第81話 氷の騎馬
「ヒヒィィィィンッ!」
吹雪の中、グラキエスが突進してくる。
その身は氷の鎧に包まれている。
グラキエスのあの巨体が、氷の塊となって全速力でぶつかってくる。それはさながらワゴン車に跳ね飛ばされるようなものだ。
「ぬう!」
「うおっと!」
しかし松葉班は百戦錬磨のマモノ討伐チームだ。
グラキエスの突進を、ローリングで素早く避ける。
グラキエスが身にまとう氷の鎧はかなりの重量があるのだろう。突進の速度が目に見えて落ちている。とはいえ、それでもなお並の競走馬にも負けないほどの速さがあるが。
「喰らえ!!」
そして、突進を避けた松葉がアサルトライフルでグラキエスを射撃する。
しかし、放たれた弾丸は全てグラキエスの氷の鎧に弾かれた。
「くそっ!? なんて硬さだ! これでは攻撃が効かん!」
「同じ部位に集中砲火したら何とかあの氷を破壊できるかもしれませんが、いかんせんあのスピードですからね……かなり狙いにくいでしょう……」
「しかもこの吹雪……。指がかじかんできました……! まともに狙いを付けられそうにありません!」
「泣き言を吐くな。それでもやるしかない。これが我々の任務だ」
松葉は隊員たちに檄を飛ばし、再び戦闘態勢を取る。
その一方で……。
「……そんなに寒いか?」
吹雪の中、日影は平然としていた。
どう考えてもこれは異常だ。
日影には間違いなく、寒さに対して耐性がある。
彼の本体である日向が特別寒さに強いというワケではない。
ならば、これも恐らくは『太陽の牙』の力なのだろう。
「なるほど、コイツは都合が良いぜ!」
日影は『太陽の牙』に炎を纏わせ、グラキエスに斬りかかる。
氷で守りを固めている分、今のグラキエスは動きが鈍い。
先ほどは避けられた日影の攻撃も、次は見事に命中した。
「ヒヒィィィィン!?」
「よし、通った!」
燃え盛る『太陽の牙』の刀身は、弾丸を受け止めたグラキエスの氷の鎧をいともたやすく打ち壊し、その下の身体を切り裂いた。
「ブルルッ! ヒヒィィィィンッ!!」
「ちぃっ! やるか!?」
ダメージを負ったグラキエスは、すぐさま日影に反撃を仕掛ける。
額に生えた、剣のような氷の角で斬りかかってくる。
日影も負けじと『太陽の牙』で、振り回される角を受け止める。
「総員! 日影くんを援護しろ! 彼が負わせた傷を狙うんだ!」
「了解!!」
松葉の声を受け、松葉班の隊員たちがグラキエスに弾丸を撃ち込む。少しでも日影から注意を逸らし、彼が戦いやすくするためだ。
グラキエスは激しく動き、日影が負わせた傷口もまた激しく動くが、そこは歴戦の猛者たる松葉班。次々と弾丸を傷口に命中させ、グラキエスにダメージを与えていく。
「ヒヒィィィィンッ!!」
だがグラキエスはまだ倒れない。
前足の蹄に冷気を集中させ、足元の地面を思いっきり踏みつける。
すると、グラキエスの足元から氷が広がっていく。
「ぐっ!?」
広がっていく氷に、日影が巻き込まれた。
足が氷によって地面と接着させられ、動けなくなる。
そこにグラキエスが角を振り上げ襲い掛かる。
「ヒヒィィィィンッ!!」
「野郎ッ!!」
日影もまた自身の剣を、振り下ろされる氷の角に向かって振り下ろす。
その日影の腕を狙って、グラキエスは角を振るう。
「ヒヒィィィィンッ!?」
「ぐあっ!!」
結果は相打ち。日影の『太陽の牙』はグラキエスの頭部を捉え、しかしグラキエスの角もまた、日影の両腕を斬り落した。
攻撃を受け、体勢を崩す日影。
グラキエスもまた、悲鳴を上げて倒れるが、すぐさま起き上がった。
そして今度は松葉班の方に向き直り、攻撃を仕掛けに行く。
「む! 来るぞ! 構えろ!!」
松葉の指示を受け、グラキエスの襲撃に備える隊員たち。
グラキエスは松葉たちに接近すると、がむしゃらに暴れ出した。
蹄に冷気を集中させて、とにかくやたらめったらと踏みつけまくる。
周囲の地面はすっかり氷漬けになってしまった。
ツルツル滑る氷が、隊員たちの機動力を奪う。
