第80話 グラキエス
「ツノウマたちが来るぞぉーっ! 構えろぉーっ!」
松葉の声を受け、アサルトライフルを構える隊員たち。
向かってくるツノウマの数は十四体。
中世の騎馬隊の如く、力強く蹄を鳴らしながら松葉たちに迫る。
額の角は、さながら突撃槍だ。
「撃てぇぇぇぇぇ!!」
松葉の号令を受け、隊員たちが一斉掃射を開始する。
松葉班は歴戦の部隊だ。一見無計画に弾をばら撒くように撃っているが、実際には一発一発、しっかり狙って撃っている。
基本は頭部。
少しでも足を止めたいならば胴か脚。
弾丸を受けたツノウマたちが、バタバタと薙ぎ倒されていく。
しかしその弾丸の雨を潜り抜け、先頭の松葉に肉薄したツノウマが一体。
「ちょっと失礼するぜ!」
「む!」
膝をついて銃を構える松葉を跳び越え、日影がツノウマの前に躍り出る。
突き出された角に向かって『太陽の牙』を振り下ろし、その一太刀で絶命させた。これで取り巻きのツノウマたちは全滅した。
「よっしゃ! どうだ!」
「油断するな! ヤツが来るぞ!」
勝ち誇る日影に、松葉が注意を飛ばす。
ツノウマたちが全滅したと見るや、グラキエスは真っ直ぐ日影たちに向かって突進してきた。
「ちぃ、速ぇ!?」
グラキエスの突進のスピードは、ツノウマたちの比ではなかった。
あっという間に日影に肉薄し、額の角で串刺しにせんと襲い掛かる。
これにはさすがの日影も面食らった。
「くっ!?」
グラキエスの突進の軌道から逃れるべく、身を投げ出すように転がる日影。松葉班もローリングでグラキエスから距離を取る。
「まずは足を止めるぞ! 撃てぇーっ!!」
松葉の掛け声と共に、隊員たちが攻撃を始める。
対マモノ用のアサルトライフルが火を吹き、グラキエスの頭部や足に弾丸が撃ち込まれる。
普通の生物なら間違いなくこれで即死だろう。
だが相手は『星の牙』。生物の常識を超えた異能の獣である。
「ヒヒィィィィン!!」
グラキエスは一声鳴き、横田隊員に向かって飛びかかる。
その前脚の蹄には冷気が集中している。
「くそっ!」
横田隊員はローリングでグラキエスの踏みつけを躱す。
グラキエスの蹄に踏みつけられた地面が、広範囲にわたって凍り付いた。
「あ、しまった!? 足が!」
その広がった氷に、横田隊員の足が捉われてしまった。
獲物が引っかかったのを見てか、横田隊員に氷の角を向けるグラキエス。
「させるかぁ!!」
そのグラキエスの側面から、日影が『太陽の牙』を振りかぶって飛びかかる。炎を纏った刀身が、グラキエスに向かって振り下ろされる。
「ヒヒンッ!!」
「あ、くそ! 避けられた!」
しかしグラキエスは、日影が迫るのを見るとすぐさま身を翻してこれを回避した。だが、そのグラキエスが着地したちょうどその位置に何かが射出され、グラキエスに命中した。
「ヒヒィィィィン!?」
「よし、命中!」
その『何か』は、グラキエスに命中すると大爆炎を撒き散らした。
岡崎隊員が撃ち込んだグレネードランチャーである。
火炎弾が装填されており、着弾と同時に爆炎が対象を包み込む。
「『星の牙』を倒すことができるのは、何も『太陽の牙』だけじゃない! 弱点の部位や属性を突けば、歩兵の武器でも十分に倒し切ることが可能だ!」
松葉が叫ぶ。
それは日影もチラリと狭山から聞いたことがある。
冷気を操る『星の牙』には火。魚の『星の牙』には電気。植物の『星の牙』には火か氷など、『星の牙』はそれぞれが固有の弱点を持っている。
その弱点を突くことで『太陽の牙』を持たない歩兵でも『星の牙』を死に至らしめることが可能だ。現に松葉たちはそうやってこの一年間、『星の牙』と戦ってきた。
中にはこれといった弱点が無い『星の牙』も存在する。このような手合いは歩兵が相手をするには荷が重く、いよいよ戦車やヘリの出番となった。
現在目の前にいるグラキエスは、氷を操る『星の牙』だ。ゆえに火はグラキエスの弱点である可能性が極めて高い。
