて顔を見たら、壮絶な色気を放って私を見ている瞳と半開きの唇がエロい。
あれえ?優男どこいった?
って、私、これ完全に雰囲気に流されてない!?
「んーう!……っ、んん!!」
がっちり頭を抑え込まれて、繰り返されるキスを止めて欲しいのに離してくれない。
ヤバい。
これ、頭真っ白になるやつ……。
押し返そうとしてた手は、いつの間にか成悟さんのパーカーを握りしめてて、噛みつくようなキスを受け止めるのに精一杯になった。
「……、多喜……」
「……っ、ん……」
「……別れないから」
「……ふ、ん……」
キスの合間に喋るのやめて。
しかも、しばらく好き勝手に貪ってたくせに、突然キスが止んだ。
ガッと肩を捕まれて、顔を除かれた。
「っていうか、多喜、キスしたことあるでしょ!?」
「……は?」
突然何を言い出すのやら。
「そ、そりゃ、地元で彼氏いたことあるし……」
―――って言ったら、クワッと目を見開いて、そのあとガックリ項垂れた。




