16: わからない
何も考えたくない。
と、思っていたら本当に何も考えられなくなった。
教授からの話を聞いた次の日から高熱が出て、寝込んでしまったのだ。
着替えもせずに寝たせいかと思って病院に行ったら、なんと季節外れのインフルエンザだった。
え?もう夏なんだけど?インフルエンザって、夏にもなるの?と思わず病院の誤診を疑ったが、診てくれた女医さん曰く「夏でもインフルエンザになります。一般的に湿度が高くなると感染力は弱くなるんだけど、インフルエンザウイルス自体は一年中いて、夏でも感染しますよ」と。
もちろん、こんな時期に予防接種をしてるわけもなく、ガッチリ感染していた。
―――というわけで、只今絶賛寝込中……。
考えたくない、と思っていたけど高熱で頭がボーっとして、本気で何も考えられない。
成悟さんからもメールがあったけど、事情を説明して、看病に来る、というのをなんとか押し止めて、1人でウンウン布団の中で唸っていた。
*****
「ほんと、死ぬかと思った……」
熱も下がり、だいぶ楽になったあたりで忍ちゃんがお見舞いに来てくれた。でもまだ移りそうだから、お互いにマスクしてる状態。
「いくらうつるからって、よく1人でがんばったわね。食材とか持ってきたけど、足りてたの?」
そう言って忍ちゃんがスーパーの袋から何やらガサゴソと取り出している。私はベットで起き上がって、そんな忍ちゃんをありがたく思っていた。
「うん。熱あるときは食欲なかったし、非常用のレトルトおかゆとかでなんとかなった。でも、ほんとあんなに熱出したの初めて。こりゃ子供やお年寄り死ぬな、って思ったよ」
「で?兄さんには看病させなかったの?」
食材を全て冷蔵庫に入れて、振り返った忍ちゃんが言った。
「うん……。やっぱり「先生」にうつしちゃうのはまずい、と思って……」
「本当にそれだけ?」
意味深に聞いてきた。
「それだけ……、じゃない……」
ベットの足元に忍ちゃんが座った。
「聞いたんだよね?」
「聞いた……。けど」
「けど?」
「どうやら、全部聞いてない」
「はあ!?」
忍ちゃんが、そのかわいらしい顔を歪めた。
前世だかパラレルワールドだかの別世界のこと、槙教授や成悟さんの身分や立場のこと、もちろん忍ちゃんのことも教えてもらったのに、肝心な「私」が誰なのか教えてもらえなかった。
「あんの、ヘタレ兄貴め!」
忍ちゃん、めっちゃ口悪くなってるよお!
「あの……、ホントに、私なの?」
「ん?」
「だって、私全然思い出せないし。雰囲気の似た別人かもしれないじゃん」
実を言うと、教授から聞いた話が全然ピンと来なかった。
ピンと来てないのに、詳細も教えてもらえず、相変わらず疎外感半端ない。そもそも疎外感を感じていいのかな、とすら思う。そのくらい他人事に思える。
「……。別人じゃ、ない」
忍ちゃんが私をじっと見つめながら言った。
「少なくとも、私―――、僕は、ユリウスは、あなたがローザだと思ってるよ……」
口調が、突然変わってドキっとした。
そ、そうか……、弟……男の子だったんだよね……。今までかわいいと思ってた顔が凛々しく見えた。
「多喜ちゃんとしては、思い出したい?思い出したくない?」
「私……」
わからない。
正直な所、自分がどうしたいのかわからない。
思い出したら、私が私じゃなくなるような……。
でも、成悟さんは多分、思い出して欲しいのかもしれない。
もしずっと思い出せなかったら?成悟さんは思い出してない私でも好きでいてくれるのだろうか?
そう思ったら、成悟さんに会うのが怖くなっていた。
*****
やっと大学に来た。結局1週間近く休んでしまった。受けてない分の講義がヤバい。忍ちゃんと被ってる講義はノートを写させてもらったり、教えてもらったりでなんとかカバーしたものの、それ以外のものが問題だ。
……誰かに頼まないとなぁ……、なんて考えながら構内を歩いていたら、無意識にハーブガーデンに向かっていた足が止まった。
ハーブガーデンの手前にあるカフェテラスの窓際に成悟さんと妖艶な美女が座っていたから。
カフェテラスは前面ガラスで、店内が良く見える。窓際は外に向けて座れるカウンターで、そこの端っこに並んで座っていた。
長めの艶やかな髪は大きくウェーブして、大きく襟ぐりの開いた黒いカットソーの胸の谷間に流れてる。その谷間に成悟さんの腕がガッチリ押し付けられてる。カウンターの下から見える白いタイトスカートは膝丈だけど、大胆にスリットが入ってて色っぽい。抜群のスタイルの上には目鼻立ちのハッキリした美人、と呼ぶにふさわしい顔が乗っかってる―――。
ん?
ここが大学のカフェテラスとは思えない雰囲気で密着してる2人は、美男美女でものすごいお似合いのカップルに見える。
「浅見……先生?」
よくよく見たら、その妖艶な美女は浅見先生だった。
そして何よりビックリしたのが、成悟さんが笑ってる……。
甘い微笑……とかではなく、困ったような苦笑いに見えるけど、それでも私といる時以外のあの仏頂面ではなかった。
と、ふいに成悟さんが浅見先生の耳に顔を近づけて、何かを喋ってる。
「何、あれ?」
後ろから声がした。
振り返ると無表情の忍ちゃんがいた。




