第85話 アリの群れ
福岡市内、某地下鉄駅の入り口付近。
周辺にはパトカーのバリケードが敷かれ、防護服とヘルメット、アクリルのシールドで武装した機動隊が地下鉄の入り口を包囲している。
パトカーの周りは多くの人でごった返している。
地下鉄に乗れず、誰かに連絡している人。
スマホでこの事件を録画している人。
そもそも何が起こっているのか分からず、確認しようとする人。
そんな人々をかき分けて、五人は地下鉄の入り口前までやって来た。
「お疲れー。マモノ対策室の狭山です」
狭山は、近くにいた機動隊の隊長と思われる人物に声をかける。
「あぁ、あなたが! ……では、その後ろにいるのが、例のマモノ討伐チームの子たちですか? 話には聞いていましたが、本当に若いですね……。高校生の男子と女子に……小学生?」
「ボクも高校生なんですけど!?」
機動隊隊長の言葉に、シャオランは両手を振り上げて猛抗議する。
そんなシャオランを止めながら、狭山は話を続ける。
「驚かれるのも無理はありません。しかし彼らは皆、特殊な力を持っている。期待してもらっていいですよ。それより、現在の状況を」
「はい。状況ですが、さらに悪化しています。アリたちは壁の穴から地下鉄の駅内にまで住処を広げ、今にも地上に侵攻せんとする勢いです」
「なるほど。敵の規模はさらに拡大している、と。ならばさっそく駆除に取り掛かろう。三人とも、頼んだよ」
「分かりました」
「りょーかいです!」
「イヤだぁ!!」
狭山の指示を受け、三人は地下鉄の入り口へと接近する。
シャオランも、いやいやながらちゃんと来てくれた。
「……とりあえず、俺が先行するよ。死んでも死なない俺ならば、敵地の威力偵察にはもってこいだ。不本意だけど。極めて不本意だけど」
「あはははは……気を付けてね?」
「うん。行ってくる」
北園の苦笑いを受けながら、日向は歩き出した。
『太陽の牙』を呼び出し、慎重に階段を下りていく。
やがて踊り場に到着し、その角を曲がったその時、日向が慌てて引き返してきた。
「え、日向くん、どうしたの!?」
「アリだー!」
逃げる日向の後を追うように、踊り場の角から巨大なアリたちが続々と姿を現した。尋常ではない数だ。それに、一匹一匹が普通のアリと比べて恐ろしく大きい。
大型犬ほどもある大きさのアリが、十数匹の群れで襲ってきた。
「ムリムリムリムリ! あの数を一人はムリ! キショいし!」
ミストリッパーの時もそうだったが、日向は割と虫が苦手である。
「イヤあああああああデカいいいいいいい!?」
シャオランも絶叫を上げる。
虫がどうとか以前に、巨大な怪物を見て普通に怖がっている。
「じゃあ私の出番だね!」
そう言って北園は、両手に炎を発生させる。
(……ん? あのフォームは、火球じゃない?)