その証拠に、今まで頭部に弾丸を受けてもピンピンしていたグラキエスが、今の火炎弾一発は相当堪えたようだ。怒りの眼差しで岡崎隊員を見つめる。
「おっと、そんなに見つめるなよ?」
「ヒヒィィィィンッ!!」
グラキエスがいななきを上げ、岡崎隊員に襲い掛かる。
そのグラキエスに向かって、再びグレネードランチャーを放つ岡崎隊員。
しかしグラキエスは左、右とステップを刻み、飛んできた火炎弾を避ける。それと同時に、岡崎隊員の目の前まで迫ってきた。
「ヒヒィィィィンッ!!」
「おっと!」
しかし岡崎隊員はこの攻撃を読んでいた。グラキエスの角が振るわれるより早くローリングでその場を離脱する。
回避と同時に、先ほどまで自分がいた場所に何かを残した。
その残された『何か』が爆発し、爆炎を撒き散らした。
「ヒヒィィィィンッ!?」
「どうだ? 焼夷手榴弾変わり身の術だぜ!」
岡崎隊員はローリングでその場を離れる前に、焼夷手榴弾のピンを抜いて自分がいた場所に置いてきたのだ。
結果、グラキエスは焼夷手榴弾の爆破範囲に誘い込まれた形となり、岡崎隊員はローリングでグラキエスの攻撃を避けながら爆破範囲から退避した。
さらに焼夷手榴弾は炎を撒き散らす手榴弾だ。
炎はグラキエスに効果抜群。
大爆炎を二度も受け、グラキエスは大きなダメージを受けた。
「よし。各員、岡崎を援護しろ! ヤツの注意を逸らすんだ!」
「了解!」
松葉の指示を受けた隊員たちが、アサルトライフルの一斉射撃を開始する。その狙いは頭だったり、胴体だったり、脚だったり。
時にはグラキエスの移動ルートを阻むように射撃したり、グラキエスの目の前を横切るように射撃して、グラキエスの動きを妨害する。
止まぬ弾丸の雨にグラキエスが動けないでいると、そのグラキエスに二発目の火炎弾が撃ち込まれた。
「ヒヒィィィィンッ!?」
大爆炎の中、悲鳴を上げるグラキエス。
(こりゃあ、思った以上にやるな、松葉班。オレの出る幕は無いかもだ)
その様子を、日影は邪魔にならない位置で観察している。
一応、決してサボっているワケではない。
松葉班の連携力は尋常ではない。『星の牙』たるグラキエスを相手に、何の異能も無し、既存の人間の装備だけで互角以上に渡り合っている。オマケに、今ここで無理に日影が前に出れば、逆にあの弾丸の雨に巻き込まれかねない。今は、不測の事態にでも備えて見守るしかなかった。
しかし、その『不測の事態』はすぐに訪れることとなる。
「ヒヒィィィィンッ!!」
ひと際高い、グラキエスの鳴き声が響き渡る。
すると、空から大量の雪が降ってきて、強い風も発生し、あっという間に天候は吹雪となった。そして、その吹雪がグラキエスの身体を覆う。
「む!? なんだ? ヤツは何をしようとしている!?」
グラキエスの様子に気づき、疑問の声を上げる松葉。
「なんでもいい! コイツをぶち込んでやれば何かする前にお陀仏ですぜ!」
そう言って岡崎隊員は、グラキエスに向かって三発目のグレネードランチャーを放つ。火炎弾はグラキエスに命中し、その身体を大爆炎で包み込んだ。
しかし、グラキエスは健在だった。
「な、なんだと!?」
「あ……あれは……!?」
岡崎隊員と松葉が目を見開く。
他の隊員たちも、日影までもがグラキエスの姿に注目していた。
「ブルルルル…………」
口を鳴らすグラキエス。
その身体は、分厚い氷で覆われている。
しかもそれは、ただ覆われているのではない。
関節の動きを邪魔しないように計算され、守るべき場所はより一層分厚くしている。
「氷を……鎧のように纏いやがった!?」
日影が声を上げる。
その姿はまさしく氷の騎馬。
額の角は氷で補強され、もはや剣のように長く、研ぎ澄まされている。
「ヒヒィィィィンッ!!!」
グラキエスがいななきを上げる。
目の前の仇敵を征伐するために。




