11:離れないで
あー、これ、つい最近も同じことあったなー。
なんて、ボーっと思い出して現実逃避する。
男のくせにキレイに整った顔をニコニコさせた成悟さんが、だんだん近づいてくる。
そのニコニコが、以前のニコニコよりも甘さを過剰に含んでいることに、周りの女子達も絶対気づいてる。だからこその、この刺さる視線。
マンガの効果音を入れるなら、「ドス!ドス!」と私に突き刺さってる。
教室の移動中、大学内の建物と建物をつなぐ渡り廊下を歩いていると、外の通路で女子学生達に囲まれてる成悟さんを見かけた。
毎日のように電話やメールはしていたものの、やっぱり姿を見かけると嬉しい。
実は、ちゃんと付き合うようになってから、大学であんまり会ってない。
だから油断していた。
思わず立ち止まって成悟さんを見ていたら、向こうがこっちに気づいた。
それまで、周りがどんなに話しかけても録に返事も返さず無表情だったのが、フワリと纏う空気を変え、ベッタベタに甘い微笑みで、「多喜」とこっちに近づいてきたのだ。
あの、初デートの時と全く同じ状況。
予感だけど、成悟さんとお付き合いしてると、きっとこういうことは日常茶飯事になるんだろう。
なんて、現実逃避してたら目の前までキラキラが近づいていた。
ひいいい!
成悟さん、後ろのドス黒いオーラに気付いてないんですか!?
「多喜。どうした?」
固まってる私に、不思議そうな顔して声をかけてくる。
すっかり呼び捨てが普通になってしまって、大学で呼ぶのを禁止しておけば良かった……と後悔する。
「あ、あの……、私このあと授業なんで……。失礼しまーす……」
と、そそくさと離れようとした。
「待って」
がしり、と後ろから腕を捕まれた。
ビックリして振り返ると、さっきまでの微笑みのままの成悟さんが、私の腕を掴んでる。
微笑みのまま、怒気を含んで。
ひい!
おこ……、怒ってる!
最近分かってきた。
成悟さんはどうやら私以外といるときは無表情らしいこと。私といる時はフニャフニャのユルい表情でいること。あと、意外と喜怒哀楽がハッキリしていること。
そして今、微笑みながら怒ってる!
怒ってる原因は実は分かってるんだけど―――
「成悟、土足」
そこに、聞き覚えのある艶っぽい声がした。
私が行こうとした建物からやってきたのは、相変わらずの白衣を着た浅見先生だった。
「渡り廊下は土足禁止」
成悟さんの足元を指差しながら近づいてきて、ヒョイっと私の腕から成悟さんの手を外した。
「あ、ああ……」
二三歩後ずさった成悟さんを見もせず、浅見先生は私の方へグイっと顔を近づけた。
「あんなに忠告してあげたのに」
「!」
忠告っていうか、牽制っていうか……。
浅見先生はくるりと向きを変え、成悟さんのネクタイを引っ張ってこう言った。
「ねぇ、成悟。ううん、ジーク、そんなにこの娘がいいの?」
じーく?
って、誰?
「あっ、浅見先生!多喜はまだっ……」
浅見先生をぐいっと引き離して、成悟さんが焦ってる。
また、あれなの?
私の知らない、私の話。
やっぱり、それを知らないと―――
「関口さんもさぁ、告白されて浮かれてるだけなんじゃないの?そりゃそうよね。こんなイケメンに好意を持たれて迫られたら、いい気分よねぇ?」
ニヤリと笑ったメガネの奥の瞳が、いやらしく細まる。
「そんなことっ……」
即座に反論しようとしたら、浅見先生が言葉を遮った。
「ねぇ、覚えてないんでしょ?だったら別に成悟じゃなくてもいいじゃない。同じ年頃の男子でも捕まえれば……」
言いかけた浅見先生の横から、ものすごい勢いで手が伸びてきて、グイっと引っ張られた。
「……っ、ふざけるな」
低い、地の底から響くような声が頭上からする。
気づけば成悟さんにぎゅうぎゅうに抱きしめられていた。
「成悟さん!はっ……離して!!」
多分、もう授業は始まってる。だってさっきまでいた成悟さんに付いてきてた女子達が、いつの間にかいない。
でも、構内でこんなにくっついてるのはまずい。
「……やっと……、やっと……なのに……」
成悟さんが、何かを苦しそうに呟いてるけど、よく聞き取れない。
「……。わかった」
ふっと抱きしめられてる力が抜けた。
見上げると、悲壮な顔した成悟さんが絞り出すように言った。
「多喜……、説明するよ。だけど、1つだけ約束して」
「う、うん。何を?」
「聞いても、俺から離れないで」