日向の分析通り、北園の構えはいつもと違う。普段は手の平に炎を集めて火球を作るところを、今日は手の平から手首あたりにまで炎を纏わせている。
「これでも、喰らえぇー!!」
そう言って北園は、両の手首を合わせ、花のように開いた両手の中心から火炎を放射した。
火炎放射は凄まじい威力だった。
あっという間に階段の通路を包み込み、迫ってきていたアリたちを全滅させた。
「うわ……すげえ……」
強烈な火力を前にして、呆気に取られる日向。
これが、修行を積んだ北園の力なのだろう。
「ま、待って! まだ来るよ!」
シャオランが声を上げる。
階段からは第二波のアリの群れが迫ってきていた。
アリの群れはよく見ると、黒いアリと緑のアリがいるようだ。
「よーし、だったらもう一発!」
「よっしゃ、やったれ北園さん! 遺伝子のかけらまで焼き尽くしてやれ!」
北園は再び、アリの群れに向けて火炎を放射する。
その時、群れの中の緑のアリが、日向に向けて何かの液体を放ってきた。
「おわっ!? な、なんだこれ!?」
アリの体液と思われるそれは、日向の肩に当たると、ジュウジュウと音を立て始めた。
「……うわっ! 酸! 酸だああああああ!!」
緑のアリが放ってきたものは、強力な酸だった。
日向は急いで酸を振り払うが、肩は無残に焼けただれた。
そして、いつものように”再生の炎”が起動し始める。
「ぐぁぁ熱つつつつつつ!! 本当に容赦ないなこの剣は!!」
傷を焼かれながら、日向は手に持つ『太陽の牙』に悪態を付く。
その時、ふと思った。
(……そういえば日影の話だと、確か”再生の炎”は「早く回復しろ」と念じれば早く回復してくれるんだっけ)
それを思い出した日向は、さっそく頭の中で「早く傷を回復しろ」と念じてみる。その瞬間。
「ギっ……!?」
日向は思わず、言葉にならない悲鳴を上げた。
己がそうしようと思うより早く、床に丸くなってうずくまった。
日影は、「回復を早めれば”再生の炎”も勢いを増し、さらに熱と痛みを感じる」と言っていたが、そのデメリットの威力は日向の想像をはるかに超えていた。
脳髄が焼き切れるかと思うほどの熱さだった。
視界が一瞬で真っ白になった。
一瞬食いしばった歯が、力強く食いしばり過ぎて砕けるかと思った。
それほどの熱さと痛みだった。
しかしそれと引き換えに、酸に焼かれた傷は一瞬で回復していた。
「ひ……ヒューガ、大丈夫……?」
そんな日向の様子を見ていたシャオランが、心配そうに声をかける。
「あ、ああ。大丈夫だよ。もう治った」
「ああ、良かった……。ヒューガ、いつも以上に辛そうだったから……」
「うん、実際辛かった。日影に言われた『”再生の炎”の高速回復』をやってみたんだけど、これはちょっとキツすぎる。おいそれとは使えないな……」
日向は再生した肩を撫でる。
ご丁寧に、酸で焼けた服も元通り回復している。
北園もアリの群れを殲滅し終えたようだ。
そこに、狭山からの通信が入る。
『あー、テステス。よし、感度良好。今回は地下鉄内の監視カメラにチャンネルを繋いで君たちを誘導するよ。この先の踊り場には、もうアリたちはいないようだ。その先の改札口には……おお、いるぞ。多数のアリだ。それに、これは……』
狭山は地下鉄内の監視カメラの映像から何かを見つけたようだ。
しばらく通信が止まると、再び狭山が口を開く。
『……みんな。この先の改札口に、例の『星の牙』がいる。クイーン・アントリアだ』
「む、だいぶ前線に出てきてますね。もっと奥の方で引きこもってるかと思いましたが」
『うん、そうだね。あちらに何か考えがあるのか……。それと、もう一つ気になるものを発見した。……人だ。アリの群れの中に、人が何人か混じっている』
「人が!? 連れ去られた人たちですか?」
『恐らくそうだろうね。その周りにはアリのタマゴのようなものもいくつかある。しかもこのタマゴを、連れ去られた人たちが世話をしているようだ』
「ええ……? 一体何がどうなってるんですか……?」
『現状、分からないな。彼らにも考えがあるのか、それとも何かしらの方法で操られているのか。……とにかく突入だ。人々が無事だと分かった以上、彼らを保護しなければならない。三人とも、準備は良いね?』
「ええ、いつでも」
「りょーかいです!」
「やだ!」
「まぁまぁ、そう言わずに。いいじゃんちょっとくらい」
「飲み屋の客引きみたいなノリで地獄に連れて行こうとするの止めてくれる!?」
地下鉄の階段を下る三人。
踊り場を通り過ぎ、さらに下ると、やがて改札口へと到着した。
改札口は広々としている。
狭山の報告通り、多数のアリと、何人かの人々と、アリのタマゴと思われる白い塊もある。
そして、改札口の奥にはひと際巨大な蟲がいる。
ここまでのアリたちは皆、黒か緑の体色をしていたが、その巨大アリは赤みがかった黄色といったところか。
周りには多数のタマゴがある。あの巨大アリが産み出しているようだ。
あれこそが今回現れた『星の牙』、クイーン・アントリアだ!