「うわっ!? しまった!!」
氷で足を滑らせ、雨宮隊員が転倒する。
その雨宮隊員に向かって爆走するグラキエス。
「ヒヒィィィィンッ!!」
「雨宮ッ! 危ない!!」
「がふっ!?」
雨宮隊員は、突進してきたグラキエスに蹴飛ばされた。
幸い、踏みつけられることはなかったが、それでもダメージは大きい。
強烈なキックを受けた雨宮隊員は悶絶し、その場でうずくまる。
グラキエスは、雨宮隊員にトドメを刺すべく歩み寄る。
「やばいっ! ヤツを止めろぉーっ!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
松葉の命令を受け、雨宮隊員を助けるため、残りの隊員全員が一斉射撃を開始する。アサルトライフルの射撃音は途切れることなく鳴り続け、岡崎隊員のグレネードランチャーも火を吹いた。
しかし、そのほとんどがグラキエスの氷の鎧に阻まれる。
『星の牙』たるグラキエスを倒すには、銃弾では威力が足りない。
「くそっ! このままじゃあ……!」
その様子を、日影は少し離れたところから見ている。
足は未だに凍り付いており、両腕もまだ再生途中だ。
このままでは動くことはもちろん、この場から『太陽の牙』を投げる攻撃さえ使えない。傷を、そして足を焼かれる痛みは、湧き上がる焦燥感でかき消された。
「クソったれ! 治るならさっさと治れっ!!」
激情のままに日影は叫ぶ。
すると、彼を焼いていた”再生の炎”が、いきなりその勢いを増した。
「ぐあぁぁっ!!?」
日影は、思わず悲鳴を上げた。
傷を焼く熱さで、一瞬、頭が真っ白になった。
今までに感じたことが無い熱だった。
痛みを消していた焦燥感が、更なる痛みによって即刻吹き飛ばされた。
そして痛みが引いたころには、腕は元通りに治っていた。
日影の望み通り、傷が一瞬で再生したのだ。
「……やれば出来るじゃねぇか! この野郎!」
ニヤリと笑いながら日影は叫び、落ちていた『太陽の牙』を拾ってグラキエスに投げつける。
「ヒヒィィィィンッ!?」
投げられた『太陽の牙』は、見事にグラキエスの胴体に突き刺さった。
「今だぁぁぁぁっ!!」
体勢を立て直した雨宮隊員が、突き刺さった『太陽の牙』の柄を、回転蹴りでさらに食い込ませた。
「ヒヒイイィィィィン……」
最期に一声、いななきを上げると、グラキエスは地に倒れた。
戦いは終わったのだ。
◆ ◆ ◆
「今日はありがとう、日影くん。正直、君が来てくれて助かった」
そう言って松葉は日影に握手を求める。
日影もこれに応じ、二人は互いの右手をガッシリ握りしめる。
「いや、アンタたちなら何だかんだでしっかり勝ってたと思うぜ。そこにオレが加わったことで、さらに楽に勝てたってだけだ」
「ははは、言ってくれるじゃないか。……さて、我々の戦い方は一通り見せたと思うが、君の役には立っただろうか?」
松葉は日影に尋ねる。
それに対して日影は……。
「んー、正直、戦法面ではあんまり……」
「おいおい……」
松葉は、思わずといった感じで苦笑した。
「もともと、お互いの得物が違うからな。アンタらは銃で、オレは剣。それでアンタらの真似をしようっていう方が難しい。……けれど、仲間との連携という点では、大いに学べるものがあったと思う」
「ほう?」
「アンタらの動きは、何というか、本当に見事だった。動きの一つ一つが仲間との連携に合わせられるように計算されているというか。装備に関しても、それぞれがしっかり役割を持っていて、すげぇチームワークだったと思う」
「最高の誉め言葉だな。チームの強さは連携の強さで決まるものだからな」
「『チームの強さは連携の強さで決まる』か。覚えておくぜ」
「君だってもう我々の仲間だ。また共に戦えることを楽しみにしているよ、日影くん」
「ああ。今度はオレに合わせた連携も用意しておいてくれると嬉しいぜ」
「はは、善処しよう」
そう言って日影と松葉は、互いの拳をぶつけ合った。
今回の作戦も無事終了。日本に帰投する時だ。




